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塗壁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
塗り壁から転送)

塗壁(ぬりかべ)は、日本九州北部に伝えられる妖怪の一種。夜道で人間の歩行を阻む、姿の見えないのような妖怪といわれる[1]

概要

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福岡県遠賀郡(旧・筑前国遠賀郡)の海岸地方の伝承によると、夜道を歩いていると、目の前が突如として目に見えない壁となり、前へ進めなくなってしまうというもの。壁の横をすり抜けようとしても、左右にどこまでも壁が続いており、よけて進むこともできない。蹴飛ばしたり、上の方を払ったりしてもどうにもならないが、棒で下の方を払えば壁は消えるという[1][2]

大分県では、動物などが起こす怪異であるとして、同様のものが民間に伝えられている。1968年(昭和43年)の大分県臼杵市の『臼杵史談』や、1986年(昭和61年)の同県の『大分県史 民俗篇』において、歩行中に突然目の前が見えなくなる怪異が同県内各地に「狸の塗り壁」(たぬきのぬりかべ)の名で伝わっており、香々地町(現・豊後高田市)では「イタチの塗り壁」(いたちのぬりかべ)と呼ばれている。タヌキがこれを起こすとき陰嚢をいっぱいに広げて夜道を往く人の視界を塞いでいるともされる。これらのタヌキやイタチの塗壁も、その場に座り込んで煙草に火をつけて一服すると視界がひらけ前に進むことが出来るとされている[3]

また、大分県南海部郡(現・大分県佐伯市)に伝わる民話によれば、塗壁は七曲りという坂道に小豆とぎと共に現れるとされており、夜に歩いている最中に急に目の前が真っ暗になるものだという。正体はタヌキであり、人が着ている着物の後ろのの結び目にタヌキが乗り、両手で人の目を塞いで視界を奪うので、タヌキが乗ることの出来ないように帯の結び目を前にしてしめると、避けることが出来るといわれる[4]

現代的大衆文化と塗壁

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水木しげるロードの塗壁ブロンズ像

水木しげるの漫画ゲゲゲの鬼太郎』(1960年代初出)では、主人公・鬼太郎の仲間として登場する(詳細は別項「ぬりかべ (ゲゲゲの鬼太郎)」を参照)。本来の塗壁の伝承は一部の地方に限定されていることから、かつては比較的無名な妖怪であったが、『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズでの活躍を通じて一躍、名が知られることとなった[5]。インパクトある巨体と大らかな性格で活躍する同作の効果で人気も向上し、「好きな妖怪ランキング」では常に上位にランキングされている[6]。『ゲゲゲの鬼太郎』でのぬりかべが、相手を自分の胴の中に塗り込める能力を持っていることから、平成以降の妖怪関連の文献でも、塗壁は自分の体の中になんでも塗り込めると解説されていることもある[7]

2004年(平成16年)発表のSF小説およびアニメ作品『ぺとぺとさん』では、塗壁は妖怪の美少女姉妹「ぬりかべ姉妹」として描かれている。平成以降に多くなった、以前のような妖怪退治ではない、人間と妖怪との共存に主点を置いた作品の一例であり、妖怪のような異形がキャラクター文化として成立した一例とも考えられている[8]

忍者戦隊カクレンジャー』『仮面ライダー響鬼』などの特撮ヒーロー作品では、主人公たちの敵キャラクター(怪人)として登場しており、本来の伝承を元にしながらも、外見や性格などに独自の味付けをされ、番組内容を盛り立てることに一役買っている[9]

類話

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野襖(のぶすま)
高知県幡多郡の妖怪。夜、道を歩いている人の行く手に(ふすま)のような壁ができ、上下左右どこまでも際限なく壁が続いており、野襖だと気づいた者は途端に気絶してしまう。これに立ちふさがれたときには、落ち着いて煙草でもふかしていると、自然に消えるという[10][2]
越前国石徹白村(現・岐阜県郡上市福井県大野市)にも、名称はないものの、タヌキが道にをはって通行人の行く手をふさぐという同様の怪異が伝わっている[11]
壁塗り(カベヌリ)
1969年(昭和44年)には、 熊本県出身の民俗学者・丸山学によって「壁塗り」(かべぬり)という妖怪の伝承が報告されている。夜の道に黒い壁が現われて行く手をさえぎったという[12][* 1]。丸山の報告内容には伝承地の記載が無い。
大分県臼杵市で妖怪による町の振興を行う臼杵ミワリークラブの調査によれば、壁塗りは同市内にも伝承が残っているものであり、観光用に絵葉書まで売られているほど有名なものであったとされる。
ヌリボウ(塗坊)
郷土史家・山口麻太郎の著書によると、壱岐国壱岐島(現・長崎県壱岐市)では、夜の山道で山側から突き出してくるといわれる[13]
柳田國男はこれを塗壁に似たものとして「妖怪名彙」に分類しているが[1]、原典ではどのような形態のものかは詳しく述べられておらず、何を根拠として塗壁と同類とされているのかは不明[3][14]。(路上に出現する怪異であること、名称が似ていることから塗壁の類話とされたとの説もある[14])。
昭和・平成以降の妖怪関連の文献では、灰色の化け物であり、棒で叩くか、路傍の石などに腰をかけて一服しているとじきに消え去るなどとの解釈もある[2]
シマーブー
鹿児島県奄美群島喜界島に伝わる妖怪。 夜道を歩いていると、目の前に枝を広げたのようなものが急に現れ、道を塞ぐという[2][15]
道塞ぎ(みちふさぎ)[* 2]
1957年(昭和32年)の夏の日の夕暮れに、新潟県長野県の県境に位置する苗場山で、ある老人が遭遇したという怪異。釣りの帰り道に突如、見たこともない大滝が現れて行く手を阻まれ、後方には見たこともないマツの大樹と、見上げるような大岩が現れ、そのまま滝と岩が自分へ迫ってきて身動きできなくなってしまったという。老人はその場で一夜を過ごす羽目になったが、夜が明けると共にこの怪異は消え去ったという[16]
水木しげるの、ラバウルの体験
水木しげるは著書において、第二次世界大戦での従軍中に南方のラバウルで塗壁と同じものに遭遇した体験談を語っている。敵軍に襲われ、仲間とはぐれて深い森をひとりで逃げ惑っているうちに、コールタールを固めたようなものが前方に立ち塞がって行く手を阻まれ、右も左もその壁に囲まれて身動きできない。途方に暮れているうちに、疲労から数十分休んでいると、この壁は消えたという[17][18]
青木ヶ原樹海の見えない壁
霊能者宗優子によると、テレビ番組の撮影で青木ヶ原樹海に入った際、制作スタッフたちの前に壁のようなものが立ちはだかったといい、樹海での自殺者たちがこれ以上進まぬようにと壁を作ったのではないかと語っている[19]

このほかにも、路上に出現して通行人の歩行を阻む妖怪に、衝立狸蚊帳吊り狸がある[2]。また、中国には鬼打牆などと称される同様の妖怪が存在する。詳細はそれぞれの内部リンク先を参照。

妖怪画

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米国・ブリガムヤング大学のハロルド・B・リー図書館が所蔵する妖怪絵巻より、「ぬりかべ」の名が記された妖怪画。
参考:『稲亭物怪録』より、『稲生物怪録』にある壁の怪異[20]

塗壁の姿は、漫画家・水木しげるが妖怪画や漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターとして提供する塗壁の、目と手足を持つ巨大な壁のような姿が一般化しているが(#現代的大衆文化と塗壁にある画像を参照)、これはあくまで伝承を元にした創作キャラクターであり[21]、近代以前の絵画にそのような姿を描いたものは確認されていない[3][22]。江戸時代の妖怪譚『稲生物怪録』の諸本に描かれている絵の中には、家の壁に目と口が現れて人を睨むという怪異の絵が描かれている。狩野由信の妖怪画などの発見される前は、この怪異を塗壁の祖形なのではないかとする仮説もあった[23]

2007年平成19年)8月、川崎市市民ミュージアムの学芸室長・湯本豪一(当時)の所有する妖怪絵巻化物づくし絵巻』(奥書には1802年(享和2年)に南部藩御用絵師・狩野由信が室町時代の絵などを参考に制作したものとある)に収録されている妖怪画のひとつが、「塗壁」を描いたものとして発表された。本来この妖怪画は絵のみで名前が記されておらず、何を描いたものか不明であったが、2007年(平成19年)1月、アメリカ合衆国ユタ州にあるブリガムヤング大学のハロルド・B・リー図書館のL・トム・ペリー特別文庫が所蔵するハリー・F・ブルーニングコレクションの一つである『化物之繪』の妖怪画(画像参照)と一致し、後者に「ぬりかべ」と名称が記載されていたことから名称が判明した。この「ぬりかべ」の絵は、どちらも3つ目の獅子のような姿の妖怪が描かれている[5][22][24]

「ぬりかべ」の絵巻物の発表により、一部のメディアでは「江戸時代の絵巻にすでに塗壁の姿があった」と報道された。また、水木しげるも「貴重な資料」として喜びのコメントを寄せている[5][22]。以上のことを受け、2007年以降に発行された妖怪関連の文献では、この「ぬりかべ」の姿(3つ目の獅子か犬のような姿)を塗壁の姿として採用している例がある[7]

しかし、妖怪研究家の京極夏彦多田克己村上健司、この絵巻の発見を朝日新聞上で記事として執筆した同社の記者・加藤修らは、妖怪専門誌『』誌上での座談会において、この絵巻の「ぬりかべ」と伝承上の「塗壁」が同一のものかどうかは不明と意見している。性質などを含めた文献上の塗壁の記録は、昭和期の柳田國男による民間伝承の採取が初出であるとされ[5][25][26]、名前が同じでもまったく別の妖怪は他にも例があることから、偶然に名前が一致したにすぎない無関係の妖怪とする説や、「ぬりかべ」の名を記した絵巻・もしくはその名称のみが九州地域に流布し、通行人の目の前が塞がれるという怪異にあてはめられ、民俗語彙として採り入れられた可能性もあるとの説も示唆されている[25]。民俗学者の小松和彦らによる2009年(平成21年)の書籍『日本の妖怪』でも、この絵巻の「ぬりかべ」と伝承上の塗壁との関連性は「不明」とされている[21]。絵巻発表の4年後の2011年(平成23年)に、湯本が『怪』誌上で同絵巻を取り上げた際にも、絵巻物の「ぬりかべ」と九州に伝承されている「塗壁」が同一のものであるかは特定されていない[3]

脚注

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注釈

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  1. ^ 初出は、1969年『民俗えっせい』。
  2. ^ 山村民俗の会会員・大塚安子の採録による原典には妖怪の名称はない[16]。「道塞ぎ」の名は後掲『妖怪お化け雑学事典』による[17]

出典

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  1. ^ a b c 柳田 1956, p. 206
  2. ^ a b c d e 多田 2012, pp. 154–155
  3. ^ a b c d 怪 2011, p. 262
  4. ^ 加来宣幸・土屋北彦 編『日本の民話』 36巻、未來社、1980年7月1日、413-414頁。 NCID BN01286946 
  5. ^ a b c d 怪 2008, p. 12
  6. ^ 宮本幸枝・熊谷あづさ『日本の妖怪の謎と不思議』学習研究社、2007年5月、17頁。ISBN 978-4-056-04760-8 
  7. ^ a b 妖怪ドットコム 2008, p. 94
  8. ^ 京極夏彦他 著、兵庫県立歴史博物館京都国際マンガミュージアム 編『図説 妖怪画の系譜』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2009年4月、134-137頁。ISBN 978-4-309-76125-1 
  9. ^ 山口 2007, pp. 182–184
  10. ^ 中平悦麿「妖怪名彙」『民間伝承』第4巻第2号、民間伝承の会、1938年11月、8頁、NCID AN00236605 
  11. ^ 宮本常一「越前石徹白民俗誌」『宮本常一著作集』 36巻、未來社、1992年10月、111頁。ISBN 978-4-624-92436-2 
  12. ^ 丸山学 著「妖怪」、谷川健一 編『日本民俗文化資料集成』 8巻、三一書房、1988年11月、51頁。ISBN 978-4-380-88527-3 
  13. ^ 山口麻太郎 著「続壱岐島方言集」、和歌森太郎、谷川健一、鈴木棠三 編『山口麻太郎著作集』 2巻、佼成出版社、1975年2月15日、232頁。 NCID BN02350916 
  14. ^ a b 化野燐 (2001年6月25日). “「ヌリボー」の増殖と変容”. 妖異博物誌. 妖怪.org(化野燐公式サイト). 2008年7月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年5月29日閲覧。
  15. ^ 民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』 2巻、柳田國男監修、平凡社、1955年9月25日、715頁。 NCID BN05729787 
  16. ^ a b 大塚安子他 著、山村民俗の会 編『山の怪奇・百物語』エンタプライズ〈シリーズ山と民俗〉、1989年5月、129-132頁。ISBN 978-4-7825-2021-5 
  17. ^ a b 千葉 1991, pp. 110–111
  18. ^ 水木しげる図説 日本妖怪大全講談社講談社+α文庫〉、1994年6月、337頁。ISBN 978-4-06-256049-8 
  19. ^ 宗優子 (2005年8月25日). “妖怪ぬりかべ やさしい民俗”. 妖怪キッズ. 2012年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月4日閲覧。
  20. ^ 杉本好伸 編『稲生物怪録絵巻集成』国書刊行会、2004年7月、266頁。ISBN 978-4-336-04635-2 
  21. ^ a b 小松 2009, p. 29
  22. ^ a b c 加藤修「「ぬりかべ」実はこんな姿 江戸期の絵巻に登場 水木さん「貴重な“妖怪国宝”」」『朝日新聞』2007年8月4日、東京夕刊、12面。オリジナルの2017年6月12日時点におけるアーカイブ。2008年4月15日閲覧。
  23. ^ 中村友紀夫他 編『妖怪の本 異界の闇に蠢く百鬼夜行の伝説』学習研究社〈New sight mook〉、1999年3月、105頁。ISBN 978-4-05-602048-9 
  24. ^ 湯本豪一『今昔妖怪大鑑』パイインターナショナル、2013年、38頁。ISBN 978-4-756-24337-9 
  25. ^ a b 怪 2008, p. 122
  26. ^ 京極夏彦『妖怪の理 妖怪の檻』角川書店〈KWAI BOOKS〉、2007年9月、472-475頁。ISBN 978-4-04-883984-6 

参考文献

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関連項目

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