坂本浩然
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坂本 浩然(さかもと こうねん、寛政12年(1800年)- 嘉永6年8月26日(1853年9月28日))は、江戸時代後期の本草学者、画家(本草画家、博物画家)。
「浩然」は通称で、本名は「直大」。号は「浩雪」「香邨」「蕈渓」「嘗草林処」など。[1][2]
概要
[編集]動植物の手描き写生図鑑(図譜・画譜・画帖)を多く著した。その写生画の美しさから、浩然の作品は博物学史上の史料としてのみならず、美術史上の花鳥画としても扱われる。
経歴としては、紀州藩で藩医を務める父・坂本純庵のもとに生まれ、浩然自身も紀州藩医を継いだ[2]。また、本草学の知識を著名な本草学者・曽占春(曽槃)から教わり、絵の描き方を画家の華島雪亭から教わった[3][4]。
弟に坂本純沢(高槻藩医)がいる。純沢も似たような図鑑を著したため、純沢と浩然はしばしば同一人物として混同される[2][5]。
弟子に滝和亭がいる。
主な作品
[編集]- 『菌譜』(通称:『坂本浩然菌譜』『浩然菌譜』[6])NDLJP:2533107 - キノコ56種。[1][7]
- 『桜花譜』NDLJP:1286920 - サクラ29種。[8]
- 『百合譜』NDLJP:1286936 - ユリ30種。[9][10]
- 『水虎十二品之図』(弟の純沢との共著)NDLJP:2543033 - 水虎(カッパ)12種。[11][12]
- 『本草写生図』 - 蘭学書などから知識を得たアフリカやニューギニア、琉球の動植物。[13][14]
脚注
[編集]- ^ a b 朝日日本歴史人物事典・遠藤正治『坂本浩然』 - コトバンク
- ^ a b c 磯野 2001, p. 23-25.
- ^ “和歌山県立博物館ニュース |コラム 紀州の画家紹介 28 坂本浩雪(さかもとこうせつ)”. kenpakunews.blog120.fc2.com. 2020年7月30日閲覧。
- ^ “「櫻花写生畫稿」坂本浩然”. nagoyaengei.co.jp. 名古屋園芸・花の博物館. 2020年7月30日閲覧。
- ^ “描かれた動物・植物 ひとの横顔から見る─人物紹介”. www.ndl.go.jp. 2020年7月30日閲覧。
- ^ 上野益三『日本博物学史』講談社〈講談社学術文庫〉、1989年、149頁。ISBN 978-4061588592。
- ^ “秋の森の闇をほのかに照らす幽菌の群れ”. 奥入瀬フィールドミュージアム. 2020年7月30日閲覧。
- ^ “国立国会図書館 リサーチ・ナビ「本の万華鏡 第9回 江戸の花見~花爛漫~ 第2章」”. www.ndl.go.jp.. 国立国会図書館 (2012年). 2020年7月30日閲覧。
- ^ “第二章 独自の園芸の展開 | 描かれた動物・植物”. www.ndl.go.jp. 2020年7月31日閲覧。
- ^ 狩野博幸監修『江戸の動植物図譜』河出書房新社、2020年、42頁。ISBN 978-4309256542。
- ^ “描かれた動物・植物 第三章 珍禽奇獣異魚”. www.ndl.go.jp. 2020年7月30日閲覧。
- ^ ウィキメディア・コモンズには、『水虎十二品之図』に関するメディアがあります。
- ^ “Library056 本草写生図 / 岩瀬文庫の世界 Iwase Bunko Library”. 岩瀬文庫の世界 Iwase Bunko Library. 2020年7月30日閲覧。
- ^ “本草写生図 | 岩瀬文庫コレクション”. 古書の博物館 西尾市岩瀬文庫. 2020年7月30日閲覧。
参考文献
[編集]- 磯野直秀「日本博物学史覚え書(10)」『慶應義塾大学日吉紀要 自然科学』第29号、2001年。 NAID 120000801148。
- 磯野直秀「日本博物学史覚え書(13)」『慶應義塾大学日吉紀要 自然科学』第35号、2004年。 NAID 120000800537。