向氏高安殿内
向氏 高安殿内(しょううじ たかやすどぅんち)は、伊江御殿四世伊江按司朝敷の三男垣花親方朝理を元祖とする琉球士族。第二尚氏の分家士族。
代々玉城間切垣花、豊見城間切高安などの脇地頭職を務めた。
宗家である伊江御殿の五世伊江王子朝嘉に子供がいなかったため、五世朝理の長男が養嗣子となり伊江御殿を継いだ。高安殿内は三度断絶の危機に瀕しているが、その都度伊江御殿から養子を受けている。
尚灝王の四男である伊江王子朝直の子が養嗣子となったため、現在子孫は尚灝王の血脈にあたる。
九世朝範が三司官座敷まで陞ったことで豊見城間切高安へ転封を命じられた。
十一世朝規の養嗣子として伊江王子朝直の五男朝常(尚灝王 孫)が家統を継いだ。
養嗣子 十三世玉兎(改名前:我謝盛翼)は5代目首里市長を務めている。
十四世朝正の妻は尚泰王女の八重子・神山政良の姪であり、高嶺御殿十一世高嶺朝教の孫娘にあたる。
朝正の甥にはジャーナリストの中島洋氏、孫には浅葉健介氏などがいる。
系譜
[編集]- 五世・向和憲・垣花親方朝理 ※高安殿内の元祖であるが、伊江御殿四世の伊江按司朝敷の三男のため五世と表記される
- 六世・向良顯・伊江按司朝良 ※伊江御殿六世となる
- 七世・向依義・垣花親雲上朝完 ※伊江御殿六世の伊江按司朝良の次男。養嗣子となる
- 八世・向弘度・垣花親雲上朝則
- 八世・向廷材・垣花親雲上朝貫 ※伊江御殿六世の伊江按司朝良の四男・豊平親雲上朝承の次男。養嗣子となる
- 九世・向宣猷・垣花里之子朝綱
- 九世・向宣忠・垣花里之子朝知
- 九世・向龍光・高安親方朝範
- 十世・向文晃・高安親方朝崇
- 十世・向文輝・高安親雲上朝盛
- 十世・向文烈・高安親雲上朝英
- 十一世・向克顯・朝典
- 十一世・向大謨・高安親雲上朝規
- 十一世・向大烈・高安里之子朝眞
- 十一世・向大猷・朝睦
- 十二世・向實行・高安朝常 ※伊江御殿十一世の伊江王子朝直の五男。養嗣子となる
- 十三世・高安玉兎 ※毛氏我謝家の五男。婿養子となり、我謝盛翼から改名
- 十四世・高安朝正
系統の歩み
[編集]康熙五十一年(1712年)から咸豊十一年(1861年)の約150年間は玉城間切垣花の脇地頭職を務めた。その後、九世朝範の代からは豊見城間切高安の脇地頭職に転任となる。
五世朝理は宗家の伊江御殿に嫡子がいなかったため、一人息子を伊江按司朝良として養子にした。その結果、高安殿内は断絶の危機に瀕したが、伊江御殿に養子に入った伊江按司朝良の次男、四男の次男がそれぞれ高安殿内となり家統を継いだ。九世朝範は親方となり、最終的に三司官座敷まで陛った。十二世朝常は伊江王子朝直の五男であり、十一世朝規の養嗣子となる。朝常には嗣子がいなかったため、婿養子として十三世玉兎(5代目首里市長)を迎えた。
参考文献
[編集]- 沖縄県姓氏家系大辞典 編纂委員会編『沖縄県姓氏家系大辞典』 角川書店 1992年
- 『向姓家譜 高安親方』