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大ノ森金市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大ノ森 金一(おおのもり きんいち、1920年8月5日 - 没年不明)は、秋田県平鹿郡大森町(現在の同県横手市)出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した大相撲力士。本名は大黒 金一(おおぐろ きんいち、後、神谷(かみや)に改姓)。現役時代の体格は176cm、83kg。最高位は東前頭5枚目(1946年11月場所)。得意手は右四つ、突っ張り、足癖。

来歴

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16歳の時に上京し、1937年1月場所に於いて、伊勢ヶ濱部屋から初土俵を踏む。四股名は出身地の平鹿郡大森町から、「大ノ森」と名乗った。1938年1月場所で序ノ口に付いてからは、負け越しなしで順調に番付を上げた。1941年5月場所で十両に昇進。十両も2場所で通過し、1942年5月場所で入幕した。

新入幕の場所では7勝8敗と番付に付いて以来初めて負け越し、翌場所も3勝12敗と大きく負け越して十両に落ちた。1944年1月場所で再入幕を果たしてから、幕内に定着した。

小柄ながら上突っ張りで相手を惑わせ、右を差して相手の左に食いつくしぶとい取り口が得意だった。右からの下手投げ内掛け切り返しなど多彩な技でキビキビした相撲を取った。

26歳で「家業に専念する」という理由により、1947年6月場所限りで廃業。

廃業後は東京都内で、運送業の「神谷」を経営し、社長となり、また伊勢ケ浜部屋OBの会の「伊勢ケ浜会」の会長を務めた[1]

主な戦績

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  • 通算成績:99勝94敗10休 勝率.513
  • 幕内成績:38勝57敗10休 勝率.400
  • 現役在位:21場所
  • 幕内在位:9場所
  • 各段優勝
    • 幕下優勝:1回(1941年1月場所=7勝1敗)

場所別成績

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大ノ森 金市
春場所 三月場所 夏場所 秋場所
1937年
(昭和12年)
(前相撲) x (前相撲) x
1938年
(昭和13年)
西序ノ口11枚目
4–3 
x 東序二段11枚目
4–3 
x
1939年
(昭和14年)
東三段目35枚目
5–2 
x 西幕下46枚目
4–4 
x
1940年
(昭和15年)
東幕下33枚目
5–3 
x 西幕下15枚目
4–4 
x
1941年
(昭和16年)
西幕下10枚目
優勝
7–1
x 西十両11枚目
9–6 
x
1942年
(昭和17年)
西十両5枚目
9–6 
x 東前頭19枚目
7–8 
x
1943年
(昭和18年)
西前頭15枚目
3–12 
x 西十両3枚目
10–5 
x
1944年
(昭和19年)
東前頭15枚目
8–7 
x 西前頭8枚目
1–9 
西前頭19枚目
7–3 
1945年
(昭和20年)
x x 東前頭10枚目
4–3 
東前頭7枚目
5–5 
1946年
(昭和21年)
x x x 東前頭5枚目
3–10 
1947年
(昭和22年)
x x 西前頭9枚目
引退
0–0–10
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績

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力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
愛知山 2 0 葦葉山 2 0 綾昇 1 1 綾若 1 0
有明 1 1 一渡 0 1 大岩山 0 1 大ノ海 2 1
鹿嶋洋 1 1 柏戸 1 2 神風 0 2 九州山 1 1
九ヶ錦 2 0 九州錦 0 1 高津山 0 4 琴錦 1 1
小松山 1 1 佐賀ノ花 0 1 相模川 0 1 櫻錦 1 1
汐ノ海 0 1 鯱ノ里 2 2 神東山 0 2 駿河海 0 1
武ノ里 1 1 立田野 0 1 玉ノ海 0 1 鶴ヶ嶺 3 2
輝昇 1 1 十三錦 1 1 名寄岩 0 1 羽黒山 0 1
常陸海 1 0 双子岩 0 1 二瀬川 1 0 双見山 1 2
不動岩 0 3 増位山 1 1 松ノ里 0 2 松浦潟 1 0
三根山 0 1 緑國 1 0 緑嶋 1 2 陸奥ノ里 0 2
八方山 1 0 大和錦 1 0 両國 0 1 若潮 2 2
若港 2 1

脚注

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  1. ^ 『秋田の力士たち』127頁。

参考文献

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関連項目

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