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利用者‐会話:Triglav/武闘派ブロッカー必需仮説

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なにか思ったこと書いてください。--Triglav会話2012年10月13日 (土) 15:04 (UTC)[返信]

「武闘派」というのはいわゆる「肉体言語」を使う人たちのことでしょうから、対処の速さとはちょっと違う気がします。してみるとですね。解任されるのは「処置に対する考え方の違い、あるいは技術的熟練度の違いによって、対処までの時間が他の管理者より少し速いだけ」ならばおかしいわけで。「幾度とない対処内容の見解の不一致」があり、これを修整しないから解任される、と。「処置に対する考え方の違い」から「対処までの時間が他の管理者より少し速い」ことは、「対処内容の見解の不一致」では、ないですよね。「武闘派管理者」を育てるにしても、「裁量のブロックや保護に対して、通常の解除依頼にて処置に対する否定を繰り返し訴え続け」ても効果がなければ、結局「数多くのコメント依頼」以下の流れになると思うのですが…。--Calvero会話2012年11月3日 (土) 07:38 (UTC)[返信]
「武闘派ブロッカー」という名称は、ここに来て新しく登場したキーワードですので、イメージと実体のギャップは人それぞれだと思います。定着するかどうかはわかりませんが、今の時点ではCalvero様が納得できそうな別の語に頭の中で置き換えてくださっても問題ありません。
要は、誰もが処置に悩む(つまり見解の分かれる)案件は、自然に対処のタイミングが普通の案件より大幅に遅れることになりますが、そういったものを積極的に食べる管理者が存在し、それも一人づづ現れるというものが、この仮説の趣旨です。
Calvero様が心配されている「訴え続け」ても効果なしという場合は、それはもう民意による合意を無視しているわけですから、対応も簡単です。続くコメント依頼の中で詳細を聴取したりして揉めることもありません。
本文の中では、当該管理者は武闘派として自覚していないと書きましたが、本人が自覚した瞬間(これこそ自分の役割なんだと感じ取った瞬間)、第三者が思うところの暴走というものが始まるのだと思います。
問題は、この暴走の止め方なのですが、今現在進行している件では、まずブレーキを掛ける側からブレーキを掛けなければならないほど、やり口が汚らしい。ほんとにもう火を付けるのもいい加減にしてほしいんですよね。細かいところで煽るのがとっても上手で、普通の人は切り返せませんよ。本件の解決のためにあえて春のコメント依頼を無視している。困ったものです。--Triglav会話2012年11月3日 (土) 12:54 (UTC)[返信]
ふーむ、「一人ずつ」というのは興味深いところです。たまたまなのか、自然科学的法則によるものなのか。名称については、いいのが浮かばないです。ただ果断を武闘としてしまうと、価値を減じることになりそうで。暴走については、過程は少し違うような気もしますが、考えがまとまりません。もしかすると正しくて、もう少し適切な表現がある、ということかもしれません。「煽り」「特定の管理者集団」については(もしあるのであれば)見解の表明を待ちたいと思います。以前にもそういうことは言われていましたが、どうもピンとこないもので。
あと余談ですが、漫画ネタで警句的なものを示すのであれば、「法の遵守の尊さ、官吏たる者の英知と気概、古き慣習の不合理、戦いにおける英知と果断。これらに基づく所業をあなたはすべて非情としてのみ解されておられるのですか」(李學仁、王欣太 『蒼天航路』第5巻、講談社、1996年、29項)とか、「思い出したぜ、お前は百年前のあいつに似ているんだ。若い頃やつは慈悲深い本物の名君だったよ。土民の平安を心底願っていた。だがそれもせいぜい最初の二十年さ。いつまでも愚かなままの土民をやがて憎むようになった」(宮崎駿 『風の谷のナウシカ』 第6巻、徳間書店、1993年、153頁)、なんていうのも、この種の事態の理解には向いていそうです。前者は方針に基づく厳しい処置へ起こりうる反感とそれへの回答、後者は次第に、あるいは突然変わってしまったように見える管理者の様子をよく表しているのではないかと。ただ、あまり一般に広く知られてはいないものでしょうけど。--Calvero会話2012年11月4日 (日) 10:28 (UTC)[返信]

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  • 「武闘派管理者による横暴」は幻想のような気がします。彼らは活動的なだけでしょう。人がミスあるいは「見解の不一致」を引き起こす確率が一定だとすると、どうしても対処総件数が多い人の「見解の不一致」の絶対数が多くなります。彼らには対話に関する軽微な問題がありました。「見解の不一致」を起こすたび、その非常に軽微な対話に関する問題が積もっていき、やがてそれは山となり、コミュニティの我慢の限度を超え、そして辞めさせられていくのです。私のような人間がやっていけているのは、対処総件数が少ないからだと思います。
  • なんとなく理解出来る仮説ですが、それをどのように表現するかは上のコメントと近い意見です。「見解の不一致」を埋める手法は複数ある筈ですが、実際に対処が早い管理者との「不一致の度合い」がよほど大きくない限り、多くの管理者は、これを是認します。何故なら、ベクトルの向きは概ね同方向だからです。ベクトルの大きさの差は、単なる「活動量の違い」です。向きの修正に関し、ある方は、「説明」を求めました。また、ある方は、解除を繰り返すという提案をしています。しかし、解除を繰り返すのはブロック合戦に陥りかねないため、基本的には好ましくない行為ではないか、と思料します。