堤甲子三
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堤 甲子三(つつみ かしぞう、1894年(明治27年)1月[1] - 1982年(昭和57年)3月1日[2])は、日本の実業家。堤商店、堤商事各代表[1]。昭和商会、三栄各取締役[1]。朝鮮開拓製糖、小笠原食品各監査役[1]。
人物
[編集]静岡県・板倉田平の弟[3]。東京府・堤徳蔵の養子となり、分家する[1][3]。会社重役である[1]。東京在籍で、住所は東京麻布霞町[1][3]。
家族・親族
[編集]- 堤家
- 養父・徳蔵(1876年 - ?、東京士族、砂糖問屋)[3]
- 妻・豊子[1]、あるいは豊[3](1902年 - ?、養父・徳蔵の長女)[3]
- 長女(東京、黒川光朝の妻)[1]
- 女(平五の妻)
- 婿養子・平五(小川平吉の五男)
- 親戚
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。