利用者:Wingless reindeer/表面プラズモンポラリトン
表面プラズモンポラリトン (SPPs) とは、金属-誘電体または金属-空気の境界を移動する特別な電磁波である。その振動数は赤外線または可視光に相当する。「表面プラズモンポラリトン」は、金属内の電荷移動(「表面プラズモン」)と、空気中または誘電体の電磁波(「ポラリトン」)の両方を含む電磁波を示す用語である。
表面プラズモンポラリトンは表面波の一種である。例えば光が光ファイバーに沿って移動するのと同様に、表面プラズモンポラリトンはこの境界に沿って進む。同じ周波数であれば表面プラズモンポラリトンは真空中の光よりも波長が短い。そのためより多くの運動量と、より強い「局所的な電磁場(英語版)」を持つ。境界面に対する垂直方向への広がりは、その波長サイズより小さい範囲に限定される。表面プラズモンポラリトンは境界面に沿って伝播し、そのエネルギーが金属に吸収されるか、他の方向(自由空間等)に散乱されるまで進む。
表面プラズモンポラリトンの用途には、通常の回折技術での限界を超えた顕微鏡やフォトリソグラフィなどのスーパーレンズ技術などがある。また、光そのものの基本的な特性、つまり誘電体媒質中の光子の運動量について第一定常状態の微小機械測定が可能である。その他の応用には、フォトニクスデータ記憶、光の生成、バイオフォトニクスなどがある。
励起
[編集]表面プラズモンポラリトン(SPP)は電子と光子のどちらによっても励起することができる。まず電子励起について説明する。電子を金属の内部に発射することによって、SPPを励起することができる[1]。電子が散乱する際、エネルギーがバルクプラズマに伝達される。散乱ベクトルのうち表面に平行な成分がSPPの形成を引き起こす。
光子がSPPを励起するためには、両者が同じ周波数と運動量を持たなければならない。しかし所定の周波数に対して、自由空間の光子はSPPよりも運動量が少ない。これは両者が異なる分散関係を持つためである(下記参照)。空気中の自由空間光子が直接SPPにカップリングできない理由は、この運動量の不一致によるものである。同じ理由で、滑らかな金属表面上のSPPは均一な誘電体に自由空間光子としてエネルギーを放出することができない。この不一致は、全反射が起こる時に透過が起きなくなることに相当する。
しかしそれでも光子をSPPにカップリングさせるためには、プリズムやグレーティングのような結合媒体を使用して光子とSPPの波ベクトルを一致させる(つまり運動量も一致させる)ことで実現可能である。プリズムは、Kretschmann配置の場合は薄い金属膜に向けて置く。もしくはOtto配置の場合、金属表面の非常に近くに配置する(図1)。グレーティングカプラは、グレーティング周期に相当する運動量を平行波ベクトル成分に追加することで講師とSPPの波ベクトルを一致させる(図2)。この方法はあまり使用されることはないが、表面粗さの影響を理論的に理解するためには重要である。なお、溝やスリット、ひだなどの平坦な表面にある単独の孤立した表面欠陥は、自由空間放射とSPの間でエネルギーを交換してカップリングする反応機構を提供する。
電磁場と分散の関係
[編集]SPPの特性はマクスウェルの方程式から導き出すことができる。金属‐誘電体界面を 平面とする座標系を使用し、金属は 、誘電体は に位置するものとする。電場および磁場を位置 と時間 の関数として表すと、次の通りである:
ここで、
- nは材料を示す(1は金属で 、2は誘電体で )。
- ω は波の角周波数である。
- ± は金属の場合はプラス、誘電体の場合はマイナスである。
- は電場ベクトルの x 成分および z 成分であり、 は磁場ベクトルの y 成分である。他の成分()はゼロである。すなわちSPPは常にTM(横磁場)波である。
- kは波数ベクトルであり、複素ベクトルである。損失のないSPPの場合、x 成分は実数となり、z 成分は虚数となる。波は x 方向に沿って振動し、z 方向に沿って指数関数的に減衰する。 は両方の材料に対して常に同じであるが、 は一般に と異なる。
- 、ここで は材料 1(金属)の誘電率であり、c は真空中の光速である。以下で述べるように、 も成立する。
この形態の波がマクスウェルの方程式を満たすためには、以下の方程式が成立しなければならない。
- および、
これらの二つの方程式を解くと、表面を伝播する波の分散関係は以下の通りである。
電子ガスの自由電子モデルでは、減衰を無視すると、金属の誘電関数は次の式で表される。
ここで、SI単位で表されるバルクプラズマ振動数は、
ここで、n は電子密度、e は電子の電荷、m∗は電子の有効質量、は自由空間の誘電率を示す。分散関係は図3に赤い実線の曲線でプロットされている。k が小さい時、SPPは光子のように振る舞うが、k が増加するにつれて分散関係のグラフは曲がり、「表面プラズマ周波数」と呼ばれる漸近的な限界(英語版)に達する[注釈 1]。分散曲線は光子を示す直線 ω = k⋅c(図3 青線)より右側に位置するため、SPPは自由空間放射よりも短い波長を持ち、SPP波ベクトルの面外成分は純粋に虚数となり、エバネッセント減衰を示す。表面プラズマ周波数(図3 赤い点線)はこの曲線の漸近線であり、次の式によって与えられる。
空気の場合、この結果は以下のように簡易化できる。
ε2 が実数であり ε2 > 0であると仮定すると、 ε1 < 0 でなければならない。この条件を満たすのは金属である。電磁波は金属を通過する際、オーム損失や電子-内殻相互作用により減衰する。これらの作用は、誘電率の虚数成分として現れる。金属の誘電関数は ε1 = ε1′ + i⋅ε1″ と表され、ここで ε1′ と ε1″ はそれぞれ誘電関数の実部と虚部である。一般に |ε1′| >> ε1″ なので、波数はその実部と虚部の成分として次のように表現できる。
この波数ベクトルは、電磁波の空間的広がりや、カップリング要件として波数ベクトルが一致するかどうかなど、物理的に重要な特性について情報を与えるものである。
伝播距離と表皮の深さ
[編集]SPP(表面プラズモンポラリトン)が表面に沿って伝播する際、エネルギーを金属に吸収されて失う。表面プラズモンの強度は電場の2乗に比例して減衰するため、距離 x における表面プラズモン強度の減少率は である。伝播長さは、SPPの強度の率が1/eまで減衰する距離として定義され、この条件は以下の長さの式を満たす。
同様に、電場は金属表面に対して垂直にエバネッセント減衰する。低周波数では、金属内のSPP浸透深さは一般に表皮深さの公式を使用して近似される。誘電体内では、電場の減衰ははるかに遅くなる。金属および誘電体媒体における減衰長は次のように表現される。
ここで、i は伝播の媒質を示す。SPPは表皮深さ内のわずかな乱れに対して非常に敏感である。このため、SPPは表面の不均一性を調査するために使用されることが多い。
アニメーション
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上の例よりはるかに低い周波数である、自由空間波長が10μmの場合の銀と空気の界面におけるSPPの電場。この周波数では銀はほぼ完全な導体として挙動し、SPPはSommerfeld–Zenneck波と呼ばれ、自由空間波長とほぼ同じ波長を持つ。この周波数での銀の誘電率は(-2700 + 1400i)である。画像は水平方向に6μmである。
実験的応用
[編集]SPPを利用したナノファブリケーションシステムは、物質中での光の伝播を設計・制御できる見込みがある。特にSPPはナノメートルサイズの大きさのものに効率良く光を伝えるために使用することで、共振周波数分散特性を直接修正(例えば、光の波長と光パルスの速度を大幅に縮小)することができる。さらには電場強化して非線形材料(英語版)との強い相互作用を可能にするためにも適している。その結果として生じる光の外部パラメータ(例えば、印加電場や吸着分子層の誘電率)に対する感度の向上は、センシングやスイッチングの応用に大いに期待されている。
現在、ナノスケールのプラズモン効果を利用した、計測・通信用の新しいコンポーネントの設計、製造、および実験的特性評価に焦点を当てた研究が行われている。これらのデバイスには、バイオセンシング、光ポジショニング、光スイッチングなどの用途に使用される超コンパクトなプラズモニック干渉計、そしてシリコンチップ上に高帯域幅の赤外周波数プラズモン通信回線を集積するために必要な個々の構成要素(プラズモン源、導波路、検出器)などがある。
SPPを利用した機能デバイスの構築の他、金属誘電体の狭い空間内で移動するSPPの分散特性を利用して、人工的に調整されたバルク光学特性を持つフォトニック材料(メタマテリアルとして知られる)を作成することが実現可能と思われる。人工SPPモードは、メタマテリアルを使用すればマイクロ波およびテラヘルツ周波数で実現可能であり、これらは「偽表面プラズモン」として知られる。
SPPの励起は、しばしば表面プラズモン共鳴(SPR)として知られる実験技術で使用される。SPRでは、入射角、波長、または位相の関数としてプリズムカプラから反射された出力をモニタリングし、表面プラズモンの最大励起を検出する。
SPPや局在プラズモン共鳴など、表面プラズモンを利用した回路は、高性能データ処理ナノデバイスに使用されるフォトニック回路のサイズ制限を乗り越える手段として提案されている。
こうしたナノデバイスのプラズモニック特性を動的に制御できるかどうかが、その開発の要である。最近では、プラズモン-プラズモン相互作用を利用した新しいアプローチが実証されている。ここではバルクプラズモン共鳴を誘導・抑制して光の伝播を操作する。このアプローチは、ナノスケールの光操作や、CMOSに完全に対応した電気光学プラズモニック変調器の開発につながる可能性が高いことが示されている。
CMOS対応の電気光学プラズモニック変調器は、チップスケールのフォトニック回路を作成するためには重要な構成要素となるであろう。
表面に第二高調波が発生するとき、第二高調波信号は電場の2乗に比例する。表面プラズモンを利用すると、界面で電場が強くなるため、非線形光学効果が発生する。より強力な第二高調波信号を生成するために、このようなより強い信号が利用されることが多い。
プラズモンにともなう吸収および発光ピークの波長と強度は、分子吸着によって影響を受けるため、プラズモンは分子センサーに利用できる。例えば、牛乳中のカゼインを検出する本格運用のプロトタイプ装置が製造されている。この装置は金の薄層でプラズモンにともなう光吸収の変化をモニタリングすることを原理とする。
使用される物質
[編集]表面プラズモンポラリトンは、正の誘電率を持つ物質と負の誘電率を持つ物質の界面にのみ存在できる。正の誘電率を持つ物質は誘電体と呼ばれることが多く、空気やガラス(可視光については透明)などの透明な素材である。負の誘電率を持つ材料はプラズモニック物質と呼ばれることが多く、金属やその他の物質である。プラズモニック物質は波長、吸収長、その他のSPPの特性に大きな影響を与えるため、より重要である。以下はプラズモニック物質の解説である。
金属
[編集]可視光および近赤外光に対して、プラズモニック物質は金属だけである。金属は自由電子が豊富であり、高いプラズマ周波数を持つためである(物質はプラズマ周波数以下でのみ負の実誘電率を持つ)。
残念ながら金属にはオーム損失があるため、プラズモニックデバイスの性能が低下する可能性がある。この損失を抑えるべく、新しいプラズモニクス物質の開発や既存材料の蒸着条件の最適化に向けた研究が進められている。オーム損失と物質の分極率の両方がその光学性能に影響を与える。SPPに対する品質係数 は として定義される。以下の表でよく使われるプラズモニック金属、Al、Ag、Au、Cu の4種に対する品質係数とSPP伝播長を示す。これらの金属は、最適化された条件下で熱蒸着されたものである。品質係数とSPP伝播長は、これらの Al、Ag、Au、Cu 薄膜の光学データを使用して計算された。
波長 | 金属 | 品質係数 | 伝搬長 |
---|---|---|---|
UV (280 nm) | Al | 0.07 | 2.5 |
可視光 (650 nm) | Ag | 1.2 | 84 |
Cu | 0.42 | 24 | |
Au | 0.4 | 20 | |
近赤外 (1000 nm) | Ag | 2.2 | 340 |
Cu | 1.1 | 190 | |
Au | 1.1 | 190 | |
光通信波 (1550 nm) | Ag | 5 | 1200 |
Cu | 3.4 | 820 | |
Au | 3.2 | 730 |
銀は可視光、近赤外(NIR)、および光通信波に関してこれらの材料の中では最も損失が少ない。 金と銅は可視光および近赤外で同等の性能であり、通信波長では銅がわずかに優れている。 金は自然環境で化学的に安定しているため、銀と銅に比べてプラズモニックバイオセンサーに適している。 しかし、約 470 nm でバンド間遷移があるため、600 nm未満の波長では損失が大幅に増加している。 アルミニウムは紫外線領域(330 nm未満)では最も優れたプラズモニック物質であり、銅と同様、CMOSに対応している。
その他の物質
[編集]物質の持つ電子が少ないほど、そのプラズマ周波数は低く(つまり、波長が長く)なる。したがって、赤外線やそれ以上の波長では、金属以外にもさまざまなプラズモニック物質が存在する。例えば、NIR-SWIR(近赤外線~短波長赤外線)範囲に典型的なプラズマ周波数を持つ透明導電性酸化物などである。さらに長い波長では、半導体もプラズモニック特性を持つ場合がある。
一部の材料は、プラズモンではなくフォノンに伴う赤外線波長で負の誘電率を持つ(いわゆるレストストラーレンバンド)。 この結果生じる波は、表面プラズモンポラリトンと同じ光学特性を持つが、表面フォノンポラリトンと呼ばれる。
表面の起伏の影響
[編集]物質表面の起伏がSPPに与える影響については、SPPがグレーティング(図2)によってどのように結合されるかを先に理解すると分かりやすい。光子が表面に入射するとき、誘電体物質(プリズム等)中の光子の波数ベクトルはSPPの波数ベクトルよりも小さい。光子がSPPに結合するためには、波数ベクトルを だけ増加させる必要がある。周期的なグレーティング(またはその倍数)がちょうどその不足分であれば、その界面に対して平行な運動量を補足することでSPPがカップリングできる条件を満たす。
ここで は格子の波数ベクトル、 は入射フォトンの入射角、 は格子周期、 は整数である。
起伏のある表面は、周期性が様々な多くの格子の重ね合わせと考えることもできる。 クレッチマンは、起伏のある表面の統計的相関関数を次のように定義することを提案した。
ここで は点 における平均表面高さからの高さ、そして は積分する面積である。統計的相関関数は次のようなガウス関数であると仮定される。
ここで は二乗平均平方根した高さ、 は点からの距離、 は相関長である。これにより相関関数は次のようにフーリエ変換できる。
ここで は表面プラズモンにフォトンを結合させるための各空間周波数 の評価値である。
表面がフーリエ成分の起伏一つ分だけである場合(すなわち、表面形状が正弦波である場合)、 は不連続で のときのみ存在し、カップリングできるのは単一の角度のセットとなる。 表面が多くのフーリエ成分の和である場合、複数の角度でのカップリングが可能となる。 ランダムな表面では、 は連続的となり、カップリングできる角度の範囲は広い。
前述の通り、SPPは非放射性である。 SPPが起伏のある表面を伝搬すると、散乱により放射性となることが多い。 光の表面散乱理論は、立体角 あたり、入射強度 あたりの散乱強度 を次のように示している。
ここで は金属/誘電体界面における単一双極子からの放射パターンである。 クレッチマンの形態で表面プラズモンが励起され、散乱光が入射面内で観察される場合(図4)、双極子関数は次のようになる。
かつ、
は偏光角であり、 は 平面での 軸からの角度である。 これらの方程式から導かれる重要な結果が2つある。まず、 (s偏光)の場合、 となり、散乱光 となる。 次に、散乱光には測定可能なプロファイルがあり、それが表面の起伏と容易に相関することである。 このトピックは、クレッチマンの論文(1972年)でより詳細に扱われている。
[[Category:準粒子]]
- ^ Bashevoy, M.V.; Jonsson, F.; Krasavin, A.V.; Zheludev, N.I.; Chen Y.; Stockman M.I. (2006). “Generation of traveling surface plasmon waves by free-electron impact”. Nano Letters 6 (6): 1113–5. arXiv:physics/0604227. Bibcode: 2006NanoL...6.1113B. doi:10.1021/nl060941v. PMID 16771563.
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