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京福電気鉄道モハ251形電車 | |
---|---|
基本情報 | |
製造所 | 日本車輌・田中車輌[1] |
種車 | ホデハ15・17・ホデハ103・ホデハ222 |
製造年 | 1928年~1930[1] |
改造年 | 1958 |
運用開始 | 1958年3月 |
運用終了 | 2000年? |
主要諸元 | |
軌間 | 1,067 |
電気方式 |
直流 600 V (架空電車線方式) |
車両定員 | 100(うち座席定員48) |
自重 | 28.0 |
全長 | 15,772 |
全幅 | 2690 |
全高 | 4055 |
台車 | D16(254のみND6。また251→253は当初D14) |
主電動機 | SE-151B |
主電動機出力 | 45.0 |
駆動方式 | 吊り掛け駆動方式 |
編成出力 | 180 |
京福電気軌道モハ251形電車(けいふくでんきてつどうもは251がたでんしゃ)は、京福電気鉄道福井支社が火事焼失車輌などの部品を流用し車体を新造して導入した車両である。
概要
[編集]ホデハ11形15(1928年製)、17(1929年製)とホデハ221形222(1930年製)は1957年の火災により車体を焼失。その3両及び被災を免れた103(1929年製)の部品を流用し、1958年に車体を新造した。 旧番との対応は以下のとおりである
新造時 | 改造時 | 形式称号改定後 | 廃車時 |
---|---|---|---|
ホデハ15 | ホデハ253 | モハ253 | モハ251 |
ホデハ222 | ホデハ252 | モハ252 | モハ252 |
ホデハ103 | ホデハ251 | モハ251 | モハ253 |
ホデハ17 | ホデハ254 | モハ254 | モハ254 |
新造車体は前年に製造されたホデハ(→モハ)241と同型の15m級、窓配置d2D7D2d、片側貫通、側窓もモハ241と同じく「バス窓」の車体である。 足回りは種車から流用したもので251(初代)は台車はD14、主電動機はMB-86A、それ以外はD16、SE-131Bである。のちに1973年に251(初代)もD16、SE-131Bに換装。(なお、1973年の機器統一以前はそれぞれホデハ251形、ホデハ252形であるという説もある。[2])さらに254は時期は不明だが台車がND6(元はND101)に換装されている。
運用
[編集]1988年12月にはモハ252とモハ253(初代)がワンマン改造を受け、同時に251と253の車番が入れ替わった。即ち、モハ251(2代目)とモハ252がワンマン改造車ということになる。翌年の3月にはその251と252がロングシート化。また非貫通側の運転台が中央運転台から左隅に移設された。1991年3月20日付で非ワンマンの2両が廃止になった(この日付でモハ241形も全廃になっている。)が残りの2両は最後の日車標準車体として人気が高かったという。
事故と廃車
[編集]2000年12月17日、永平寺線で運用されていたモハ251のブレーキロッドが破断したことにより折り返しの予定であった東古市駅(当時)に停車できず、東古市駅~志比堺駅間松岡町志比堺(当時)付近でモハ1101と正面衝突し大破した。いわゆる京福電気鉄道越前本線列車衝突事故の一回目の事故である。ブレーキの方式自体に問題があったこともあり[注釈 1]この日から無事であったモハ252も使用停止になった。2008年時点では廃車が確認されているが2001年の二度目の事故後の福井鉄道部全線運休時点では車籍は残っていたようである。
脚注・補足
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