井原芳隆
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井原 芳隆(いはらよしたか、1945年10月18日[1] - )は、日本の実業家。元三井製糖取締役社長。
経歴・人物
[編集]神奈川県鎌倉市出身[1]。鎌倉市立第一小学校、鎌倉市立御成中学校、鎌倉学園高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業[1]。義父は、三興電機製作所代表取締役会長の橋爪多喜致。
大学卒業後、1968年三井物産に入社。三井製糖の代表取締役参与を経て、2002年に同社の社長に就任した[2]。旧態依然であった製糖業界の刷新を目標に掲げ[3]、当時業界5位であった台糖との業務提携[4]、さらにこれに地方の製糖企業であったケイ・エスを迎えて、2004年には3社合併を達成し、自ら新生三井製糖の社長に就いた[5]。
2010年、合併に伴う事業基盤の整備に一定の目途がついたことから、当時三井物産常務執行役員であった飯田雅明に社長の職を譲り、取締役相談役へと退いた[6]。
ザ・ワイルドワンズのリーダーで作曲家の加瀬邦彦は大学時代の2つ上の先輩にあたり、加瀬が亡くなるまで交流があったことを語っている[7]。また島英二を加瀬に紹介し、島がザ・ワイルドワンズに加入する道筋をつけたのも井原であったという[8]。
脚注
[編集]- ^ a b c ゲンダイネット【社長の私生活】 - ウェイバックマシン(2007年9月27日アーカイブ分)
- ^ 「新三井製糖、井原氏迎える」 『日経産業新聞』2002年4月24日付、31頁。
- ^ 横塚仁士「新三井製糖社長井原芳隆氏--高付加価値製品を強化」 『日経産業新聞』 2002年10月8日付、23頁。
- ^ 「新三井製糖と台糖が提携、「合併」は棚上げ協力模索、財務・工場…難題残る。」 『日経産業新聞』 2003年7月17日、18頁。
- ^ 西條都夫「三井物産系、製糖3社合併--台糖100年の意地に幕、格差拡大、新三井に主導権。」 『日経産業新聞』 2004年4月9日、3頁。
- ^ 「三井製糖、飯田氏迎える」 『日経産業新聞』2010年3月3日、19頁。
- ^ 井原芳隆「ギターが縁に」 『日本経済新聞』 2007年9月5日付朝刊、40頁。
- ^ 釈順正 編『ぼくらの茅ヶ崎物語』シンコーミュージックエンタテイメント、東京都千代田区、2019年、146-160頁。ISBN 978-4-401-64751-4。
外部リンク
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