コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

利用者:Uryah/五色沼について2006年11月22日-29日に話し合われたことについてまとめ

ノート:五色沼 (福島県北塩原村)にて2006年11月22日(水)- 29日(水)に行われた話し合いについて、まとめ。

(事の始まり)

papamaruchan22さんの2006年11月22日 (水) 12:19 (UTC)の質問
==その他の項目として五色沼(吾妻の瞳と裏磐梯毘沙門沼他)混同?しますでしょうか==
磐梯吾妻スカイライン浄土平・一切経山付近にある五色沼(吾妻の瞳)は別のもの。ともに福島県の地名「磐梯」に在るため、道路標識や看板を頼りに接近すると、混同してしまうことがある。とありますが本当でしょうか吾妻の瞳は一切経の奥にあり、道路標識を頼りに車で接近する所ではありません。登山者のみ到達出来る場所で勿論混同なんてしようとしても出来ないです。一切経山の登山道にでも建ってるのならともかく、机上の推理でどなたかが投稿なさったのかおもいます。両方ともコバルトブルーの美しい沼ですが、、。

(Uryahの思うところ・問題点)

  1. 2004年夏、私は“「本記事の五色沼へ接近するつもりで走っていたら吾妻の瞳へ向う道を行ってしまった。引き返した」「高湯温泉から磐梯吾妻スカイラインを通って本記事の五色沼を目指して一方向に動きました」「思ったよりずっと早く五色沼の表示があって、困惑はそこから始まりました」本記事の五色沼に向っているつもりが(当時は知らない)吾妻の瞳に向っていた。行こうと思っている五色沼とはどう考えても方角が違うので引き返した(Uターンした)。”←この経験を、「磐梯吾妻スカイライン浄土平・一切経山付近にある五色沼(吾妻の瞳)は別のもの。ともに福島県の地名「磐梯」に在るため、道路標識や看板を頼りに接近すると、混同してしまうことがある。」と記述した。
  2. この記述・表現について、papamaruchan22さんより上記(事の始まり)の質問があり、2006年11月22日 (水)から2006年11月29日 (水)まで話し合いをしたが、上記 1.に記した経験を同 1.に記した記述で表現することは当らない、という認識に私は至らなかった。
  3. 履歴を辿れば誰が書いたのかはすぐに判るようになっているので投稿者を調べてくれればいいのに、と投げ掛けたら「Uryah様が初稿からお書きなのは存じておりました」と応じたり、聞いてくれればよいのに、と投げ掛けたら「会話ノートに書けばオレンジの見出しでおどろかせてしまうので」などと書いたり(しかもご自身のノートを見てみると既にたくさんやりとりしている)、応談にまっすぐ向き合わないpapamaruchan22さんの姿勢は、話し合いに臨む姿勢として不誠実である。
  4. 「Uryah様が初稿からお書きなのは存じておりました」(papamaruchan22 2006年11月22日 (水) 15:10 (UTC))のに 事の始まり では「机上の推理でどなたかが投稿なさった」(papamaruchan22 2006年11月22日 (水) 12:19 (UTC))と書いてみせたり、人の経験(高湯温泉から磐梯吾妻スカイラインを通って本記事の五色沼を目指して一方向に動いたら吾妻の瞳に向っていた。行こうと思っている五色沼とはどう考えても方角が違うので引き返した(Uターンした))を「ひとつの五色沼に双方向から行けるので迷ったのであって」と断定(papamaruchan22 2006年11月23日 (木) 07:54 (UTC))してみせたり、11月26日 (日)時点でこの話し合いにはpapamaruchan22さんとUryahの2人しか居ないのに、自身の立場を「一般読者」と言ってみせたり(2006年11月26日 (日) 01:05 (UTC))、対話している相手の頭の中を「大変苦労して」と言ってみせたり(papamaruchan22 2006年11月27日 (月) 13:10 (UTC))、想像・推測・憶測を断定して(みせて)話を進めるpapamaruchan22さんのその 仕方 は、事実を問い合う話し合いには向いていない。素朴に事実をまず確かめ合う。まずそこから始めましょう。
  5. ノートで合意をみた当事者なのに、対話者と話し合うことなしにその記述を変更した(話し合いの結果対話者の支持する記述で落ち着くことになったのに、数ヶ月経ってから、合意をみなかった記述にこっそり書き換えた)。- 2007年3月31日追記(利用者‐会話:Papamaruchan22利用者‐会話:202.53.209.136参照)。

(papamaruchan22さんの思うところ・問題点)

※ここにpapamaruchan22さんの思うところ・問題点を書いてもらうつもりだったが、下記のように反対されたので、ノート:五色沼 (福島県北塩原村)に掲示して記述することはなくなった(2006年11月29日 (水) 12:31 (UTC))。
「話は平行線で、ほとんど水掛け論になってきました」「ので、それぞれ思うところを整理して、ここに掲示しておく、ということにして、とりあえず打ち止めにしておく、というのはどうでしょう?」(Uryah 2006年11月27日 (月) 11:42 (UTC))と提出した同義に対して、papamaruchan22さんは「打ち止めは賛成」(papamaruchan22 2006年11月27日 (月) 13:10 (UTC))されたが、整理して掲示おくことには反対された(papamaruchan22 2006年11月27日 (月) 13:10 (UTC))と(papamaruchan22 2006年11月29日 (水) 09:24 (UTC))。
「自分自身に恥じない(中略)それでいいんじゃないですか」(papamaruchan22 2006年11月27日 (月) 13:10 (UTC))「自分自身に恥じない記述、自信があればそれでいい」(papamaruchan22 2006年11月29日 (水) 09:24 (UTC))という考えなら、それこそ“この記述についてこういう話し合いが在った”として掲示して置いておくべき、だと私は思うが、なぜ整理しておくことに抵抗されたのか、そこは私からは伺い知れないが、「papamaruchan22さんもよろしければ、ですが。」として出した動議(Uryah 2006年11月27日 (月) 11:42 (UTC))なので、ノート:五色沼 (福島県北塩原村)に整理は掲示せず、そのまま打ち止めとなった。

ということで、2006年11月29日 (水) に、事は終了。Uryah 2006年11月29日 (水) 12:31 (UTC)

追記。
上記の話し合いとはまったく関係ないけれども、2006年11月28日 (火) 12:59 と 2006年11月28日 (火) 13:20 と 2006年11月28日 (火) 13:27 に、papamaruchan22氏はノートでの自身の数ヶ月前の発言に修正を加えている。原則として、話し合いでの発言には、たとえ誤字脱字の修正、リンクの追加だけであるとしても、他者のものにはもちろん、自身のものにも後から修正を加えてはいけない、というのが慣習である。必要なら、署名とタイムスタンプを追加して修正するのがまっとうなやり方となっている。考え過ぎかもしれないけれど、懸念(自分とのやりとりも後から書き換えられるかもしれない)としてここに記す。Uryah 2006年11月29日 (水) 12:31 (UTC)
付記。
本人に直接言うのは失礼になるかもしれない、だから(書いた人を判っているのに、本人は気づかないかもしれないところに)「~とありますが本当でしょうか吾妻の瞳は一切経の奥にあり、道路標識を頼りに車で接近する所ではありません。登山者のみ到達出来る場所で勿論混同なんてしようとしても出来ないです。一切経山の登山道にでも建ってるのならともかく、机上の推理でどなたかが投稿なさったのかおもいます。両方ともコバルトブルーの美しい沼ですが、、。」と書いた、そうする方が失礼に当らないから
何かの言い訳(が先に立ってこれを積み重ねてしまった結果)とかではなく、もし本当にそう↑思っているなら、その感覚は、(少なくとも)私には、計り知れないなあ。
礼儀とは何か、素朴なマナーとは何かを、学び直した方がいいのではないか?とまで思ってしまう。
「直接言ってくれればいいのに」。今夜のアンビリバボーは心に沁みるなあ。
Uryah 2006年11月30日 (木) 12:42 (UTC)
追記。
これ(利用者‐会話:Papamaruchan22 2007年4月1日 (日) 07:06)にて事はクローズ。話し合い抜きで同様の書き換えが行われたりしなければ、ずっと事は起こらない。Uryah 2007年4月1日 (日) 07:12 (UTC)
本当にクローズしたかなあ??Uryah 2007年4月2日 (月) 12:48 (UTC)
追記。
  • クローズしたようだ
  • papamaruchan22さんは「共同作業」「話し合い」という言葉の意味を知っているのだろうか?もっと人生経験を積まれることをお奨めしたい。
  • gooの辞書では、「共同作業」「話し合い」と出ている。これを手がかりに、ご自身で勉強・体験してみて欲しい。
  • papamaruchan22さんは「議論」という言葉の意味を知っているのだろうか?papamaruchan22さんは人生経験として学んでいないのかもしれないけれど、人と話をしていて、何かを言い放って(同時に)相手に終了を要請することは出来ない。願望することは出来るけれど。
  • gooの辞書では、議論と出ている。これを手がかりに、自身で調査・体験して欲しい。
  • たとえばノート:言語的相対論#認知療法と空 (仏教)を読んでみるといい。すごく短いやりとりなので、レトリックがどうのと逃げる余地なく読み切れると思う。記事の編集には、意見の相違がある場合には、対話が求められる。この先こっそりと認知療法」と「空 (仏教)」 が「言語的相対論」の関連項目に戻されたら、それは荒らしといえる。このプロジェクトは、共同作業なのだ。
Uryah 2007年4月3日 (火) 11:57 (UTC)
プラス。
※あらゆる分野で情報開示が大事になっている旨、2007年4月3日の「報道ステーション」(テレビ朝日)で言っていた。うなづけるなあ。
Uryah 2007年4月3日 (火) 13:17 (UTC)


(2010年10月31日 追記)

papamaruchan22氏は、2010年10月24日 (日) 12:18 に、またこっそり手を入れた1。常識的には、もし自分だったら、「話し合いの再開」なしに同じ部分に手を入れたりはしないけれども。
2010年10月30日 (土) 19:18 (UTC) に今回はあっさりと終了したので、記事のノートに書こうと思っていたのだけど、ここ まとめ に書いておきます。
>「乗り付ける道が有る」なんて最初から言ってない papamaruchan22 2010年10月30日 (土) 19:18 (UTC)
それはウソです(1)。
磐梯吾妻スカイライン浄土平・一切経山付近にある五色沼(吾妻の瞳)は別のもの。ともに福島県の地名「磐梯」に在るため、道路標識や看板を頼りに接近すると、混同してしまうことがある。とありますが本当でしょうか吾妻の瞳は一切経の奥にあり、道路標識を頼りに車で接近する所ではありません。登山者のみ到達出来る場所で勿論混同なんてしようとしても出来ないです。一切経山の登山道にでも建ってるのならともかく、机上の推理でどなたかが投稿なさったのかおもいます。両方ともコバルトブルーの美しい沼ですが、、。papamaruchan22 2006年11月22日 (水) 12:19 (UTC)
あなたは、“吾妻の瞳まで「道路標識を頼りに車で接近する所」だと書いてある”と誤読したんです。「登山者のみ到達出来る場所で」「混同なんてしようとしても出来ない」と書いたんです。
それで、「2005年(2004年だったかな?)と2006年に高湯温泉を訪ねました。2005年に訪れたとき、温泉から磐梯吾妻スカイラインを通って本記事の五色沼、会津若松城猪苗代湖など福島県の観光地を観て回ったのですが、磐梯吾妻スカイラインを走るといくつかの分岐があり、道路沿いの案内の五色沼という矢印があっちにもこっちにも向いていて、2回ほどUターンしました。」2006年11月22日 (水) 14:14 (UTC) と応じたのです。
そもそも、何が書かれているか/書かれようとしているかを丁寧に確かめれば良かったのに、papamaruchan22氏は最初(1発目)から無礼風味で始めてしまったために、後はご自分のメンツを取り戻すことが最優先事項になってしまい、言を左右に振る・印象操作を試みる・貶める点がないか探る と、典型的な感じの議論を展開されてしまいました。4年も経ったら少しは成長してください。小学6年生だったら、高校に入ろうかという年月です。もう1回読み返してみてはいかがでしょうか?:12
Uryah 2010年10月31日 (日) 20:42 (UTC)~2010年10月31日 (日) 20:51 (UTC)