利用者‐会話:モトカル/過去ログ3
おりいってご相談 (Maitさん)
[編集]初めまして。私は、宗教・霊性関連などにおいてささやかではありますが編集を行っているMaitと申します。モトカルさんの、ウィキペディアの方針に見事なまでに適合した秀逸なご寄稿にはいつも敬服・深謝致しております。このたびは記事創価学会に関するご相談に参りました。モトカルさんもご存知の通り、現在創価学会の項目は2年半以上の長期に渡って編集が保護され続けており、過去に何度か保護解除依頼が出されましたが、解除後の編集合戦への懸念から全て見送りとなっております。こういった宗教関係の記事において編集合戦の火種になるのは、中立的でないと感じられる言い回しや、出典が明記されていないなどの要素が大きいと感じています。そこで、池田大作や言論出版妨害事件などにおいても出典の充実した中立的な記事を投稿なさったモトカルさんにお尋ねしたいのですが、記事・創価学会への寄稿のご予定はございませんでしょうか?もしご寄稿頂けるとのことであれば、これは保護解除を提案する上での大きな肯定要素となると思っております。ウィキペディア日本語版最長の保護期間を更新し続ける記事を、どうか救済して頂きたく存じます。何卒、ご考慮のほど宜しくお願い申し上げます。--Mait 2008年3月16日 (日) 10:38 (UTC)
- Maitさん、初めまして。関心ある分野が重なるMaitさんからお話いただき大変嬉しく思います。日本の政治にも芸能界にも大きな影響力を及ぼしている?創価学会にはもちろん大変関心がありますし、記事も是非書きたいと保護解除を心待ちにしています。しかし、保護解除の議論をずっと見て来ているのですが、あそこに参加してもなかなか話がまとまる期待が持てないのでこれまで静観して来ました。実際、保護に至った過程を見れば、それほど激しく深刻な編集合戦でもないようですし、一方はIPユーザーです。私がかなり加筆した池田大作や言論出版妨害事件や公明党などにおいても、あちらとしては知られたくない情報がかなり掲載されましたが、出典をきちんと出していることもあるからか、未だに、ほとんど編集合戦は起きていません。創価学会の記事の場合はノートがあることで、実際には投稿しないような人でも創価学会批判に偏った記事に不満を覚え、思いをぶつけているだけのように思います。実際、保護解除しても、”案ずるより生むが易し”で、思ったほど荒れないのでは個人的には思っています。IPユーザーのおかしな編集に対しては半保護すればかなり安定するのではと思っています。なぜなら、池田教と揶揄されるくらい池田大作氏を崇拝する信者も多いはずですが、そのような信者にとっては「創価学会」の記事より、「池田大作」の記事の内容をもっと気にかけるのではと思いますが、現実に、半保護になっている「池田大作」の記事では編集合戦も起きていませんから・・・
- やはり、実際にある批判でも、それを断定的に書くと中立的にならないし、やはり「中立的な観点」の方針とおりに、”様々な観点の一つという立場で書く”ということが大事ですね。わたしも、十分できている自信はありませんが、とにかくそれには気をつけてはいます。
- 結局、「ノートでの合意があって初めて保護解除」という文言に管理者が捉われて、慎重になり過ぎていると思います。保護というものにこそ”時効”というものは有効ではないかと思います。実際に編集合戦で対立していた当事者どうしの合意でないと本当は意味がないと思いますし、その当事者が長らく創価学会関連の記事もしくは、ウィキペディアの編集に関わっていないない状況で、実際に編集に関わるかどうかわからないそれ以外の人達の合意を求めるのは的が外れていると思います。本当は創価学会のノートにこういう意見を書けばいいのかもしれませんが、ややこしい議論に関わるより、編集したいものがたくさんあるので、今まで語ってきませんでした。Maitさんのお話にかこつけてこれまでの鬱憤を吐露してしまいました。しかし、このような話をわかってくれる管理者がいたらいいなと思います。やはり、ある程度冷却期間が経ったら、様子見で保護解除しなければ、いつまでもだらだらと不満を述べ合うだけで、合意はできず不毛な保護が長引くだけだと思います。とは言っても、ダメモトでこういう意見をノートに述べるべきなのか、もっと他にいい方法があるのか迷うところです。--モトカル 2008年3月16日 (日) 12:04 (UTC)
- レスして頂きありがとうございます。また、レスが遅くなったことをお詫び申し上げます。モトカルさんは、色々と考えておられたのですね。モトカルさんの意見と完全に同意見です。本当に仰る通りだと思います、というか、まるで私の想いをより説得力のある形で言語化して下さったかのような、一種のカタルシスすら感じます。そして、執筆を望んでおられるとのことで深謝しております。
- 池田大作などはアンチの文献を情報源とした記述も多いことから、「そういったソースは信頼できる情報源ではない」といった意図を持った方による出典付きの記述の問答無用の除去なども考えられるはずなのですが、なぜか(私の記憶している次第では)まったく起きていません。学会関連の記事において、そういった除去活動を不定期で行っているIPユーザーは時々現れますが、ログインユーザーではほぼ見られません。また、「実際に編集合戦で対立していた当事者どうしの合意でないと本当は意味がない」とのご意見、強く同意です。保護解除に反対する意見として「編集合戦が起った要因に関して合意が取り付けられていないとダメだ」というのがありますが、過去ログで合意がまとまらない議論の当事者の多くが(少なくとも数ヶ月前に彼らの履歴をチェックした際は)ウィキブレイクに入っておられるという状況です。そういった状況において、完全に収束している議論の合意を必須とするのはナンセンスだと思います(現在のノートで議論中の表記問題は解決する必要性がありますが)。モトカルさんの言われるように、ウィキペディアにおける「保護」こそ、まさに時効が必要なケースだと思います。
- 問題は今後どうするかなのですが・・・、不躾になってしまいますが、いつからでも構いませんので執筆の方お願いしてよろしいでしょうか?そして記事がまとまりましたら、創価学会のノートまでご一報頂けませんでしょうか?モトカルさんが執筆なさった学会関連の記事は、大部に亘っているにも拘らず池田大作ですら荒れていません。あなたが記事の執筆を終えたという事実は、保護解除依頼の強力な根拠とすることができますし、そのときこそ保護解除の合意を得ることができるであろうという確信があります。私の方は創価学会のノートでの議論の取りまとめや保護解除の妥当性の訴え、解除依頼提出時の依頼文の作成などを行って参りたいと考えております。--Mait 2008年3月17日 (月) 14:38 (UTC)
- 私の書いたものが、Maitさんの思いと同じであったとは、大変感激しました。本当に話してみるものですね。
- さて本題ですが、わたしが「創価学会」の記事の執筆を終えたということを保護解除依頼の強力な根拠とすることができると言って下さるほど、私の投稿内容を買って下さるのは大変ありがたくもありますが、同時に恐縮もいたします。確かに、他の創価学会関連の記事では編集合戦などは起きてはいませんが、創価学会の側にいる人達にとっては潜在的な不満はあるのではないかとも思います。ただ、ウィキペディアの方針に基づいた観点からは、その編集を変えさせるだけの余地を見出せないだけなのかもしれません。ですから、モトカルが「創価学会」の記事を用意したからを保護解除の合意をしましょうというような話の持って行き方はどうかと思います。ただ、他の創価学会関連の記事が比較的安定している要因を説明し、そのような書き方に修正しましょうという言い方はよいと思います。わたし自身は保護解除に備え、投稿用の記事は早速用意し始めようと思いますが、どうやったら合意に至れるかについての現在の考えを述べます。
- 元来、”保護”という処置は編集合戦を止め、クールダウンさせるという目的のものだと思います。ですから極端に言えば、別に編集に対する意見の相違があっても、編集合戦にさえならなければ保護解除してもよいのだと思います。編集合戦をしないで、投稿を続けながら議論するのが本来の姿で、全面的な意見の一致を求めていたら、保護解除はどんどん長引くものだと思います。
- これまでの保護解除の議論はウィキペディアの方針に基づいたものでないため、合意点が見出せていないように思います。今、思いつくのはウィキペディアの方針としては当たり前のことです。これは方針であるので、基本的には同意しないのはおかしいというものだと思います。
- 1:編集合戦をしない(削除・リバートするときはノートで議論する)
- 2:一般に知られていて、疑問や異論が出ないと思われるもの以外は出典を持って記述する。(「検証可能性」)
- 3:肯定的な記述、否定的記述どちらにおいても断定的な書き方をしない。(「中立的な観点」)
- 4:個人的な分析、批評、総括などを書かない。(「独自研究は書かない」)
- 5:外部リンクは著名活動をしていない一般人のサイトは削除。
- まだ、考えはまとまっていないのですが、とりあえず思いつくことを書きました。--モトカル 2008年3月18日 (火) 14:36 (UTC)
- 前回の私のレスポンスの最後の辺り、モトカルさんからよい返事を頂いて感激したため少々オーバーな書き方になってしまいました。結果としてモトカルさんを恐縮させてしまったようでお詫びいたします。さて、創価学会のノートページにおける保護解除への合意の持って行き方についてですが、確かに後者の「他の創価学会関連の記事が比較的安定している要因を説明し、そのような書き方に修正しましょうという言い方」の方がよいですね。学会側にいる人たちにとって、批判的な情報源を出典とした記述の中に学会の名誉を傷つけるものがありはしないかという懸念はあると思います。ですから、保護解除前に一度モトカルさんの原稿を公開し、学会側の人たちにチェックしてもらった後であれば、更に創価学会のノートにおける合意はスムースにいくかとも考えます(我々中立の人間からしてみれば名誉を傷つけているなど思いもしない事柄でも、相手は大変名誉を重んじる団体ですから、あちら側からみればアウトといった記述があるかもしれませんので、一応・・・といった意味です)。
- 話し遅れましたが、私が、モトカルさんが投稿されるということが保護解除の大きな肯定要素となると思う最大の理由は、編集合戦が起き難くなるということもありますがそれよりもむしろ、記事内容の質・量ともに飛躍的な進歩を遂げることができるという点にあります。つまり、万一編集合戦が起きてまた保護されたとしても、記事内容の質・量ともに(中略)した記事が残るというわけです。そのときには、方針を理解しない利用者によって多少の恣意的な変更があったとしても、未検証性・独自研究性・非中立性が大幅に改善されたものが残るでしょう。こういった、レアケースではありますけれども非常に大きなメリットを、保護解除依頼文における解除理由の中に盛り込めば、きっと賛同が得られるという想いがあります。
- 創価学会のノートの過去ログにおいて以前、保護解除の提案がなされましたが、依頼を提出するか否かを投票によって問う内容でした。創価学会のノートでの投票という関門を突破しその後保護解除依頼においても投票・・・ということですと、少々難易度が上がってしまうかと思われます。ですから、現在のノートにおいてMiyaさんがなさったように、これこれこういう事項において合意が得られれば保護解除できると思います、といったような提案の仕方をすれば、それについて合意が得られ次第保護解除依頼への移行が可能になりますし、ノートでの合意を依頼提出における保護解除の根拠のひとつにできます。ですからそういう意味において、モトカルさんが提案された「編集合戦をしない」「~出典を持って記述する」などの基本的なことを確認する提案群は、グッドだと思います。--Mait 2008年3月19日 (水) 14:34 (UTC), 2008年3月19日 (水) 15:06 (UTC)
(インデント戻します) Maitさんが私の投稿を評価して下さっているのは有難いのですが、他の人の多くはモトカルがどういう投稿をしているとかまでは把握していないと思いますし、例え把握していたとしても、取り分け創価学会側の人がモトカルの投稿を評価しているとも思えないのです。ですから、モトカルの投稿うんぬんではなく、先回も述べたように、編集合戦が起こっていない記事の例として「池田大作」、「公明党」、「言論出版妨害事件」などを挙げ、その要因は「出典を明示する」、「断定的な書き方をしない」、「双方の考えを書く」などの書き方にあるという説明するのがやはり一番いいのではないのでしょうか?
>保護解除前に一度モトカルさんの原稿を公開し、学会側の人たちにチェックしてもらった後であれば、更に創価学会のノートにおける合意はスムースにいくかとも考えます
上記のような観点からやはり、モトカル個人の投稿自体に焦点を当てるのは避けていただきたいと思います。私以外にもこのように編集しようと待ち構えている人も少なからずいるかもしれませんし、ウィキペディアはやはりみんなで作り上げるものですから私を取り立てて取り上げるのは反発を招く可能性もあり、方法としてはどうかと思います。もちろん、記事をよくしたいというMaitさんの真摯な思いは理解してるつもりです。
それよりも、私はとにかくみんなが合意しやすい条件を提示し、まず保護を解除することを考えるのが先決ではないかと思います。前にも書いたように、たとえ、編集上の意見の相違があるままでも、編集合戦という事態にさえならなければ、ノートでの議論と併行し、異論が出ないような内容はどんどん投稿し続けるという姿が好ましいと思っています。ですから、具体的な記述をどうするかという各論を問題にしない方がいいのかとも思います。
例えば、保護中の記事で問題視されている「実数は400万人強であると推察されている。」とか、「藤原弘達の葬式に学会員からの祝電が絶えなかったと言う話はあまりにも有名である。」などはその記述をどうするかを個別に議論しないでも、”一般に知られていて、疑問や異論が出ないと思われるもの以外は出典を持って記述する。”という合意をしておけば、それに反するという理由で削除できますから・・・
ですから、先回書きましたウィキペディアの基本方針の確認という、合意するのが当たり前という条件を提示するのが合意できる可能性が最も高いのではと思うのです。「信者」と書くか「学会員」と書くかというような記述の問題なども、編集合戦になった際の問題ではなく、保護中に浮上した問題ですから、それは保護解除した後で議論しても何の問題もないはずです。結局、長期保護されていることで、余計な議論が生まれて来るので、それらを問題にしているといつまで経っても保護解除できず、編集が進まないと思います。ですから、ノートの議論なしに、書き換えをしないということに合意するだけでも本当は保護解除に値するのだと思います。
今回、改めて「Wikipedia:保護の方針」を見てみましたが、ウィキペディアの一般的な保護は「”一時的な”保護」と書かれてあります。あくまでも”一時的なもの”なのです。これが意外と忘れられているのですね。そして、保護を解除してもよい場には「第三者が、保護の必要がない(誤認があった、あるいは保護するほどでもない、など)と指摘した場合。」、「仲裁にあたったり、忠告や提言などをしていた人が、解除することを提案した場合 」、「解除しても問題が再発しないのではないかと思われる場合 」などがあります。そして、そこで書かれている、”合意”というものは基本的に編集合戦の当事者同士の合意(保護解除のリクエスト)を指しているように思います。
しかし、編集合戦の当事者以外の利用者同士で意見の相違があると、再び編集合戦が起きるという杞憂(取り越し苦労)から、それらの問題について合意がないと保護解除できないというように管理者は考えるようになっているのだと思います。起こるかどうかわからない編集合戦を恐れて、実に2年もの月日を失っってしまったのですね・・・ そういう意味では一つの記事の問題だけではなく、ウィキペディアにおける保護という問題を根底から考え直す機会にできればいいと思いますね。創価学会のノートを見れば、Maitさんは実に熱心に議論をリードして来られていますね。とても紳士的で、ウィキペディアの方針をていねいに説明し、自身の意見も方針に基づいてしっかりと述べておられ、実に素晴らしいと思いました。この難しい問題に尽力されて来られているMaitさんに改めて敬意と感謝の意を表します。--モトカル 2008年3月19日 (水) 17:10 (UTC)
- 各論においては色々と反論できる点はあったのですが、熟慮の結果、総論としてモトカルさんの考えは正しいと判断しました。
- モトカルさんの考えによると、依音さんの提案されたローカルルールも廃案にしなければなりませんね。このローカルルール提案の背景には一部ユーザーによる記事が古くなっているから一旦削除してゼロから作り直そうという意見と、それは方針上無理があるから却下という2つの意見の対立がありました。それらを止揚させるべく提案が生まれました(ノートでそういう流れがあってその上に私の提案が出ました)。それで、これからそれら一連の流れを否定しなければならないわけですが(つまり依音さんの提案と私の提案両方の廃案)。また既に、名前こそ出しておりませんが、池田大作を執筆した人物に執筆を依頼して云々を書き込んでしまっております。ですのでその結果を報告しなければなりません。その人物は書くのか書かないのかを。どのように書くべきか思案しております。甘えになってしまいますが、いっそのことモトカルさんに、保護解除のためのノートにおける提案をお願いしたいという気持ちもあります。
- >先回書きましたウィキペディアの基本方針の確認という、合意するのが当たり前という条件を提示するのが合意できる可能性が最も高いのではと思うのです。
- 前回申し上げました通り、それには同意しております。ただ、前回はモトカルさんの原稿の公開との両立が可能ではないかと考えていました。現在は、それは無理があり、ハードルが高くなるだけだということを理解しています。
- >「信者」と書くか「学会員」と書くかというような記述の問題なども、編集合戦になった際の問題ではなく、保護中に浮上した問題ですから、それは保護解除した後で議論しても何の問題もないはずです。結局、長期保護されていることで、余計な議論が生まれて来るので、それらを問題にしているといつまで経っても保護解除できず、編集が進まないと思います。
- 表記問題に関しては他の多数の創価学会関連の記事において編集合戦が発生したために、合意を形成するために創価学会のノートページが使用されたわけであって長期保護されているから余計な議論が生まれてきたわけではありません。保護がなされていなかったなら、当然創価学会の記事も編集合戦になっていたわけです。この問題に関しては大詰めを迎えており、保護解除の前に解決しておくに越したことはない問題と思いますが如何でしょうか。解決していないのであれば、解除依頼の審議においてそれを理由に継続票を投じる人も出てくるかもしれませんし。
- また、お褒めの言葉に与り恐縮しております。最近は方針などを逐一説明するのに疲れてしまっているというのが本音で、少々言葉遣いもキツくなっているように自分でも思い反省しなければならないと考えております。--Mait 2008年3月21日 (金) 08:24 (UTC)
- 依音さんの提案された暫定版の記事を書き込むためのページを作るというローカルルールはアイデアとしてはわかりますが、ご本人も仰っておられるようにちょっと大掛かり過ぎて現実的ではないように思います。そこまでややこしい手続きを取らなくても、ノートに各自が問題となっている記述をこのように変えたいたいと思う文案を提示すればいいのではないかと思います。
- >既に、名前こそ出しておりませんが、池田大作を執筆した人物に執筆を依頼して云々を書き込んでしまっております。ですのでその結果を報告しなければなりません。
- 既にそのことを書いておられたのを今回メッセージをいただいた後に見て知り、ちょっとびっくりしました。
- それは誰だ?というような反響もない(苦笑!)ようなので、問われなければそのままでもいいかもしれません。
- >いっそのことモトカルさんに、保護解除のためのノートにおける提案をお願いしたいという気持ちもあります。
- わたしもそれは考えています。今回に限らず、ウィキペディアにおける保護の問題点は以前から考えていました。去年、ある記事で、あるIPユーザーがノートでや要約欄での私の呼びかけを一切無視し、自分の好む版にリバートを繰り返し、私共々投稿ブロックになったのですが、その時点の版は彼の良しとしないものであったため、規定に反して、別のIPアドレスからリバートした直後に記事が保護されてしまいました。彼にとっては自分の好む版で保護されたため、書き換えられない保護状態は都合がよく、保護解除の議論では何かと話をそらして、ことごとく合意に至ることを避けるのです。このことを管理者伝言板に訴え、ブロック中の別IPからの編集は差し戻してよいという「Wikipedia:投稿ブロックの方針」の別IPアドレスに対する追加ブロックの規定」を示し、差し戻しを依頼しました[1]が、それまでの経緯を十分に検討したとは思えない約40分という早さで、その依頼は門前払いにされてしまいました[2]。ちなみに、その記事は未だに保護が続いたままです。
- このように、保護のあり方にはいろいろと問題があります。管理者のみなさんにも、その運用を見直してほしいと思いますし、引いては「Wikipedia:保護の方針」を根底から見直すべきではないかと思っています。
- やはり、「意見の相違がある」=「編集合戦になる」ではないということをはっきり認識すべきだと思います。また、「意見の相違があっても編集合戦を起こさせない」というような管理の仕方をもっと考えられないものでしょうかね?
- 暴論と取られるかもしれませんが、「創価学会」の記事は2年間も保護されているのです。通常、このような注目度の高い記事なら2年の間に何十回も編集されているはずです。今、保護解除後に、もし編集合戦が起こったとしても、スリーリバートの原則から、履歴が増えたとしても、ほんの十回未満に過ぎません。その間に、どちらの極にも偏っていない編集がなされることで、編集合戦が収まれば、それ以降の記事の発展が見込めます。利用者も管理者も起こるとは限らない編集合戦を恐れる余り、記事の成長・発展という貴重な機会を長く潰しているということをもっと自覚してほしいと思います。やはり、最低でも数ヶ月以内に「様子見の解除」というものが設けられるべきだと思います。
- 自身の経験から考えるのですが、編集合戦になった場合、ノートで議論をすることを無視する人の投稿や、編集合戦になっていなくても、編集理由についての説明責任を果たさない人の投稿は差し戻されるというように規定してほしいです。
- とにかく”編集合戦で自分の好む編集を押し通すことにメリットがないと思わせるような規定”にしないとダメだと思います。実際、どの版で保護されるかは時の運で、ウィキペディアのコミュニティを無視した人の明らかにより悪い版が、保護によって長く守られるというのは、実におかしな話だと思います。
- >前回はモトカルさんの原稿の公開との両立が可能ではないかと考えていました。現在は、それは無理があり、ハードルが高くなるだけだということを理解しています。
- 原稿の公開というような大それたものではなく、上記のように、問題となっている記述の改善案くらいなら、書けますが・・・
- >表記問題に関しては他の多数の創価学会関連の記事において編集合戦が発生したために、合意を形成するために創価学会のノートページが使用されたわけであって長期保護されているから余計な議論が生まれてきたわけではありません。
- 私が関わった創価学会関連の記事ではなかったのですが、ほかでは表記が問題になってたのですか。それ以外の意見対立はやはり、長期保護されていることから余計に派生したものが多いように思われます。
- >この問題に関しては大詰めを迎えており、保護解除の前に解決しておくに越したことはない問題と思いますが如何でしょうか。解決していないのであれば、解除依頼の審議においてそれを理由に継続票を投じる人も出てくるかもしれませんし。
- なるほど、そうですか。時間がかからないといいのですが、これは投票という形になるのでしょうか?そうであれば、最低でも一週間は必要ですね。私はとにかく、合意のハードルをできるだけ低くしたいという思いが強いです。--モトカル 2008年3月21日 (金) 13:48 (UTC)
- コメントありがとうございます。亀レスの私と違ってモトカルさんはレスポンスが早く、それでいて美しい文章を書かれるので羨ましく思います。
- >既にそのことを書いておられたのを今回メッセージをいただいた後に見て知り、ちょっとびっくりしました。
- >それは誰だ?というような反響もない(苦笑!)ようなので、問われなければそのままでもいいかもしれません。
- 型破りですみません。そうですね、そのまま放置にしておくかもしれません。
- ノートでの提言の件、もしやって頂くとなると、まさにおんぶに抱っこ状態でお手数をお掛けすることになってしまいますが、そのときはよろしくお願いします。
- 保護に関しては、投票をされる方の意識改革も重要だと感じます。私にはそれを訴えていくパワーはありませんが、パワー溢れるモトカルさんがもしやっていただけるのならば陰ながら応援したいと思っております。保護の期間については、個人的には長期荒らしユーザーのPeace系が侵入してくるのでもない限り、1年以上の保護は意味がないのではないかと思っています。
- >とにかく”編集合戦で自分の好む編集を押し通すことにメリットがないと思わせるような規定”にしないとダメだと思います。
- 本当に仰る通りだと思います。
- >なるほど、そうですか。時間がかからないといいのですが、これは投票という形になるのでしょうか?そうであれば、最低でも一週間は必要ですね。私はとにかく、合意のハードルをできるだけ低くしたいという思いが強いです。
- ノート:創価学会#まとめに向けて内の2つの節において、既にほぼ合意が形成されていると判断できる状態のため、あとは意見を締め切れば合意が確定するといった段階です。これら2つの問題以外にも「有名人信者」の問題と「創価学会関連記事における信頼できる情報源」の問題がありますが、これらは保護解除後でも問題ないのかなとも考えていますが、どうするか思案中です。--Mait 2008年3月22日 (土) 17:16 (UTC)
(インデント戻します) 私はまだまだ一回で思うような文章を書けないことが多く、何度か見直して少しまともな文章になるというレベルでしかありません。誤字を他の方に訂正していただくこともままあり、Maitさんにも何度かフォローしていただき感謝しております。それでも「美しい文章を書く」などと褒めてもらうようなことは初めてで、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。 現実世界では滅多に褒められることはありませんから・・・(*^~^*)ゝ
>保護に関しては、投票をされる方の意識改革も重要だと感じます。私にはそれを訴えていくパワーはありませんが、パワー溢れるモトカルさんがもしやっていただけるのならば陰ながら応援したいと思っております。
ありがとうございます。ノートでの提言は結構パワーが要りますね。わたしはコツコツと投稿を続ける方が好きですが、やはりある程度経験を積んだ者が発言すべきときには発言しないといけないのかと感じ始めています。ただ、ウィキペディアの方針を基準に話し合える相手であれば理性的な対話が成り立つのですが、改めて現在のノートを見たら、IPユーザーの発言が多いですね。それに、ログインユーザーも投稿歴やノートでの議論の経験が比較的少ない方が多いようです。まあ、それでも何もしなければこのまま惰性に流されるだけですから共に頑張りましょうか!
>保護の期間については、個人的には長期荒らしユーザーのPeace系が侵入してくるのでもない限り、1年以上の保護は意味がないのではないかと思っています。
そうですよね。頭を冷やすのなら本当は1ヶ月あれば十分ですよね。
それから、「有名人信者」の問題と「創価学会関連記事における信頼できる情報源」の問題を議論すれば、長くなりそうですね。少なくとも、「信頼できる情報源」の問題は他の創価学会関連記事ではそれほど異議が唱えられていません。「創価学会」の記事は特に、批判側の論調で断定的に書いていることの方が問題になっているのだと思います。ほぼ合意が形成されている問題が終わった後、とにかく編集合戦をしないという誓い(合意)の元に保護解除の合意を確認してはどうでしょうか?
しかし、よく考えて見れば、たとえ編集合戦が起こったとしても、その当事者を投稿ブロックしておいて、編集合戦を強行しないその他の利用者で記事の編集を続けたって本当はいいのではないかとも思います。本当にウィキペディアにおいて保護ほどつまらないものはないですね。誰でもいつでも編集できるというウィキペディアの最大の利点を潰してしまうものですから・・・・ そのような、ことをお互い再確認させることで、意見の相違があるままでも、保護解除しようという機運を高められたらいいのにと思います。
「創価学会」の記事は加筆部分は結構書けましたが、「歴史」の節以降の各節の内容や、全体の節の構成をどう再編するか思案中です。
--モトカル 2008年3月23日 (日) 05:10 (UTC)
- コメントありがとうございます。ノートの削除依頼の件、中抜きが可能だったため胸を撫で下ろしております。投票して頂きありがとうございました。
- >改めて現在のノートを見たら、IPユーザーの発言が多いですね。それに、ログインユーザーも投稿歴やノートでの議論の経験が比較的少ない方が多いようです。まあ、それでも何もしなければこのまま惰性に流されるだけですから共に頑張りましょうか!
- ノートの件、仰る通りですね。そろそろ打って出なければならないと考えております。
- >ほぼ合意が形成されている問題が終わった後、とにかく編集合戦をしないという誓い(合意)の元に保護解除の合意を確認してはどうでしょうか?
- そうですね、考えています。その場合、モトカルさんの意見を自分の意見のように言ってしまうことになってしまいますがよろしいでしょうか?
- >しかし、よく考えて見れば、たとえ編集合戦が起こったとしても、その当事者を投稿ブロックしておいて、編集合戦を強行しないその他の利用者で記事の編集を続けたって本当はいいのではないかとも思います。
- それが理想ですね。本当に。以下のモトカルさんの提案の6番目に「上記に違反した編集を続ける利用者は投稿ブロックの対象となる。」というのを付け加えたいと思っています。
- 1:編集合戦をしない(削除・リバートするときはノートで議論する)
- 2:一般に知られていて、疑問や異論が出ないと思われるもの以外は出典を持って記述する。(「検証可能性」)
- 3:肯定的な記述、否定的記述どちらにおいても断定的な書き方をしない。(「中立的な観点」)
- 4:個人的な分析、批評、総括などを書かない。(「独自研究は書かない」)
- 5:外部リンクは著名活動をしていない一般人のサイトは削除。
- >「創価学会」の記事は加筆部分は結構書けましたが、「歴史」の節以降の各節の内容や、全体の節の構成をどう再編するか思案中です。
- さすが早いですね!
- 既にご存知かとは思いますが、記述の分類に関しては、ノート:創価学会#記述の分類に一定の配慮をする必要があるようです。--Mait 2008年3月24日 (月) 14:50 (UTC)
- >ノートの削除依頼の件、中抜きが可能だったため胸を撫で下ろしております。投票して頂きありがとうございました。
- どういたしまして、やはり早い対処はありがたいですね。実は「Wikipedia:削除依頼/ジュセリーノ・ダ・ルース」は緊急案件とされているのに、三ヶ月近く、管理者の対処がなされていません。一度、コメント依頼(ここです)も出したのですが、なぜか未だに対処が決まっていません。これも早く書きたいのですが・・・
- >そろそろ打って出なければならないと考えております。
- 私も屈伸運動中です(爆!)
- >その場合、モトカルさんの意見を自分の意見のように言ってしまうことになってしまいますがよろしいでしょうか?
- けっこうですよ。私の意見にMaitさんが共感して下さっているなら、それは既にMaitさん自身の意見にもなっているのですから・・・
- >モトカルさんの提案の6番目に「上記に違反した編集を続ける利用者は投稿ブロックの対象となる。」というのを付け加えたいと思っています。
- 心情的にはそうですね。ただ、実際に投稿ブロックに値するかどうかはウィキペディアの「投稿ブロックの方針」が規程しているものに限られると思いますが・・・
- >記述の分類に関しては、ノート:創価学会#記述の分類に一定の配慮をする必要があるようです。
- そうですね。オースさんの提案された節構成はおおむねいいと思います。--モトカル 2008年3月25日 (火) 12:27 (UTC)
- >実は「Wikipedia:削除依頼/ジュセリーノ・ダ・ルース」は緊急案件とされているのに、三ヶ月近く、管理者の対処がなされていません。
- 珍しいですね。ただ、見た感じ大方結論は出ているようなので対処は時間の問題という気が致します。
- >けっこうですよ。私の意見にMaitさんが共感して下さっているなら、それは既にMaitさん自身の意見にもなっているのですから・・・
- ご厚意に感謝致します。そういって頂けるとやりやすいです。
- >ただ、実際に投稿ブロックに値するかどうかはウィキペディアの「投稿ブロックの方針」が規程しているものに限られると思いますが・・・
- そうですよね。それに、1.に関しては3RR違反となればブロックの対象となりますし、2.-5.に従わなければ方針文書の要熟読を目的としたブロックが可能ですしね。
- モトカルさんには色々と有用なアドバイスを頂くことができ感謝しています。改めて心から御礼申し上げます。--Mait 2008年3月27日 (木) 12:41 (UTC)
特定版削除審議中の加筆分の復元をお願いします
[編集]モトカルさんこんにちは。このたび、ジュセリーノ・ダ・ルースの緊急特定版削除の審議が終了し、再び編集が可能となりました。審議中にモトカルさんが更新なされた分(2008年2月7日 (木) 16:17 (UTC)の版と、2008年2月10日 (日) 06:41 (UTC)の版)が、特定版削除の対象となって消滅してしまいました。これらについてはモトカルさん自らが復元なさる必要があります。
参考:利用者:Ks aka 98/砂場2#認められる復元方法
特に、「称して」「として」「取り上げられ」「1月下旬頃 東京に大雪」等の部分についてはモトカルさんのオリジナルです。これを、第三者が不用意に再加筆すると、GFDL上の瑕疵が生じる懸念があります。
第三者の不用意な再加筆が起る前に、速やかに復元頂くようにお願い申し上げます。--新鳩244号 2008年3月31日 (月) 16:36 (UTC)