線型代数学 において、固有多項式 (こゆうたこうしき、characteristic polynomial)あるいは特性多項式 (とくせいたこうしき)とは、正方行列に付随して得られるある多項式を指し、その行列の固有値 、行列式 、トレース といった重要な量を内包している。またグラフ の固有多項式とは、グラフの隣接行列 の固有多項式のことを指す。この多項式はグラフの不変量 となっている。すなわち同型なグラフは同じ固有多項式を持つ。
n 次複素正方行列 A に対して、A の固有多項式 とは、
Φ
A
(
λ
)
=
det
(
λ
I
−
A
)
{\displaystyle \Phi _{A}(\lambda )=\det(\lambda I-A)}
で定義される多項式
Φ
A
(
λ
)
{\displaystyle \Phi _{A}(\lambda )}
のことである。λ についての n 次代数方程式
Φ
A
(
λ
)
=
0
{\displaystyle \Phi _{A}(\lambda )=0}
を固有方程式 (または特性方程式 )という。ただし、I はn 次単位行列 である。
1.
A
=
(
2
1
1
2
)
{\displaystyle A={\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}}}
の固有方程式を求めよ.
(解答)
det
(
λ
I
−
A
)
=
det
(
λ
−
2
−
1
−
1
λ
−
2
)
=
(
λ
−
2
)
2
−
(
−
1
)
2
=
λ
2
−
4
λ
+
4
−
1
=
λ
2
−
4
λ
+
3
=
(
λ
−
1
)
(
λ
−
3
)
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=\det {\begin{pmatrix}\lambda -2&-1\\-1&\lambda -2\end{pmatrix}}=(\lambda -2)^{2}-(-1)^{2}=\lambda ^{2}-4\lambda +4-1=\lambda ^{2}-4\lambda +3=(\lambda -1)(\lambda -3)}
なので、
det
(
λ
I
−
A
)
=
(
λ
−
1
)
(
λ
−
3
)
=
0
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=(\lambda -1)(\lambda -3)=0}
.
2.
A
=
(
2
1
−
1
0
)
{\displaystyle A={\begin{pmatrix}2&1\\-1&0\end{pmatrix}}}
の固有方程式を求めよ.
(解答)
det
(
λ
I
−
A
)
=
det
(
λ
−
2
−
1
1
λ
)
=
λ
(
λ
−
2
)
−
(
−
1
)
⋅
1
=
λ
2
−
2
λ
+
1
=
(
λ
−
1
)
2
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=\det {\begin{pmatrix}\lambda -2&-1\\1&\lambda \end{pmatrix}}=\lambda (\lambda -2)-(-1)\cdot 1=\lambda ^{2}-2\lambda +1=(\lambda -1)^{2}}
なので、
det
(
λ
I
−
A
)
=
(
λ
−
1
)
2
=
0
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=(\lambda -1)^{2}=0}
.
1.
A
=
(
2
1
1
2
)
{\displaystyle A={\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}}}
の固有値・固有ベクトルを求めよ.
(解答)
前節の結果より、
det
(
λ
I
−
A
)
=
(
λ
−
1
)
(
λ
−
3
)
=
0
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=(\lambda -1)(\lambda -3)=0}
を解くと、
λ
=
1
,
3
{\displaystyle \lambda =1,3}
λ
=
1
{\displaystyle \lambda =1}
に対する固有ベクトル
x
{\displaystyle \mathbf {x} }
は、
(
1
⋅
I
−
A
)
x
=
(
−
1
−
1
−
1
−
1
)
(
x
1
x
2
)
=
(
0
0
)
{\displaystyle (1\cdot I-A)\mathbf {x} ={\begin{pmatrix}-1&-1\\-1&-1\end{pmatrix}}{\begin{pmatrix}x_{1}\\x_{2}\end{pmatrix}}={\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}}}
の自明でない解なので、
−
x
1
−
x
2
=
0
{\displaystyle -x_{1}-x_{2}=0}
を解くと、
x
2
=
−
x
1
{\displaystyle x_{2}=-x_{1}}
となるから、
x
=
(
x
1
−
x
1
)
=
c
1
(
1
−
1
)
(
c
1
≠
0
)
{\displaystyle \mathbf {x} ={\begin{pmatrix}x_{1}\\-x_{1}\end{pmatrix}}=c_{1}{\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}}\quad (c_{1}\neq 0)}
、特に
c
1
=
1
{\displaystyle c_{1}=1}
として、
(
1
−
1
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}}}
がとれる。
λ
=
3
{\displaystyle \lambda =3}
に対する固有ベクトル
x
{\displaystyle \mathbf {x} }
は、
(
3
I
−
A
)
x
=
(
1
−
1
−
1
1
)
(
x
1
x
2
)
=
(
0
0
)
{\displaystyle (3I-A)\mathbf {x} ={\begin{pmatrix}1&-1\\-1&1\end{pmatrix}}{\begin{pmatrix}x_{1}\\x_{2}\end{pmatrix}}={\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}}}
の自明でない解なので、
x
1
−
x
2
=
0
{\displaystyle x_{1}-x_{2}=0}
を解くと、
x
2
=
x
1
{\displaystyle x_{2}=x_{1}}
となるから、
x
=
(
x
1
x
1
)
=
c
2
(
1
1
)
(
c
2
≠
0
)
{\displaystyle \mathbf {x} ={\begin{pmatrix}x_{1}\\x_{1}\end{pmatrix}}=c_{2}{\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}}\quad (c_{2}\neq 0)}
、特に
c
2
=
1
{\displaystyle c_{2}=1}
として、
(
1
1
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}}}
がとれる。
2.
A
=
(
2
1
−
1
0
)
{\displaystyle A={\begin{pmatrix}2&1\\-1&0\end{pmatrix}}}
の固有値・固有ベクトルを求めよ.
(解答)
前節の結果より、
det
(
λ
I
−
A
)
=
(
λ
−
1
)
2
=
0
{\displaystyle \det(\lambda I-A)=(\lambda -1)^{2}=0}
を解くと、
λ
=
1
{\displaystyle \lambda =1}
(2重解)
λ
=
1
{\displaystyle \lambda =1}
に対する固有ベクトル
x
{\displaystyle \mathbf {x} }
は、
(
1
⋅
I
−
A
)
x
=
(
−
1
−
1
1
1
)
(
x
1
x
2
)
=
(
0
0
)
{\displaystyle (1\cdot I-A)\mathbf {x} ={\begin{pmatrix}-1&-1\\1&1\end{pmatrix}}{\begin{pmatrix}x_{1}\\x_{2}\end{pmatrix}}={\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}}}
の自明でない解なので、
−
x
1
−
x
2
=
0
{\displaystyle -x_{1}-x_{2}=0}
を解くと、
x
2
=
−
x
1
{\displaystyle x_{2}=-x_{1}}
となるから、
x
=
(
x
1
−
x
1
)
=
c
1
(
1
−
1
)
(
c
1
≠
0
)
{\displaystyle \mathbf {x} ={\begin{pmatrix}x_{1}\\-x_{1}\end{pmatrix}}=c_{1}{\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}}\quad (c_{1}\neq 0)}
、特に
c
1
=
0
{\displaystyle c_{1}=0}
として、
(
1
−
1
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}}}
がとれる。
この2つの計算例から分かることは、n 次正方行列 A はこの方程式の根として重複度も込めて n 個の固有値を持ったとしても、互いに1次独立な固有ベクトルを n 本持つとは限らないということである。しかし、この場合であっても、固有ベクトルの概念を拡張することによって、互いに1次独立な"拡張された固有ベクトル"を n 本持つようにすることができる。次節でこれを述べる。
書きかけ
固有多項式
p
A
(
t
)
{\displaystyle p_{A}(t)}
はモニック(すなわち最高次の係数が1 )なn 次多項式となる。
固有多項式の最も重要な性質は、動機の節で述べたように、その根がA の固有値を過不足なく与えることである。
固有多項式の定数項
p
A
(
0
)
{\displaystyle p_{A}(0)}
は、
(
−
1
)
n
det
(
A
)
{\displaystyle (-1)^{n}\det(A)}
となる。また、tn-1 の係数は
−
tr
A
{\displaystyle -\operatorname {tr} A}
である。
例えば
2
×
2
{\displaystyle 2\times 2}
行列の場合には、その固有多項式は
t 2 − tr(A )t + det(A )
と簡単に表すことができる。
また、
3
×
3
{\displaystyle 3\times 3}
行列の場合には、c 2 を主小行列式 (principal minor)の総和と定義することで、固有多項式
t
3
−
tr
(
A
)
t
2
+
c
2
t
−
det
(
A
)
{\displaystyle t^{3}-{\operatorname {tr} }(A)t^{2}+c_{2}t-\det(A)}
と表すことができる。
奇数次の実数係数多項式は少なくともひとつ実根を持つことから、奇数次の実数係数行列は、少なくともひとつ実固有値を持つ。実根をもたない偶数次の多項式はたくさんあるが、代数学の基本定理 によれば、複素数の範囲で、n 次多項式は重複を込めてn 個の根を持つ。実数係数多項式の実数でない根は共役との組で現れることから、実数係数行列の実固有値ではない固有値も共役複素数の組で現れることがわかる。
ケーリー・ハミルトンの定理 :固有多項式においてt をA に置き換えて得られる行列
p
A
(
A
)
{\displaystyle p_{A}(A)}
は、零行列に等しい,すなわち
p
A
(
A
)
=
0
{\displaystyle p_{A}(A)=0}
。
この定理により、A の最小多項式 は、
p
A
(
t
)
{\displaystyle p_{A}(t)}
を割り切ることがわかる。
ただし逆は正しくない。同じ固有多項式を持つ行列でも相似ではないものがある。例えば、
(
1
1
0
1
)
,
(
1
0
0
1
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}},{\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}}}
の固有多項式はともに
(
t
−
1
)
2
{\displaystyle (t-1)^{2}}
だが相似ではない。(前者の最小多項式は
(
t
−
1
)
2
{\displaystyle (t-1)^{2}}
であるが、後者は
t
−
1
{\displaystyle t-1}
である。)
A とA の転置行列 の固有多項式は一致する。
A が三角行列に相似であることと、体K 上で固有多項式が一次式の積に分解することとは同値である。(この場合、A はさらにジョルダン標準形 とも相似になる。)
A とB をn 次正方行列とするとき、AB とBA の固有多項式は一致する。すなわち
p
A
B
(
t
)
=
p
B
A
(
t
)
{\displaystyle p_{AB}(t)=p_{BA}(t)}
が成り立つ。
より一般に、A が
m
×
n
{\displaystyle m\times n}
行列、B が
n
×
m
{\displaystyle n\times m}
行列でm<n とするとき、AB は
m
×
m
{\displaystyle m\times m}
行列で、BA は
n
×
n
{\displaystyle n\times n}
行列である。このとき
p
B
A
(
t
)
=
t
n
−
m
p
A
B
(
t
)
{\displaystyle p_{BA}(t)=t^{n-m}p_{AB}(t)\,}
が成り立つ。
和書
守安一峰・小野公輔 理工系の線形代数学入門(サイエンス テキスト ライブラリー=11) , サイエンス社 2003.
平岡和幸・堀玄 プログラミングのための線形代数 , オーム社 2004.
松本和一郎 線形代数入門 -理論と計算法 徹底ガイド- , 共立出版 2007.
長岡亮介 線型代数学 放送大学教育振興会 , 2004.
長岡亮介 線型代数入門講義 -現代数学の<<技法>>と<<心>> - , 東京図書 2010.