利用者‐会話:Diagonal/宇宙際タイヒミュラー理論によるABC予想証明の経緯
宇宙際タイヒミュラー理論によるABC予想証明の経緯
[編集]主論文の発表から雑誌掲載まで
[編集]2012年8月、京都大学数理解析研究所教授の望月新一は 宇宙際タイヒミュラー理論によりABC予想を証明したとする論文(プレプリント)[1]を、同研究所(RIMS)が編集する論文誌PRIMSに投稿し、専属研究員の成果を公表配布するプレプリントサーバーで公表した。 [注 1]。
論文公表後、1000以上となる論文の質問への回答と、指摘事項の修正や語句訂正等で100以上となる更新版と改定内容の公開があった[3]。
主な指摘事項として以下2点をあげる。
- 数値的有効性に関する指摘:2012年10月、ヴェッセリン・ディミトロフ[4]とアクシェイ・ヴェンカテシュ[5]により「素数 "2 "で分割する悪い場所においては正しく機能しなくなる」ことの数値的有効性の指摘があった。指摘により望月は、数値を明示的しない「定数」を用いた不等式(弱いABC予想の証明)となる修正をおこなった。(なお、後述する発展により、強いABC予想の証明もなされた。)
- 系3.12の証明に関する指摘:2018年3月、ペーター・ショルツェとジェイコブ・スティックスは、京都大学を訪れ、望月と星裕一郎は彼らと5日間議論した[6][7]。2018年5月、2人は、京都での議論をうけて、望月の証明の系3.12の論理過程に反例があると主張[8]した。2018年9月、この指摘に対し望月は、「反例では理論にいくつかの簡略化がおこなわれ、それらの簡略化が誤り」と反論[9][10]したが、この件に関する修正はなされなかった。
一連の論文は、約7年半に及ぶ審査を経て、2020年2月に査読を通過して受理され、 2021年3月4日に京都大学数理解析研究所編集の論文誌PRIMSに掲載された[11]。
2021年3月、望月は、IUT理論の誤解と混乱を与えているIUT理論の同型の数学的対象の複製をどのように同定し、論理構造への影響とそれを無効にしているかを述べて、理論の論理構造が論理的なAND “∧”であるが、OR “∨”に取り違えることでの簡略化による誤りを詳述[12][注 2]した。
雑誌掲載後の反応
[編集]京都大学数理解析研究所
[編集]2020年4月3日、京都大学数理解析研究所は、論文の受理を発表する記者会見[13]を開き、席上、PRIMS特別編集委員長(共同)の柏原正樹、玉川安騎男は「ABC予想を証明した望月氏の論文が正しいものであると判断」[14]したと述べ、なお内容に懐疑的な海外の数学者もいるが「望月教授自身が反論もしており、(ショルツェ教授からの)再反論もない」[15]との状況の認識であると表明した。また、論文掲載に際し、特別編集委員長の玉川安騎男は「今回(2021年3月4日)掲載されたものが未来に残る最終確定のものだ」と述べた[16]。
数学界
[編集]IUTはフェセンコ、サイディ、山下剛[注 3]等からは肯定的に評価されている(サーベイ論文参照)一方、そうでない人々にとっては、既存の理論に比べて独自性が高いため、十分な理解を得られていない。特に、ショルツェとスティクスから、証明に対して疑義が呈されている状況である[8]。
イギリスの科学誌ネイチャーは以下の様に報じている[18]。
「望月は自身のウェブサイトに掲載したコメントで、2人の著者が自分の研究を理解していなかっただけだと、批判を一蹴した。”しかし”、何人かの専門家は、数学界の多くはこの問題は(望月の証明に修正が必要だと)決着したと考えている。今回の論文の正式受理は、これを覆すものではなさそうだ[注 4]。玉川は記者会見で、ショルツェとスティクスの批判を受け、回答自体は変わっていないと述べた。いくつかのコメントは原稿に掲載する予定である。しかし、根本的な変更はない。と玉川は言った[注 5]。数学の世界では、雑誌の査読受理だけで終わらないことが多い。重要な結果は、それが正しいというコンセンサスが得られて初めて、真に認められた定理となるのだが、これを達成するには、論文が正式に発表されてから何年もかかることがある[注 6]。」
望月の査読論文に対しては以下のレビューがあった。
- 2021年7月、 ペーター・ショルツェは、Zentralblatt Math誌に、望月の論文誌PRIMS掲載の論文について、系3.12の論理過程に批判的なレビューを寄稿した[19]。
- 2022年4月、エクスター大学教授のモハメド・サイディは Math Reviews誌の書評で、宇宙際タイヒミュラー理論の系3.12を導く元となる定理3.11を肯定するレビュー[20]を寄稿した[注 7]。
報道
[編集]朝日新聞はABC予想解決の件について、2017年以降継続的に記事を書いている。
- 2017年12月16日(論文掲載の見込みの報道)[21][注 8]
- 2020年4月3日(論文受理の記者会見の報道)[22]
- 2020年5月3日(論文受理に対する異議の報道1)[23]
- 2020年8月20日(論文受理に対する異議の報道2)[24][注 9]
- 2021年3月5日(論文掲載の報道)[25]
- 2021年7月27日(出版後の評価の報道1)[26][注 10]
- 2021年7月27日(出版後の評価の報道2)[27]
- 2021年11月24日(改良論文(「発展」の項参照)に関する報道)[28]
また、日本放送協会制作のドキュメンタリー番組『NHKスペシャル 数学者は宇宙をつなげるか?abc予想証明をめぐる数奇な物語』が放送[29][30]された。放送では、ABC予想を証明するためには「数学の世界に混ざり合うように存在しているたし算とかけ算を分離する」必要が根底にあり、望月のアイデアは「かけ算は成立するけど、たし算が成立しない数学世界を作ることで、たし算とかけ算を独立して扱う」手法の理論であると説明された。理論には「これまでの数学との違いを分かりやすく説明する言葉を見つけてほしい」等の意見があることが紹介され、一方、望月からは論理展開を詳しく解説するレポート(宇宙際タイヒミュラー理論によるABC予想証明の経緯参照)の公開で応対[31]していることが紹介された。
発展
[編集]2012年10月の、数値的有効性に関する指摘を受け、望月らは理論を発展させた。 2022年7月、楕円曲線の 6 等分点を用いて不等式の数値を明示した「強いABC予想」を証明したとする、望月新一、イヴァン・フェセンコ、星裕一郎、南出新、ヴォイチェフ・ポロウスキの査読論文が、東京工業大学が編集する数学論文誌に掲載された[32]。
論文等
[編集]プレプリント
[編集]- Inter-universal Teichmuller Theory(プレプリント)[1]
査読論文
[編集]注記
- ^ 2012年8月30日 PRIMS編集委員会は、望月委員長の投稿は編集より排除する取り決めにより、玉川安騎男を編集長(その後に柏原正樹が共同編集長で参加)とする特別編集委員会を設置[2]した。
- ^ なお前書きに第2章は数学科の履修者、第3章は専門分野の研究者で理解できうる解説とある。
- ^ フェセンコとサイディは京都大学数理解析研究所の客員教授、山下剛は同所の講師である[17]。
- ^ In comments posted on his website at the time, Mochizuki brushed the criticisms aside, hinting that the two authors had simply failed to understand his work. But several experts told Nature that much of the mathematics community considered the matter settled at that point. The official acceptance of the papers seems unlikely to change this.
- ^ At the press conference, Tamagawa said the solution itself had not changed in response to Scholze and Stix’s criticism. Some comments about it will be published in the manuscript, but there will be no fundamental alteration, said Tamagawa.
- ^ In the world of mathematics, a journal’s seal of approval is often not the end of the peer-review process. An important result truly becomes an accepted theorem only after the community has reached a consensus that it is correct, and achieving this can take years after a paper’s official publication.
- ^ ただしこの書評にはMath Reviews誌の編集者によるコメントが付与され、上記のペーター・ショルツェがZentralblatt Math誌に掲載した書評を参照することが勧められている。これは系3.12に関連して特に強調されている。
- ^ この翌年の2018年にショルツェとスティクスの京都大学訪問と疑義の提出があった
- ^ この記事は署名なし
- ^ この記事は署名なし
出典
- ^ a b
Mochizuki, Shinichi (2012a), “Inter-universal Teichmuller Theory I: Construction of Hodge Theaters”, Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (EMS Press)
Mochizuki, Shinichi (2012b), “Inter-universal Teichmuller Theory II: Hodge-Arakelov-theoretic Evaluation”, Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (EMS Press)
Mochizuki, Shinichi (2012c), “Inter-universal Teichmuller Theory III: Canonical Splittings of the Log-theta-lattice”, Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (EMS Press)
Mochizuki, Shinichi (2012d), “Inter-universal Teichmuller Theory IV: Log-volume Computations and Set-theoretic Foundations”, Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (EMS Press) - ^ “Preface to the Special Issue” (英語). Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences 57 (1): 1–1. (2021-03-04). doi:10.4171/prims/57-1-0. ISSN 0034-5318 .
- ^ “ABOUT CERTAIN ASPECTS OF THE STUDY AND DISSEMINATIONOF SHINICHI MOCHIZUKI’S IUT THEORY”. IVAN FESENKO. 2021年7月4日閲覧。
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- ^ “REPORT ON DISCUSSIONS”. www.kurims.kyoto-u.ac.jp. 京都大学数理解析研究所 (2020年5月12日). 2020年5月17日閲覧。
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- ^ “COMMENTS ON THE MANUSCRIPT BY SCHOLZE-STIX CONCERNING INTER-UNIVERSAL TEICHM ̈ULLER THEORY (IUTCH)”. 2018年7月閲覧。
- ^ Mochizuki, Shinichi. “Report on Discussions, Held during the Period March 15 - 20, 2018, Concerning Inter-Universal Teichmüller Theory”. October 2, 2018閲覧。 “the … discussions … constitute the first detailed, … substantive discussions concerning negative positions … IUTch.”
- ^ a b Mochizuki, Shinichi. “Inter-universal Teichmüller Theory” (英語). Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (EMS Press) 57 (No. 1/2 (2021) Special issue) .
- ^ “ON THE ESSENTIAL LOGICAL STRUCTURE OFINTER-UNIVERSAL TEICHM ̈ULLER THEORY IN TERMSOF LOGICAL AND “∧”/LOGICAL OR “∨” RELATIONS”. 2022年4月16日閲覧。
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- ^ “ABC予想「証明に疑問点」指摘も 出版後も割れる評価”. 朝日新聞デジタル. 2022年8月27日閲覧。
- ^ “フェルマーの最終定理「おまけで証明」 IUT理論、京大・望月教授”. 朝日新聞デジタル. 2022年8月27日閲覧。
- ^ “数学者は宇宙をつなげるか?abc予想証明をめぐる数奇な物語(前編)”. 日本放送協会. 2022年4月16日閲覧。
- ^ “数学者は宇宙をつなげるか?abc予想証明をめぐる数奇な物語(後編)”. 日本放送協会. 2022年4月16日閲覧。
- ^ “望月新一の最新情報 _ IUT理論の論理展開論文の更新記録”. www.kurims.kyoto-u.ac.jp. 2022年7月9日閲覧。
- ^ a b Mochizuki, Shinichi; Fesenko, Ivan; Hoshi, Yuichiro; Minamide, Arata; Porowski, Wojciech. “Explicit estimates in inter-universal Teichmüller theory”. Kodai Mathematical Journal 45 (2): 175–236. doi:10.2996/kmj45201. ISSN 0386-5991 .
- 「ABC予想」のページに載せる一般向け説明案を作成しました。詳細については「宇宙際タイヒミュラー理論」のページを参照する想定です。--Diagonal(会話) 2022年8月31日 (水) 04:10 (UTC)
- 直接貼り付け可能な形に修正しました。--Diagonal(会話) 2022年9月3日 (土) 07:31 (UTC)
- ABC予想証明に関する記述は「ABC予想」のページで行うため、「宇宙際タイヒミュラー理論」の記載を当該ページから削除し、移設--Diagonal(会話) 2022年9月10日 (土) 22:02 (UTC)
- 元ページから移動--Diagonal(会話) 2022年9月27日 (火) 00:36 (UTC)