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奥山朝利

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
奥山朝利
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 永禄3年12月22日1561年1月7日[1]
または永禄5年12月24日1563年1月18日[2]
別名 親秀
官位 因幡守
主君 井伊氏
氏族 奥山氏
父母 父:奥山親朝[1]
兄弟 朝利新野親矩[1]
朝宗[1]朝重朝家、勘三郎、
ひよ井伊直親[1])、中野直由[1][注釈 1]小野朝直[1]西郷伊予守室、鈴木重時[1]、菅沼淡路守室、橋本四方助室、於徳(平田森重室)
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奥山 朝利(おくやま ともとし)は、戦国時代武将遠江国引佐郡井伊谷の人。井伊家分家の実力者。名は親秀とも。

人物

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遠江国引佐郡井伊谷を治める井伊氏の親類衆。因幡守。娘の多くは井伊家・井伊家家臣に嫁ぎ、井伊直政の外祖父でもある[1]桶狭間の戦いのあった永禄3年(1560年)末[注釈 2]、あるいは永禄5年(1562年)の年末に[2][注釈 2]小野道好に暗殺された[4][1]

登場する作品

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参考文献

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  • 石田雅彦著 著、井伊達夫監修 編『女城主井伊直虎 その謎と魅力』。 
  • 『龍潭寺文書』
  • 楠戸義昭『この一冊でよくわかる! 女城主・井伊直虎』PHP文庫、2016年。 
  • 大石泰史『井伊氏サバイバル五〇〇年』星海社新書、2016年。 

脚注

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注釈

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  1. ^ 中野直由の子・直之の室とも[3]
  2. ^ a b 旧暦による

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j 楠戸義昭『この一冊でよくわかる! 女城主・井伊直虎』(PHP文庫、2016年、148,149頁)
  2. ^ a b 『井伊年譜』による(『井伊氏サバイバル五〇〇年』114頁)
  3. ^ 『井伊氏系図』、2コマ目。「直之」の項。
  4. ^ 『龍潭寺文書』