利用者:水凪唯維/水凪唯維の作業部屋
ヒトクチタケ | |||||||||||||||||||||||||||
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Cryptoporus volvatus (Peck) Shear | |||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||
ヒトクチタケ |
ヒトクチタケ(一口茸、Cryptoporus volvatus)は、タマチョレイタケ科ヒトクチタケ属に属するきのこの一種である。
形態
[編集]子実体は、ほぼ白色~淡クリーム色で半球状の突起として、宿主の樹皮を破ってあらわれ、次第に大きさを増し、成熟すれば径 3-5センチ、厚み 0.7-1.5センチ程度の、上下に偏圧されたまんじゅう形となる。柄を欠くが、宿主への付着面には細い根状で黄白色を呈する菌糸束を宿主の材の内部に侵入させている。かさの上面は平滑・淡黄褐色で粘性を欠き、薄くて比較的もろい殻皮をこうむり、著しい光沢を有するが、古くなると次第に光沢を失うとともに殻皮が剥がれ落ち、肌色となる。
かさの裏面は、やや厚く柔軟な革質で汚白色ないしクリーム色の包皮(Volvoperidium)におおわれ、子実層托は露出しないが、成熟すれば基質(宿主の樹皮面)に近いつけ根に一個の穴を開く。
包皮の下に形成される子実層托は管孔状をなし、その厚みは 2-5ミリ程度、孔口はごく小形(1ミリ当たり 4-5個)でほぼ円形、帯紫灰褐色~クリ褐色を呈する。肉は管孔とともにほぼ白色で、傷つけても変色することはなく、堅いコルク質で、強い苦味と干魚のようなにおいとを有する。胞子紋はほぼ白色ないしかすかに肌色を帯びる。
胞子は長楕円形・無色で表面は平滑、大きさ 12-17 x 4-5 µm 程度、細胞壁は薄く、ヨウ素溶液で染まらない(非アミロイド性)。シスチジアはなく、担子器は 4個の胞子を生じる。肉の組織は、薄壁でかすがい連結 を備えた生成菌糸と、厚壁で内腔が狭く、かつほとんど隔壁を持たない骨格菌糸(その末端はしばしば細かく分岐してサンゴ状をなす)とで構成されている。宿主の樹皮を貫通して形成された菌糸束は、厚壁化した細胞で構成された外皮層を欠くとともに、内部組織の分化も特に認められず、根状菌糸束(ライゾモルフ Rhizomorph)とは異なっている[1]。
生態
[編集]樹木との関係
[編集]日本では、アカマツ・クロマツの倒木や立ち枯れ木にごく普通に生える[2]。しばしば、著しく衰弱した立ち木にも生えるが、基本的には腐生菌に属する。沖縄以南や小笠原からは確認されておらず、リュウキュウマツにも発生するか否かは明らかでない。マツ属の樹木が分布していない地域では、トドマツやエゾマツ[3][4][5]・カラマツ[5]などに発生する。
台湾では二針葉マツの一種であるPinus taiwanensisの枯れ木上に発生することが知られている[6]。北アメリカでは、マツ属以外にベイマツ(Pseudotsuga menziesii (Mirb.) Franco)、アメリカツガ(Tsuga heterophylla (Raf.) Sarg.)、グランディスモミ(Abies grandis (Douglas es D. Don) Lindley などを宿主としている[7][8]。カナダにおいては、、コントルタマツ(P. contorta Douglas)の樹上などにふつうに見出される[9]。
なお、立ち枯れ木に発生した場合には、梢などの高所に見いだされることは少ないといわれる。広島県下での調査例[10]によれば、春季(4月ないし5月)に山火事で枯死したアカマツに対して、発生したヒトクチタケ子実体の個数の76パーセントは、地上から175cm以下の高さに集中しており、発生個数の大小は、樹皮の総面積よりも宿主の胸高直径に影響される傾向(胸高直径5.0cm以下のアカマツには、ヒトクチタケは発生しなかった)が見出された。また、子実体の発生は、宿主が枯死してから翌年の秋に確認され、火災発生の翌々年の春にピークを迎えた。それ以降は、発生個数は漸減し、火災が発生してから3年目の秋には一個が見いだされたに過ぎないという。
昆虫との関係
[編集]発生地の気候などにもよるが、子実体からの胞子の放出は1-3年に渡って断続的に行われ、特に5-8月にかけて多く、そのうちの70日間に放出された胞子の個数は子実体1個当り約25億個と推定されるという(ただし、胞子の生産数は子実体の大きさによっても変わり、おおむね子実体が大きいほど多数の胞子を生じる)。また、放出される胞子の個数の大小は、降雨状況にはさほど影響されないとされている[8]。胞子の分散は、風力や流水によっても行われるが、同時に、子実体に誘引された昆虫類によるところが大きいとされ、子実体が発する樹脂のような特異なにおいによって、昆虫類が誘引されることが観察されている[11][12][13][14][15][16][17][18][19][20]。
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子実体の基部に形成される菌糸束の存在から、宿主の辺材を腐朽させて繁殖したヒトクチタケの菌糸は、キクイムシ類が穿孔した孔道を経て樹皮面に現れ、そこで子実体を形成すると推定されている。日本では、本州から対馬および南西諸島に分布するフタツノツヤツツキノコムシ(Euxestocis bicornutus Miyatake)がヒトクチタケの子実体から見出された記録があるが、この昆虫はヒトクチタケ以外の木材腐朽菌(たとえばレンガタケ・マンネンタケ・オオスルメタケ・ベッコウタケ・エビウラタケ・センベイタケ・ Perrenniporia sp. など)も訪れるとされている[21]。
北アメリカでも、ベイマツへのヒトクチタケの伝搬に、キクイムシの一種であるDendroctonus pseudotsugae Hopkins が大きな役割を果たすと推定されている。D. pseudotsugae は、ヒトクチタケの子実体を直接に訪れることはあまりないが、アイダホ州において、フェロモンを用いた誘引トラップによって採集されたD. pseudotsugae を培地上に置床したところでは、供試虫体の24パーセントからヒトクチタケの菌株が分離されたという。ちなみに、この実験では、D. pseudotsugae の37パーセントから、ヒトクチタケと同様に針葉樹を主な宿主とするツガサルノコシカケの菌株が得られたとも報じられている[22]。オレゴン州東部の、ベイマツ・ベイモミ混交林においても、D. pseudotsugaeの生息密度とヒトクチタケおよびツガサルノコシカケによる辺材腐朽の発生率との間に、正の相関が見出されている[23]。
いっぽう、カナダにおいても、D. pseudotsugae とともに、マツ類を主要な宿主とするキクイムシの類が、ヒトクチタケの繁殖に寄与しているとされている。すなわち、カナダ西部および北アメリカ西北部において、コントルタマツ P. contorta Douglas に深刻なダメージを与えている数種の甲虫類と、それらに共生している菌類相について調査した結果、2種のキクイムシ(Dendroctonus ponderosae Hopkins、および Ips pini Say)の体表面からヒトクチタケが検出された。この研究では、虫体表面の菌類相について、培養手法と分子化学的手法(リボソーム DNA のITS領域およびラージサブユニットの塩基配列解析)とを併用して調べたところ、形態学的には 7種の子嚢菌と2種の担子菌とが同定されるにとどまったが、分子化学的手法では、23種の子嚢菌と3種の担子菌とを検出することができたという[9]。
ただし、ヒトクチタケの媒介はキクイムシ類だけによるものではなく、針葉樹の樹皮面に飛来してキクイムシその他を捕食する昆虫、あるいはヒトクチタケの子実体を食べる昆虫が寄与するところも大きいと考えられており[24]、特に鞘翅目に属する昆虫が重要な役割を果たしている[25]。日本では、ゴミムシダマシ科(Tenebrionidae)のカブトゴミムシダマシ(Parabolitophagus felix Lewis)[26][27]およびヒラタキノコゴミムシダマシ(Ischnodactylus loripes Lewis)[25]が関与している。この二種は、ヒトクチタケの子実体の下面をおおう包皮に開いた小孔から入り込み、包皮と管孔面との間の空間で交尾を行う[27]。夜間(19時30分から20時30分ごろ)に這い出て、同一の樹幹に発生している別のヒトクチタケ子実体へと移動することもあるが、その頻度は多くはないという。また、ヒラタキノコゴミムシダマシは5月下旬から6月上旬にかけてヒトクチタケを訪れるのに対し、カブトゴミムシダマシは5月にはすでに姿を消しているとされている[25][27]。なお、同様にヒトクチタケの子実体へと飛来するオオコクヌスト(Trogossita japonica Reitter)は他の昆虫類の捕食者としての地位を持ち、子実体を直接に食害することはないが、体表に胞子を付着させ、その分散に貢献しているとされる[25]。
京都市内における別の調査では、五月中旬から七月中旬にかけて、アカマツの幹上で採取されたヒトクチタケの子実体(総数438個)から、総数8586個体にのぼる昆虫類が見出されている[28]。このうち最も多かったのはヒトクチタケシバンムシで5422個体にもなり、これに次いでフタツノツツキノコムシ(1402個体)が多かったという。これは、これら二種がともに体長2 mmに満たない微細なものであったためでもあると考えられる。なお、子実体からの確認頻度を比較した結果では、最も頻繁に見出されたのはやはりヒトクチタケシバンムシであったが、それに次ぐのはカブトゴミムシダマシで、さらにヒラタキノコゴミムシダマシ・オオナガキスイ(Cryptopagus enormis Hisamatsu:もっぱらヒトクチタケを食餌としている)・鱗肢目ヒロズコガ科に属するAmorophaga japonica Robinson(和名なし)などが多かったと報告されている。その他にも、コクガの一種(Nemapogon sp.)・オオヒラタケシキスイ(Aphenolia pseudosoronia Reitter)・ベニモンキノコゴミムシダマシ(Platydema subfascia subfascia Walker)・ツノボソキノコゴミムシダマシ(Platydema recticorne Lewis)・クロキノコゴミムシダマシ属の一種(Platydema pallidicole Lewis)・ゴマダラキノコムシ(Mycetophagus pustulotus Reitter)・ヒゲブトコキノコムシ(Mycetophagus antennatus Reitter)・フタツノツツキノコムシ(Neoennearthron bicarinatum Miyatake)が得られ、さらに少数ではあったがクロキノコショウジョウバエ(Mycodrosophila gratiosa Okada)・クロツヤショウジョウバエ(Scaptodrosophila coracina Kikkawa et Peng)・コガネショウジョウバエ属の一種(Leucophenga atrinervis Okada)などのショウジョウバエの類も記録された。
岐阜県関市での観察例では、4月下旬から5月中旬にかけて、オオヒラタケシキスイ・カブトゴミムシダマシ・ヒラタキノコゴミムシダマシなどの越冬成虫が、ヒトクチタケの包皮に開いた小孔から入り込んで繁殖した。次世代成虫は、オオヒラタケシキスイでは6月下旬、カブトゴミムシダマシおよびヒラタキノコゴミムシダマシでは8月頃に出現した。いっぽう、オオナガキスイの越冬成虫は他の昆虫よりも早く4月上旬にヒトクチタケを訪れ、子実体の基部付近への産卵行動がみられ、次世代の成虫は5月下旬に出現したという[29][25]。また兵庫県(西宮市・神戸市・加古川市および加東郡)においては、ベニモンキノコゴミムシダマシが群を抜いて普通に見出され、これに次いでヒラタキノコゴミムシダマシとオオナガキスイが多いという。また、カブトゴミムシダマシ・ヒゲブトコキノコムシ・オオヒラタケシキスイなども頻繁に確認され、ときにはセモンホソオオキノコムシもヒトクチタケを訪れるなど、合計で8科30種(268個体)がリストアップされている[30][31][32]。
ソレンセン類似度指数を算定して得た結果としては、京都府内で51種(甲虫類30種・チョウ類4種・ハエ類4種・カメムシ類2種・ハチ類10種、そのほか1種)が得られ、兵庫県・福岡県・鳥取県・神奈川県および小豆島島などにおける発生昆虫リストと比較した結果、地域間におけるファウナ類似度は22.2-82.4%であり、ばらつきが非常に大きかった。また、小豆島・豊島および鳥取県における相似度は非常に高く、その一方で、神奈川県と他地域における相似度は小さかったという。なお、地理学的には近似地域に属すると考えられる兵庫県・小豆島および豊島における相似度はさして大きくなかったが、その原因は明らかでない[33]。
北アメリカでは、乾物やスパイス類・タバコの葉、あるいは動植物標本の食害昆虫として著名なSitodrepa panicea L. がヒトクチタケの子実体を好んで訪れるとの観察記録がある[7][34][35]。
線虫との関係
[編集]ヒトクチタケの培養菌糸は、培地上で人工飼育されたマツノザイセンチュウに対して弱い捕食能力を持つ[36]が、切り倒されてまもないマツから採取した枝にマツノザイセンチュウを接種し、さらにヒトクチタケの培養菌糸を植えつけた実験経過からは、線虫の個体数を抑制する効果はなかったという[37]。また、誘引物質などを分泌することなどによって、積極的に線虫類を捕食する能力もないとされている[38]。
培養所見と生理
[編集]人工培養菌株は、子実体の内部組織を無菌的に取り出し、バレイショ=ブドウ糖培地などに接種することで容易に得られる。培養菌糸は無色・薄壁で多数のかすがい連結を備えており[7]、炭素源としてD-グルコース・D-フルクトース・D-マンノース・D-キシロースおよびデキストリンなどを資化する能力を持ち、窒素源としては硫酸アンモニウム・カゼイン・ペプトン・グルタミン酸・グリシン・リシン・セリンやチロシンなどを利用する。また、生育にはチアミン・ビオチン・イノシトール・ピリドキシンなどのビタミンを要求する[39]。
培養菌株は、4週間前後を経ると菌糸体のところどころに短い分岐を生じ、その先端に楕円形ないし洋ナシ状の分生子を形成する[7]分生子の形成は、培養日数が長期間にわたり培地が乾き気味になった場合に促進される傾向があるともいう。また、タンニン酸もしくは没食子酸を添加(培地1リットル当り5g)した培地に接種し、暗黒中で培養すれば厚壁胞子(Chlamydospore)を形成する。厚壁胞子の形成は、宿主の樹皮下に生息する細菌類との対峙培養や、近紫外線領域に波長を持つブルーランプの光線照射によっても促進される。厚壁胞子の形成は、まず二個の核を含んだ細胞が膨らみ、次第にその細胞壁が肥厚することによって行われる。完成した厚壁胞子は径6-10μmの球形ないし楕円形をなし、麦芽エキス寒天培地に接種してもすぐには発芽しないが、数週間を経過すると発芽管を伸ばし始める。厚壁胞子を発芽させて得た菌糸はかすがい連結を欠くことから、再び単相になっていると考えられる[40]。ただし、自然環境下では厚壁胞子の形成が観察された例はなく、ヒトクチタケの野外での生活環において、厚壁胞子がどのような役割を果たしているのかについてはまだ明らかではない。
生活環についてはヘテロタリックであるとの報告[41]があり、極性については四極性であるとされている[42]。ちなみに、縦長の培養容器を用い、培地の中にあらかじめアメリカツガの小枝(径2cm:髄を抜いておく)を挿入しておき、全体を滅菌した上で培地上にヒトクチタケの二次菌糸(重相菌糸)を接種することで、枝の上に子実体原基を形成させることができる[7]。
一般に、材の腐朽能力はさほど高くないといわれている[4][5][43][44]
が、エンゲルマントウヒ(Picea engermannii Parry ex Engerm.)やグランディスモミ(Abies grandis (Douglas ex D. Don) Lindley)に対しては比較的高い腐朽力を示し、28℃・5ヶ月間の接種試験によって、17パーセント以上の材の重量減少をきたすという[45]。北海道産のトドマツに対する腐朽被害例では、腐朽材は橙黄色を呈し、セルロースは健全材に対して 3パーセント、リグニンは同じく2.5 パーセント程度の減少をきたしていたとの分析例がある。この例ではまた、1 パーセント水酸化ナトリウム水溶液に溶出する成分が、健全材と比較して10パーセントほど増大しており、冷水・温水抽出物は著しく増えていたと報じられ、リグニンとセルロースとの両者をともに分解し、褐色腐朽菌と白色腐朽菌との両方の性質を兼ね備えていると位置づけられている[46]。一方、材の単純な重量減少率を検討した例では、トドマツに対して19.4パーセント、エゾマツについては31.5パーセントという結果が報じられている[3]。
分布
[編集]日本国内では北海道から九州にかけて普通に産するが、東北地方北部ではややまれであり[47]、青森県下での採集例は近年になってからの侵入ではないかとの説がある[48]。また、前述のように屋久島以南の地域および小笠原諸島に分布するか否かについてはまだ不明であるが、台湾での分布が報じられている[6]ことから、今後の発見の可能性がある。なお、日本におけるヒトクチタケの最初の採集記録は、宮城県仙台市からのものであるとされているが、採集された年月日や宿主についての詳細については明らかにされていない[49]。
日本以外では、マツ科の樹木が分布する、北アメリカ・カナダ[50][51][52]と東アジア(中国[53][54]と朝鮮半島[55]および台湾[6])に分布する。
分類学的位置づけとその変遷
[編集]クロトウヒ(Picea mariana)の枯死木の上に発生した北アメリカ((ニューヨーク州インディアンレイク)産の標本をタイプ標本として新種記載され、子実層托が管孔状をなすことから、広義のPolyporus 属に置かれてP. volvatus Peck の名のもとに発表された[56]。また、管孔面が露出せずに厚い被膜で覆われ、成熟時においても小さな穴を通じて外界と接するのみであるという特異な形質を持つために、属内に特に一つの節(Sectio)としてCryptoporus が設けられ、この節に属する唯一の種とされた[56]。後に、子実体の肉眼的な相違に基づいて var. typicus(子実体は小形で、管孔面は明るい帯橙褐色を呈する)・var. abvolutus (Berk. and Cooke) Peck(子実体はやや大形、管孔面は暗褐色)、および var. torreyi Gerard (子実体は樹皮への付着部に向かって細長く狭まり、やや柄状をなす)の三変種が区別された[57]が、今日では、これらはいずれも種内変異であるとみなされている。
後に、子実体が多年生である(腐敗しにくく、長期にわたって樹皮上に残存するためか)と誤られて広義のFomes 属に移され、F. volvatus (Peck) Cooke の学名が与えられた[58]が、その際には実物標本の引用はなされていない。さらに、かさの裏面の管孔が厚い包皮におおわれて露出しない点を重視し、Cryptoporusの分類階級が節(Sectio)から属へと昇格され、C. volvatus (Peck) Shear の新組み合わせ名が与えられた[59]。以降は現在に至るまで、この学名が用いられている。
かつてはScindalma 属に含める意見[60] や、Ungulina 属[61]
に置く意見もあったが、これら二つの属の定義はあいまいであり、どちらの属も互いに類縁関係の薄い雑多な菌群を寄せ集めた人為的な属であるとされ、現在では解体されてしまっており、S. volbatum (Peck) Kuntze あるいは U. volvata (Peck) Pat. の学名はまったく用いられていない。
従来はシロアミタケ属(Trametes)との類縁関係が想像された[62]り、独立したヒトクチタケ科(Cryptoporaceae)を設ける意見があった[63]が、 分子系統学的手法によるリボソームDNAサブユニットの塩基配列解析によれば、ヒトクチタケは、アミスギタケやツリガネタケなどと共通のクレードに所属するとされている[64]。また、同じく分子系統学的解析によって、マンネンタケ属(Ganoderma)との間の類縁関係を主張する意見もある[65]。
類似種
[編集]ながらく一属一種であり、類似した種類が知られていなかったが、中国の中央地域から南方にかけての地域から、Cryptoporus 属に属する第二の種であるCryptoporus sinensis S. H. Wu & M. Zang が記録されている。外観はヒトクチタケに酷似しており、マツの枯れ木に発生する点でも共通しているが、胞子が短く細い点で区別されている[66]。タイプ標本は、雲南省西双版納においてマツ属の一種(Pinus khasya Royre)の枯れ幹上に見出されたものである [66]。
特殊な含有成分
[編集]子実体にはクリプトポル酸(Cryptoporic acid)と命名されたドリマン型(dorimane-type)セスキテルペンカルボン酸を含んでいる[67][68]。
クリプトポル酸は、イソクエン酸とアルビカノール(ドリマン型セスキテルペンの一種)とがエーテル結合した構造を持っている。AからOまで14種の異性体(Iは欠番)が知られているが、そのうちヒトクチタケにおける存在が確認されているのはAからG[69][70][71]およびH[71]の8種で、クリプトポル酸J・K・L・M[72]およびNとO[73]は、同属の別種であるCryptoporus sinensis (後述)から見出された成分である。
クリプトポル酸A・B・C・D・E・FおよびGは、総じてモルモット腹腔内におけるマクロファージの刺激に起因する活性酸素種を顕著に抑え、あるいは200ppmの濃度でイネの発芽および子葉伸展を阻害する。特にクリプトポル酸Eは、オカダ酸の発ガンプロモーション活性に対する抑制作用をも持つことが明らかにされている。さらに、A・B・CおよびEでは抗ガン性が認められたが、クリプトポル酸Dについては、僅かな発ガン性とともに、プロテインキナーゼCの活性阻害作用が確認されている[74]。さらに、クリプトポル酸Dに関しては、同じくマウス腹腔内のマクロファージによる亜硝酸生成の阻害作用も認められ、その活性はハイドロコーチゾンのそれを僅かに下回る程度であったという[72]。
なお、クリプトポル酸Hは、マゴジャクシ[71]やアミスギタケおよびPolyporus ciliatus Fr.: Fr.(和名なし:日本未産)などの培養ろ液からも確認されている[75]。さらに。各種のクリプトポル酸のエチルエステルの中には、Hela細胞に対する細胞毒性を示すものや、細胞増殖の抑制活性効果を示すものなども知られている[76]。
いっぽう、子実体が発する特有のにおいは「樹脂臭」とも「干し魚臭」とも形容されるが、その本体は3-オクタノンと 3-オクタノールおよびテルペン類とウンデカトリエンである。特にウンデカトリエンは、ヒトクチタケの子実体に含まれる揮発成分の50パーセント以上を占めている[26]。その他、アセトン、エタノール、メチルメチルエーテルおよびα-ピネン[77]やイソブチルベンゼン、ピノカルベオール、3-ピナノン、ミルテノールおよび γ-カジネン[26]なども検出されており、これらが含まれているヒトクチタケ子実体のn-ヘキサン抽出エキスは、カブトゴミムシダマシやヒラタキノコゴミムシダマシに対して誘引作用を示すという[26]。
ヒトクチタケのエキスには、イヌ腎臓尿細管上皮細胞培養株(MDCK 細胞)内部におけるインフルエンザウィルスの遺伝子複製を阻害する性質がある[78]
和名・学名・方言名
[編集]和名のヒトクチタケ(一口茸)は、成熟した子実体の裏面に一個の穴が開き、子実層托(管孔)と外界とが通じることによる[49]。
属名はギリシア語の Kryptos(Κρυπτος:隠れた、隠された)と ラテン語 porus (小孔)とを結合させたもので、子実体裏面の管孔面が最後まで完全には露出しない点に由来する。種小名volvatus はラテン語に由来し、「外被をかぶる」の意で、子実体の下面の管孔面が革質の包皮に覆われる点を表現したものである[79]。
利用
[編集]中国では、民間薬として利用されることがあり、煎剤もしくは水剤の形で服用すれば、気管支炎・ぜんそくに効くほか、消炎作用をも有するとされる[53]。また、子実体が苦味と樹脂臭とを有することを利用し、離乳に応用されることもある[53]。
日本では、一部の地方でヒトクチタケを焼酎に浸して薬酒とする風習があるという。ただし、強い苦味と樹脂臭とを有することから、もっぱら外用薬として創傷や熱傷 に用いられ、飲用されることはない[80]。
保護
[編集]前述のように、青森県においては採集例が限られており(青森市から見出されたのみ)、侵入種である可能性が示唆されている。同県では、分布などに関する今後の詳細な調査が必要とされる種の一つとして扱われているが、特段の保護手法は適用されていない[48]。
脚注
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