北海道社会事業協会洞爺病院
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洞爺協会病院 | |
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情報 | |
正式名称 | 社会福祉法人北海道社会事業協会 |
英語名称 | TOYA KYOKAI HOSPITAL |
前身 | 北海道社会事業協会洞爺愛国病院 |
標榜診療科 | 内科、外科、整形外科、小児科、リハビリテーション科、泌尿器科、麻酔科、歯科、歯科口腔外科 |
許可病床数 |
292床 一般病床:60床 療養病床:172床 |
職員数 | 260名 |
開設者 | 北海道社会事業協会 |
管理者 | 吉田秀明(理事長) |
病院事業管理者 | 青木茂(院長) |
開設年月日 | 1930年9月 |
所在地 |
〒049-5605 |
位置 | 北緯42度33分03秒 東経140度46分27秒 / 北緯42.55083度 東経140.77417度座標: 北緯42度33分03秒 東経140度46分27秒 / 北緯42.55083度 東経140.77417度 |
二次医療圏 | 西胆振 |
PJ 医療機関 |
北海道社会事業協会洞爺病院(ほっかいどうしゃかいじぎょうきょうかいとうやびょういん)は、北海道虻田郡洞爺湖町にある病院。通称洞爺協会病院。
沿革
[編集]- 1930年(昭和 5年):愛国婦人会北海道支部が「愛国婦人会北海道支部洞爺湖温泉診療所」創立[1]。
- 1933年(昭和 8年):診療所を療養所と改称[1]。
- 1935年(昭和10年):「洞爺湖温泉病院」と改称[1]。
- 1942年(昭和17年):愛国婦人会が解散となり、北海道社会事業協会が財団法人「北海道社会事業協会附属洞爺愛国病院」として継承[1]。
- 1949年(昭和24年):火災のため院舎の大部分を焼失[1]。
- 1951年(昭和26年):林野庁共済組合洞爺療養所併設(1961年に建物や備品を譲受)[1]。
- 1952年(昭和27年):社会福祉法人「北海道社会事業協会洞爺愛国病院」と改称[1]。
- 1963年(昭和38年):「北海道社会事業協会洞爺病院」と改称[1]。
- 1965年(昭和40年):脳卒中リハビリテーションセンター設置[1]。
- 1977年(昭和52年):有珠山噴火により一時避難[1]。
- 1997年(平成 9年):洞爺コスモス訪問看護ステーション開設[1]。
- 1998年(平成10年):虻田町在宅介護支援センターえんじゅ開設[1]。
- 1999年(平成11年):通所リハビリテーションあいりす設置[1]。
- 2000年(平成12年):在宅介護支援事業所えんじゅ、ヘルパーステーションあじ彩設置[1]。有珠山噴火により病院を一時休止。仮設のとうや協会診療所開設(2003年廃止)[1]。
- 2002年(平成14年):高砂診療所(2003年廃止)、総合在宅ケアセンターとうや開設[1][2]。
- 2003年(平成15年):現在地に新築移転[1][3]。
- 2006年(平成18年):訪問リハビリテーションアスター設置[1]。
診療科等
[編集]診療科
部門
関連施設
[編集]- 総合在宅ケアセンターとうや