コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

古市泰宏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ふるいち やすひろ
古市 泰宏
生誕 1940年12月18日
日本の旗 日本咸鏡北道城津
(現朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮咸鏡北道金策市)
死没 2022年10月8日(81歳没)
日本の旗 日本神奈川県鎌倉市
居住 日本の旗 日本神奈川県鎌倉市
国籍 日本の旗 日本
研究機関 国立遺伝学研究所
ロシュ分子生物学研究所英語版
出身校 富山大学薬学部
東京大学大学院薬学系研究科
指導教員 浮田忠之
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

古市 泰宏(ふるいち やすひろ、1940年12月18日 - 2022年10月8日)は、日本分子生物学者学位は、薬学博士東京大学・1970年)。新潟薬科大学客員教授mRNAの研究で知られる科学者[1]

来歴

[編集]

日本統治時代の朝鮮城津(現在の朝鮮民主主義人民共和国咸鏡北道金策市)に生まれる[2]日本が降伏すると、祖父の出身地である富山市引き揚げる[2][3]

1959年富山県立富山中部高等学校卒業、1963年富山大学薬学部卒業、1969年に東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、薬学博士号取得[4]。同年から国立遺伝学研究所に在籍[3]

1974年アメリカ合衆国ニュージャージー州ロシュ分子生物学研究所に留学。

1975年、mRNAに「キャップ」という構造を発見した[5]mRNAワクチンにはこの構造が用いられている[5]

2007年から新潟薬科大学客員教授[6]

2021年には、日本医療研究開発大賞文部科学大臣賞を受賞[7]

コロナ禍の2022年4月に日本国際賞の授賞式と記者会見のために来日したカリコー・カタリン(2023年ノーベル生理学医学賞)の授賞式に先立った、駐日ハンガリー大使館で開催された集会で駐日ハンガリー大使と共に祝福した[1]

2022年10月8日、神奈川県鎌倉市の自宅で死去[3][6]。81歳没。

脚注

[編集]
  1. ^ a b カリコ氏「日本の皆さんの幸せを願っています」…昨年の来日時に読売新聞に色紙寄せる”. 読売新聞オンライン (2023年10月2日). 2023年10月2日閲覧。
  2. ^ a b 花輪理徳 (2022年8月16日). “【戦後77年】ソ連兵「ダヴァイ」わめき略奪 分子生物学者が語る引き揚げ”. 産経新聞 (産業経済新聞社). オリジナルの2022年10月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221011080825/https://www.sankei.com/article/20220816-XQAJIAHB4RIO5CDLE2NYFG5PAE/ 2022年10月11日閲覧。 
  3. ^ a b c “古市泰宏氏死去 mRNA研究、81歳”. 時事通信. (2022年10月9日). オリジナルの2022年10月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221011082926/https://www.jiji.com/jc/article?k=2022100900406&g=soc 2022年10月11日閲覧。 
  4. ^ 古市泰宏先生を偲んで日本RNA学会
  5. ^ a b 森耕一 (2021年9月1日). “コロナで注目のRNAワクチン 日本人研究者の45年前の発見が礎に「こんな形で利用されるとは…」”. 東京新聞 (中日新聞東京本社). オリジナルの2022年10月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221011082622/https://www.tokyo-np.co.jp/article/128218 2022年10月11日閲覧。 
  6. ^ a b “古市泰宏氏が死去 新潟薬科大客員教授”. 日本経済新聞. 共同通信. (2022年10月9日). オリジナルの2022年10月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221011083924/https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF091SJ0Z01C22A0000000/ 2022年10月11日閲覧。 
  7. ^ 古市泰宏先生が第5回日本医療研究開発大賞文部科学大臣賞を受賞”. 東京大学大学院薬学系研究科・薬学部 (2021年12月28日). 2022年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月11日閲覧。

外部リンク

[編集]