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堀田剛司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
堀田剛司
Takeshi Hotta
湘南ユナイテッドBC HC
役職 ヘッドコーチ
基本情報
愛称 ホッティー
日本語 堀田剛司
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-02-13) 1978年2月13日(46歳)
出身地 神奈川県の旗 神奈川県
身長(現役時) 196cm (6 ft 5 in)
体重(現役時) 85kg (187 lb)
キャリア情報
ドラフト 2008年 プロテクト
ポジション SF/PF
経歴
選手時代:
2000-2005新潟アルビレックス
2005福岡レッドファルコンズ
2005-2007オーエスジーフェニックス
2007-2008オーエスジーフェニックス東三河
2008-2009浜松・東三河フェニックス
2009-2011三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ
2011-2014横浜ビー・コルセアーズ
2015-2016新潟アルビレックスBB
コーチ時代:
2016-2017新潟アルビレックスBB
2017-2019金沢武士団
2019-2021.2広島ドラゴンフライズ
2021-2021.12青森ワッツ
2022.1-2022バンビシャス奈良
2022-湘南ユナイテッドBC

堀田 剛司(ほった たけし、1978年昭和53年〉2月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県出身。現役時代のポジションはスモールフォワードパワーフォワード。役職はヘッドコーチB3リーグ湘南ユナイテッドBC所属。

来歴

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13歳の時に大綱中学校でバスケットボールを始める。 湘南工科大学附属高等学校から日本体育大学を卒業。

プロ選手キャリア

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新潟アルビレックスに入団。

2003年、日本代表に選出。

2005年、新潟アルビレックスのbjリーグ転籍に伴い、福岡レッドファルコンズに移籍したが、シーズン途中でチームが解散となったためオーエスジー(現在の三遠ネオフェニックス)へ移籍。福岡からJBLへの移籍選手第1号となった。堀田は、新潟アルビレックス、オーエスジーフェニックス東三河の複数チームにおいてJBLからbjリーグへ転籍するチームの最終年度に所属していた唯一の選手である。

2008-2009シーズン、オーエスジーがbjリーグに転籍した際は、オーエスジーからチーム名変更した浜松・東三河フェニックスに残留した。

2009年オフ、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズへ移籍。

2011年、地元からbjリーグに参戦する横浜ビー・コルセアーズに移籍。2013-14シーズンを最後に引退[1]

現役引退後

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引退後は横浜のフロント入りした[2]

2016年より新潟アルビレックスBBのアシスタントコーチを務める。

2017年オフ、B2昇格を果たした金沢武士団ヘッドコーチに就任[3]

2019年オフ、B2・広島ドラゴンフライズのヘッドコーチに就任。2019-20シーズン、B1昇格を達成した。

2020-21シーズン、シーズン中に成績不振によりヘッドコーチの契約を解除される。

2021-22シーズン、B2・青森ワッツのヘッドコーチに就任したが、12月に契約解除。1月、バンビシャス奈良のヘッドコーチに就任し、シーズン終了まで務めた。

2022年5月20日、2022-23シーズンよりB3リーグに新規参入する湘南ユナイテッドBCの初代ヘッドコーチに就任。

脚注

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  1. ^ 堀田剛司選手 現役引退のお知らせ”. 横浜ビー・コルセアーズ公式サイト (2014年6月20日). 2014年7月7日閲覧。
  2. ^ 堀田剛司元選手 フロントスタッフ就任のお知らせ”. 横浜ビー・コルセアーズ公式サイト (2014年7月1日). 2014年7月7日閲覧。
  3. ^ 堀田剛司ヘッドコーチ就任のお知らせ

関連項目

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外部リンク

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