利用者:森艾亭嘉六/業績紹介/Alex K
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利用者:Alex K(会話 / 投稿記録 / 記録)氏の編集実績を紹介。
概要
[編集]2006年から活動していた、東方正教会の記事における優良執筆者。母語はウクライナ語であり、その他にも英語、ルーマニア語、ドイツ語、ポーランド語などを操るマルチリンガルの大学院生、さらにはポーランド・リトアニア共和国の軍人であるステーファン・フメレーツィクィイの末裔をも自称した[1]。そしてウクライナ語版にも参加しており、そちらからの翻訳記事も多かった。しかし除去荒らしや記事の私物化、他者発言の除去、要約欄での暴言などの問題行動を繰り返し、2009年末にはKinno Angelにコメント依頼を出されてお灸を据えられるが、何故かここでTolenaが乱入してきてAlex Kを擁護、さらにKinno Angelを執拗に中傷したためにAlex Kも調子に乗り、Tolenaが提出したKinno Angelへの投稿ブロック依頼に賛成、逆にTolenaへの投稿ブロック依頼には反対するという逆張り行為に及んだ。そしてTolenaが始末された2010年10月には改めて再依頼が提出され、新たに対話拒否や合意無視などが問題視されるも失踪して逃げ切り、ほとぼりが冷めた2012年に戻ってくるというヒットアンドランを行った。さらにはログアウトしてIPで暴れたりとエキセントリックな行動を繰り返したことが発覚、堪忍袋の緒が切れたKinno Angelに遂に風呂を炊かれて無期限ブロックとなった。
^ 利用者ページの過去版(oldid=23195150)より。スレまとめ
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立項記事
[編集]ビデオ
- (ウクライナ史のオンライン概略。残念ながら英語のみ)
ウクライナ関係の記事
祖先関係の記事
オセレーデツィ(意訳:「鰊」)は、ウクライナ・コサックの伝統的な髪型である。広さ三指の頭頂部の毛髪を残して頭髪を剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして額あるいは左耳の後ろで結ったもの。近世にはチューブ(「小前髪」)、あるいはチュプルィーナ(意訳:「大前髪」)と呼ばれた…… | |
コサック・ママーイは、ウクライナの伝統美術におけるコサックの理想像である。ウクライナの守り神、ウクライナ人のシンボルとされる。コサック・ママーイの絵画は、18世紀から20世紀にかけてウクライナの民家においてイコンと同様に扱われ、神聖視された…… | |
フメリヌィーツィクィイの乱は、1648年から1657年までの間、ポーランド・リトアニア共和国の支配下にあったウクライナにおいて、ウクライナ・コサックの頭領ボフダン・フメリヌィーツィクィイが起こしたコサックの武装蜂起である。この蜂起は、ウクライナ対ポーランドの大規模の戦争に発展し、ポーランド・リトアニア共和国の衰退を促す一方で、ウクライナ・コサックのヘーチマン国家の創立と、戦争に介入した隣国ロシア・ツァーリ国の強化という結果を齎した。東ヨーロッパ史上の最大の軍事衝突の一つだったと考えられている…… | |
コサックダンスは、ウクライナ・コサックの踊りに由来するウクライナの伝統舞踊の一つである。身軽な動きと複雑な跳躍を含み、早いテンポで演技される。ホパークとも。ロシアの舞踊と誤認されることも多いが、ウクライナの代表的な伝統文化である…… | |
ペトロー・サハイダーチュヌィイ(1570年 - 1622年3月20日)は、ウクライナの国民的英雄。紅ルーシ出身の貴族で、17世紀初めにウクライナ・コサックの大長官を務めた。コサックの総司令官としてコサック軍の改革を行い、コサックのチャイカ艦隊を編成し、クリミア汗国、オスマン帝国、ロシア・ツァーリ国の軍勢と度々戦った。また、ウクライナの文化の振興に力を入れ、ウクライナ正教会を保護した。多数のウクライナ民謡・物語に登場する…… | |
ステーファン・フメレーツィクィイ(1595年 - 1630年2月20日)は、ポーランド・リトアニア共和国の軍人。紅ルーシ出身のウクライナ系貴族で、ロシア人とタタール人との多数の戦いにおいて手柄を立て、貧しい召使からキエフ県知事まで出世した。ウクライナを外敵から守り、オスマン帝国によるヨーロッパへの侵略を防ぐために、貴族・コサック合体論を唱えた。後世のウクライナやポーランドの軍歌・民謡に歌われるほどの人物となった。 |
他の記事