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北海道札幌工業高等学校

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北海道札幌工業高等学校
北海道札幌工業高等学校
地図北緯43度4分58.9秒 東経141度19分52秒 / 北緯43.083028度 東経141.33111度 / 43.083028; 141.33111座標: 北緯43度4分58.9秒 東経141度19分52秒 / 北緯43.083028度 東経141.33111度 / 43.083028; 141.33111
過去の名称 北海道庁立札幌工芸学校
北海道庁立札幌工業学校
北海道立札幌工業高等学校
北海道札幌伏見高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 北海道の旗 北海道
併合学校 札幌市立工業高等学校
北海道札幌創成工業高等学校
校訓 重厚堅実
設立年月日 1916年10月20日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 全日制課程
 機械科
 電気科
 建築科
 土木科

定時制課程
 機械科
 電気科
 建築科
学科内専門コース 定時制電気科
 電気コース
 電子コース
学期 3学期制
学校コード D101210200021 ウィキデータを編集
高校コード 01110A
0109(全工協会
所在地 060-0820
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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北海道札幌工業高等学校(ほっかいどうさっぽろこうぎょうこうとうがっこう、英語: Hokkaido Sapporo Technical High School)は、北海道札幌市北区に所在する道立工業高等学校札工の通称で呼ばれている。

北海道大学札幌キャンパスの北キャンパス地区に隣接する道立の研究所群の一角に所在する。

沿革

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  • 1916年大正5年)10月4日 - 文部省告示第127号[注釈 1]により北海道庁立札幌工芸学校設立認可[1](札幌区山鼻町1079番地〈現・中央区南14条西12丁目1番1号〉[2])
  • 1917年(大正6年) - 開校(採鉱科、機械科、木工科)[3]
  • 1920年(大正9年) 北海道庁立札幌工業学校と改称、土木建築科を新設[4]
  • 1924年(大正13年) - 土木建築科を土木科と建築科に分離、木工科を家具科に改称[5]
  • 1937年昭和12年) - 第2部採鉱科を新設[6]
  • 1940年(昭和15年) - 第2本科機械科を新設、家具科を木材工芸科に改称[7]
  • 1941年(昭和16年) - 第2本科土木科を新設[8](札幌市立工業学校:夜間課程の機械科、電気科、土木建築科を新設し本校内に併置[9]
  • 1942年(昭和17年) - 第2部採鉱科の募集を停止[10]
  • 1944年(昭和19年) - (札幌市立工業学校:工業化学科と航空機科を新設して土木建築科を建築科に変更[11]
  • 1946年(昭和21年) - 第2本科の募集を停止。(札幌市立工業学校:航空機科の募集を停止)[12]
  • 1948年(昭和23年) - 学制改正により北海道立札幌工業高等学校に改称。(札幌市立工業学校:札幌市立工業高等学校に改称)[13]
  • 1949年(昭和24年) - 電気科を新設[12]。札幌市から札幌市立工業高等学校の移管を受け[14]、本校定時制課程として4科を設置(機械科、電気科、建築科、工業化学科)[15]
  • 1950年(昭和25年) - 商業科を新設し、北海道札幌伏見高等学校に改称[16]
  • 1953年(昭和28年) - 工業化学科を新設。二代目校舎落成[17]
  • 1955年(昭和30年) - 商業科を札幌市に移管し北海道札幌創成商業高等学校(定時制)と統合(同校は同年北海道札幌啓北商業高等学校に改称)。札幌創成工業高等学校(定時制)を併合し現校名北海道札幌工業高等学校となる[18]
  • 1956年(昭和31年) - 電気通信科を新設[19]
  • 1963年(昭和38年) - 木材工芸科を工芸科に、電気通信科を電子科に改称[20]
  • 1970年(昭和45年) - 採鉱科、工芸科、工業化学科、電子科の募集を停止し、全日制を現在の4科に再編[21]
  • 1976年(昭和51年) - 現在地に三代目校舎が落成し、移転[22]
  • 1984年(昭和59年) - 定時制の工業化学科を募集停止し、設備工業科を新設[15]
  • 2009年(平成21年) - 定時制の設備工業科を募集停止
  • 2016年(平成28年) - 現在地に二代目体育館が落成し、移行

部・局・同好会

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  • 空手部
  • 柔道部
  • 剣道部
  • サッカー部
  • 写真部
  • 卓球部
  • テニス部
  • バスケットボール部
    2015年にインターハイ初出場。
  • バドミントン部
  • バレーボール部
  • 美術部
  • ボクシング部
    インターハイで2002年と2009年の2度優勝を果たしている。
  • メカ技巧部
  • 野球部
  • 陸上部
  • ワンダーフォーゲル部

同好会

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  • 建築研究同好会(サーケン)
    高校生ものづくりコンテスト全国大会(建築部門)の常連
  • 現代文化研究同好会
  • 鉄道研究同好会
  • パソコン同好会
  • ボーリング同好会
  • 電気研究同好会

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  • 新聞局
  • 吹奏楽局
  • 図書局
  • 放送局

生徒会

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  • 生徒会執行部

校歌と札工体操

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校歌

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作詞 庄司義治 加勢蔵太郎 / 作曲 石田春省

栄光の星をちりばむる 藻岩の峯を仰ぎつつ

希望の花の影映ゆる 豊河の流れふくみつつ

去華就実の旗風に 城とこもりぬ学びの舎

剣戟鞘にあるときも 文化の戦絶間なく

堅実の矛手に捧げ 重厚の盾かざしつつ

時よ来たれと呼ぶところ ここに健児の使命あり

誇は残る先人の 功績にかおる年代記

さはれ健児の意気高く 筋くろがねのこの腕

舞文栄は我説かじ 黄巻ついに何かせん

ああ讃えずやわが園に 燃ゆる芝氈の若緑

見よや朝の太陽の光 我等の前途照らすなり

聞けや夕の水の音 我等の行手祝うなり

創立10周年記念(大正13年)に際して、在校生より詞を募集したもので、当時の土木科三年生だった庄司義治の作詞に加勢蔵太郎が校閲を施し、元海軍々楽隊関係の在札者だった石田春省が曲を付けたものである。普段は1、4番のみの斉唱となっている。

札工体操

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創立50周年記念(昭和41年)に際して、校歌を基に札工体操を制定。体育科の課題として習得する。この課題に合格出来ない者は評価1、つまり留年となる。また運動過程に倒立があるので難易度は高いものとなっている。

  1. 側開屈膝,肘前上振
  2. 肘側上伸,脚側出
  3. 胸反前屈,臂斜上挙
  4. 開脚側屈,臂側回旋
  5. 前後屈,前後開旋
  6. 脚後挙,臂立伏臥
  7. 上挙前下屈,臂前側振
  8. 脚後挙,臂後側開
  9. 後倒斜前倒,臂斜上体
  10. 開閉跳,臂側上振
  11. 側振(転),前上振前倒
  12. 斜前下屈,臂回旋
  13. 補助倒立,対向
  14. 大跳躍,臂側斜上
  15. 脚前挙,臂斜上振
  16. 深呼吸,臂前上側

以上が運動工程となる。

著名な出身者

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脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ 『札工六十年史』470頁
  2. ^ 『札工六十年史』28頁
  3. ^ 『新札幌市史 第8巻2』173頁
  4. ^ 『札工六十年史』471頁、『新札幌市史 第8巻2』181頁
  5. ^ 『札工六十年史』472頁
  6. ^ 『札工六十年史』474頁
  7. ^ 『札工六十年史』92頁、474-475頁
  8. ^ 『札工六十年史』92頁、475頁
  9. ^ 『札工六十年史』93頁、475頁、『新札幌市史 第8巻2』271頁
  10. ^ 『札工六十年史』475頁
  11. ^ 『札工六十年史』475-476頁
  12. ^ a b 『札工六十年史』476頁
  13. ^ 『札工六十年史』476頁、『新札幌市史 第8巻2』319頁
  14. ^ 『札工六十年史』476頁、『新札幌市史 第8巻2』327頁
  15. ^ a b 本校の歩み|北海道札幌工業高等学校 全日制課程”. www.sakko.hokkaido-c.ed.jp. 2022年3月6日閲覧。
  16. ^ 『札工六十年史』477頁、『新札幌市史 第8巻2』335頁
  17. ^ 『札工六十年史』477頁
  18. ^ 『札工六十年史』478頁、『新札幌市史 第8巻2』361頁
  19. ^ 『札工六十年史』478頁
  20. ^ 『札工六十年史』480頁
  21. ^ 『札工六十年史』481頁
  22. ^ 『札工六十年史』483頁

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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