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孝正皇后(こうせいこうごう、1600年 - 1654年)は、明の桂端王朱常瀛の継室で、南明永暦帝の嫡母。姓は王氏。
崇禎年間に桂王朱常瀛と結婚した。崇禎16年(1643年)、張献忠の勢力を避け、朱常瀛と共に広西へ逃亡した。
1646年、永暦帝が南明の皇帝に即位すると、嫡母の王氏が皇太后に尊された。翌年、キリスト教の洗礼を受け、ヘレナ(Helena)の洗礼名をつけられた。明晰で決断のはっきりした人物として名高かった。
永暦5年(1654年)4月、崩じた。南寧に葬られ、孝正荘翼敦仁端天恵聖皇太后の諡が贈られた。