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わらび座の拠点わらび劇場 | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
本社所在地 |
日本 〒014-1192 秋田県仙北市田沢湖卒田字早稲田430 |
設立 | 1971年3月22日 |
業種 | サービス業 |
事業内容 | 音楽、舞踊、演劇の創作、企画、出演、興行 |
代表者 | 取締役社長 山川龍巳 |
資本金 | 4900万円 |
従業員数 | 240名 |
外部リンク | http://www.warabi.jp/ |
わらび座(わらびざ)は日本の劇団のひとつ。秋田県仙北市のあきた芸術村に本拠地を置き、日本の伝統芸能を基盤とした演目に特色がある。本拠地に「わらび劇場」という常設劇場を持ち、オリジナルミュージカルを年間約250ステージ上演するほか、7つの公演チームが国内、海外で年間約1200回の公演を行っている。日本では劇団四季や宝塚歌劇団に次ぐ規模の劇団である。[1]芸術村の来場者数は年間約25万人。劇団の俳優をはじめ、技術スタッフや文芸スタッフ、ホテル部門、制作・営業職などを社員として雇用する。資本金4900万円、従業員数250人(うち劇団員80人)。平成27年度の売上高は18億7千万円。[2]
概要
[編集]日本の伝統芸能を重んじ、民謡、民舞、歌舞などを得意とする。秋田をはじめとする日本全国の民舞、民謡のデータ収集に努め、1974年に財団法人の認可を受けて(財)民族芸術研究所を設立。ここで日本の民謡や芸能などの文化的な遺産に関する資料の収集、整理、保存を行っており、民謡で15万曲、民俗芸能の映像データは3500演目に及ぶ。劇団として各地での伝承を受け継ぎ舞台表現として活用する他、今後は各地の図書館ともネットワークを構築し、多様な文化的要求に応えることが出来る図書館を目指す。[3]
民謡・民舞の技術継承については、俳優の技術継承や映像による教材の作成などの他、デジタル技術を活用したモーションキャプチャの導入にも取り組んでいる。[4]
一方、近年ではミュージカルにも力を入れており、ジェームス三木、中村哮夫、市川森一、高橋克彦、甲斐正人、内舘牧子、栗山民也、横内謙介、鈴木聡、飯島早苗、ラッキィ池田など外部の著名なクリエーターからも協力を得て、秋田や東北の題材を中心としたオリジナルミュージカルの制作・上演に取り組んでいる。
常設劇場での公演の他、地方での公演や学校での芸術鑑賞会、伝統芸能中心の小公演、多様な楽器を使用したライブ、各種ワークショップなど全国でさまざまな形態の公演を行う。
安達和平、岡村雄三、戎本みろ、三重野葵、鈴木裕樹、椿千代、丸山有子、碓井涼子などの看板役者を始め、ベテランから新人まで層が厚い。また、劇団併設の養成所では、2年間のカリキュラムで新たな人材の育成にも努めている。https://news.nifty.com/article/magazine/galac-20161227-01/1
近年は大都市公演のみ有名俳優をメインキャストに招くこともあり、パク・トンハ、良知真次、杜けあき、朝海ひかる、今井清隆、遠野あすか、石井一彰などが客演している。
特徴
[編集]教育関係にも力を入れており、長年にわたって修学旅行や研修旅行を受け入れ、踊り教室や農業体験など実体験をともなうプログラムに特徴がある。https://www.desknets.com/ra-support/akita/Future/warabiza.html 奇跡のメソッド わらび座 中高生向け教育ワークショップ Akita's Future 秋田の教育
また、秋田大学や地元企業と提携を結び、演劇による教育や研修に力を入れている。[5]
ブルーベリー栽培を通じた元気な地域づくり合資会社エコニコ農園 (平成24年度六次産業化・地産地消法認定事業者)http://www.maff.go.jp/tohoku/6zi_koudou/jireihassin/pdf/ekonikonouen.pdf
近年ではインバウンドをはじめとする観光にも力を入れており、
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160928_42008.html<わらび座>旅行業にも力 秋田観光を提案 河北新報
仙北市と株式会社わらび座との包括連携に関する協定書「小さな国際文化都市~市民が創る誇りあるまち~」の実現に向けて、 双方の資源の有効活用を図りながら、劇団、劇場を中心にした文化芸術に関する事業 と連携し、地域活性化に寄与することを目的とする。http://www.city.semboku.akita.jp/file/5341.pdf
|研究誌「地域活性研究」魅力的な地域拠点型劇場・劇団による地域振興 ―――劇団わらび座、宝塚歌劇団をモデルに 白石 史郎http://www.hosei-web.jp/chiiki/sale/ron2012.html
2017年1月にはタイ・バンコクに本拠を置く旅行業のエス・エム・アイ・グループと、秋田県内のインバウンド(訪日外国人)誘客に関して業務提携すると発表した。[6]
あきた芸術村で「わらび劇場」、ホテル「温泉ゆぽぽ」、レストラン「田沢湖ビール」を運営するほか、男鹿半島でもホテルを経営。多角化した事業が劇団を支える。
成り立ち
[編集]1948年7月、日本共産党党員芸術家会議の席上での要請に基づき原太郎により同年8月に東京で創立された海つばめ(第一次)が淵源[7]。1950年原が帰還者楽団に参加することとなり一旦解散したが、1951年に海つばめ(第二次)が日本共産党の文化工作隊として再結成された[7]。翌1952年にはポプラ座と改名し北海道を回るが[7]、秋田県に拠点を移した1953年からは「黄に紅に花は咲かねどわらびは根っ子を誇るもの」ということにちなんで、現在のわらび座と名称を改めた[8]。1971年には「株式会社わらび座」として株式会社化。1990年代には日本共産党の文化工作隊としての側面はなくなっており[7]、以後は劇団・劇場経営のほか、温泉、ホテル事業、地ビール「田沢湖ビール」の製造販売など多角的な経営を行なっている。
年譜
[編集]- 1951年 - 東京で誕生
- 1953年 - 秋田県仙北郡田沢湖町(現仙北市)に定着
- 1963年 - アジアにて初の海外公演
- 1971年 - 株式会社わらび座設立
- 1974年 - 「わらび劇場」完成
- 1989年 - 初の訪欧公演(フランス・イタリア・東ドイツ・ソ連)
- 1992年 - 「温泉ゆぽぽ」オープン
- 1995年 - わらび劇場でオリジナルミュージカル常設公演スタート
- 1996年 - わらび座のホームベースを「たざわこ芸術村」として本格スタート
- 1997年 - 初のアメリカ公演(ロサンゼルス、シアトルなど6都市)
- 1997年 - 秋田県初の地ビール・田沢湖ビールのブルワリーパブがオープン
- 1998年 - 長野オリンピック文化・芸術祭に記念作品「いのちの祝祭」で招待公演[9]
- 2000年 - 冬の小劇場スタート
- 2006年 - 愛媛県東温市に坊っちゃん劇場オープン
- 2014年 - 4月より、「たざわこ芸術村」の名称を「あきた芸術村」に変更[10]
主な作品
[編集]- 男鹿の於仁丸(脚本・演出:大関弘政)
- 春秋山伏記(原作:藤沢周平、脚本・演出:大関弘政)
- 山神様のおくりもの(脚本・演出:菊池准)
- 歌舞集 いのちの祝祭
- 銀河鉄道の夜(原作:宮沢賢治、脚本:市川森一、演出:中村哮夫)
- 小野小町(脚本:内舘牧子、演出:栗城宏)
- 歌舞集 21・飛翔
- 菜の花の沖(原作:藤沢周平、脚本・演出:ジェームズ三木)
- 坊っちゃん!(原作:夏目漱石、脚本・演出:ジェームズ三木)
- 義経-平泉の夢(脚本:齋藤 雅文、演出:井上 思)
- アテルイ-北の燿星(原作:高橋克彦、脚本:杉山義法、演出:中村哮夫、作曲:甲斐正人)
- 火の鳥 鳳凰編(原作:手塚治虫、脚本:齋藤雅文、演出:栗山民也、作曲:甲斐正人)
- アトム(原案:手塚治虫、脚本・演出:横内謙介、作曲:甲斐正人)
- おもひでぽろぽろ(原作:スタジオジブリ、脚本:齋藤雅文、演出:栗山民也、作曲:甲斐正人)
- 遠野物語(原案:柳田國男、脚本・演出:栗城宏、安達和平)
- ブッダ(原作:手塚治虫、脚本:齋藤雅文、演出:栗山民也、作曲:甲斐正人)
- げんない(脚本・演出:横内謙介、作曲:深沢桂子)
- ジュリアおたあ(原案:鈴木哲也、脚本・演出:鈴木ひがし、脚本・作詞:高橋亜子、作曲・音楽監督:甲斐正人)
- 為三さん!(脚本・演出:鈴木聡、作曲:八幡茂)
- ハルらんらん♪(脚本:飯島早苗、演出:栗城宏、作曲:八幡茂)
住所・アクセス
[編集]主な関連施設
[編集]- わらび劇場 定員710名の常設劇場
- 温泉ゆぽぽ 大浴場、ホテル、お食事処ばっきゃ
- 田沢湖ビール 地ビールの醸造所・レストラン
- 坊っちゃん劇場 愛媛県東温市にある常設劇場
- 男鹿桜島リゾートHOTELきららか 秋田県男鹿市にあるリゾートホテル
- 川口温泉奥羽山荘 秋田県大仙市(旧太田町)にある旅館
脚注
[編集]- ^ “劇団四季、宝塚に次ぐ動員力 地域劇団・わらび座の経営ノウハウ” (2014年9月). 2017年3月17日閲覧。
- ^ “地域を活性化する異色劇団~飲む・見る・泊まる!複合エンタメ企業” (2016年8月11日). 2017年3月17日閲覧。
- ^ “たざわこ芸術村・わらび座の活動” (1999年11月). 2017年3月17日閲覧。
- ^ “[http://www.eng.akita-u.ac.jp/assets/files/event/h21eventpdf/100318.pdf モーションキャプチャシンポジウム ~SCOPE「超高齢化社会における技能継承のためのユビキタス手習所の研究開発」成果発表~]” (2010年3月21日). 2017年3月18日閲覧。
- ^ “わらび座(仙北市)「ミュージカル軸に町おこし」” (2016年12月9日). 2017年3月17日閲覧。
- ^ “秋田の劇団わらび座、訪日客向け手配代行” (2017年1月17日). 2017年3月17日閲覧。
- ^ a b c d 西嶋一泰「一九五〇年代における文化運動のなかの民俗芸能―原太郎と「わらび座」の活動をめぐって―」『Core Ethics』vol.6立命館大学大学院先端総合学術研究科
- ^ わらび座HP
- ^ “候越「わらび座の活動理念と社会情勢との関わり」”. 千葉大学社会文化科学研究 (1999年2月28日). 2017年3月17日閲覧。
- ^ “秋田)劇団わらび座、地元の魅力発信へ交流事業続々”. 朝日新聞. 朝日新聞社. (2016年1月15日) 2016年3月18日閲覧。
参考文献
[編集]- 西嶋一泰「一九五〇年代における文化運動のなかの民俗芸能―原太郎と「わらび座」の活動をめぐって―」『Core Ethics』vol.6,2010
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- わらび座公式HP
- 1950年代における文化運動のなかの民俗芸能―原太郎と「わらび座」の活動をめぐって - 西嶋一泰、立命館大学 Core Ethics Vol.6(2010)