学校法人金城学院
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学校法人金城学院 | |
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本部がある金城学院大学 | |
法人番号 | 2180005002170 |
創立者 | アニー・E・ランドルフ |
理事長 | 戸苅創 |
創立 | 1889年(明治22年)10月15日 |
所属学校 |
金城学院大学 金城学院中学校・高等学校 金城学院幼稚園 |
所在地 | 愛知県名古屋市守山区大森2丁目1723 |
ウェブサイト | 公式サイト |
プロジェクト:学校/学校法人の記事について Portal:教育 |
学校法人金城学院(がっこうほうじんきんじょうがくいん)は、愛知県名古屋市守山区大森2丁目1723に本部を置く学校法人[1]。大学、中学校・高校、幼稚園を運営している。
設置校
[編集]- 廃止された学校
- 金城学院大学短期大学部(廃止)
歴史
[編集]- 1889年(明治22年) - 宣教師のアニー・E・ランドルフがロバート・マカルピン博士の協力を得て、名古屋区下竪杉町に女学専門冀望館を創立[2]。
- 1890年(明治23年) - 校名を私立金城女学校に改称[2]。
- 1900年(明治33年) - 名古屋市白壁4丁目に移転[2]。
- 1927年(昭和2年) - 財団法人金城女学校を設立[2]。専門学校令による専門学校の設置認可[2]。校名を金城女子専門学校に改称[2]。
- 1929年(昭和4年) - 金城女学校を金城女子専門学校付属高等女学部に改称[2]。
- 1936年(昭和11年) - 講堂の榮光館が竣工。
- 1945年(昭和20年) - 太平洋戦争中の名古屋空襲によって校舎が全半壊[2]。
- 1947年(昭和22年) - 学制改革によって金城学園中学校を設置[2]。
- 1948年(昭和23年) - 金城学園中学校を金城学院中学校に改称。金城学院高等学校を設置[2]。
- 1949年(昭和24年) - 金城学院大学を設置[2]。
- 1950年(昭和25年) - 金城学院大学短期大学部を設置[2]。
- 1951年(昭和26年) - 学校法人金城学院に組織変更[2]。
- 1955年(昭和30年) - 金城学院中学校を名古屋市東区長久寺町に移転[2]。
- 1972年(昭和47年) - 名古屋市守山区大森に金城学院幼稚園を設置[2]。
- 1989年(平成元年) - 金城学院創立100周年記念式典を挙行[2]。
- 1993年(平成5年) - 法人所在地を名古屋市東区白壁4丁目64番地から名古屋市守山区大森2丁目1723番地に変更[2]。
- 2003年(平成15年) - 金城学院大学短期大学部を閉学[2]。金城学院中学校・高等学校として中高一貫教育に移行[2]。
象徴する施設
[編集]- 金城学院高等学校榮光館(金城学院高等学校)
- 牛馬用水(金城学院高等学校)
- エラ・ヒューストン記念礼拝堂(金城学院大学)
- アニー・ランドルフ記念講堂(金城学院大学)
- 白百合館(金城学院中学校)
- 2011年(平成23年)に竣工した礼拝堂である[3]。
- 金城学院軽井沢スマイスハウス(長野県軽井沢町)