五所川原テレビ中継局
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五所川原テレビ中継局(ごしょがわらてれびちゅうけいきょく)は、青森県五所川原市に置かれていたテレビ中継局。
放送送信設備
[編集]地上アナログテレビ放送送信設備
[編集]初代( - 1982年8月27日)
[編集]チャンネル 番号 |
放送局名 | 空中線電力 (映像/音声) |
ERP (映像/音声) |
偏波面 | 放送対象地域 | 放送区域 内世帯数 |
運用開始日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
44 | RAB 青森放送 |
30W/7.5W | - | 水平偏波 | 青森県 | - | 1969年 10月12日[1] |
46 | NHK 青森総合 |
1969年 10月10日[2] | |||||
48 | NHK 青森教育 |
全国 |
2代目( - 2011年7月24日)
[編集]チャンネル 番号 |
放送局名 | 空中線電力 (映像/音声) |
ERP (映像/音声) |
偏波面 | 放送対象地域 | 放送区域 内世帯数 |
運用開始日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
44 | RAB 青森放送 |
2kW/500W | 51kW/13kW | 水平偏波 | 青森県 | 約5万世帯 | 1982年 8月7日[4][5] |
46 | NHK 青森総合 | ||||||
48 | NHK 青森教育 |
全国 |
- 所在地: 五所川原市松野木字中洲川山[6] 受信所は山頂付近、送信所は西側斜面に置かれていた[7]。
- 当中継局の開局により、五所川原(初代)、出来島、相内、脇元、金木、鰺ヶ沢、十三湖の7局が廃止された[3]。
- 2011年7月24日をもってすべて廃止された。なお、青森テレビと青森朝日放送にはチャンネルが割り当てられていなかった。
- デジタルテレビ放送については、青森本局、鰺ヶ沢中村局、大戸瀬局によるカバーとなった[8]。
出典・脚注
[編集]- ^ a b 『青森放送二十五年史』青森放送、1980年9月30日、415頁。NDLJP:12275565/228。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'70』日本放送出版協会、1970年9月20日、307頁。NDLJP:2525970/190 。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年、247頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年、445頁。
- ^ NHKアイテック/編集; 日本放送協会/監修; 日本民間放送連盟/監修『全国テレビジョン・FM・ラジオ放送局一覧 2004』NHKアイテック、2004年、119頁。
- ^ 保安林の指定解除予定(平成14年3月20日青森県告示第103号)(『青森県報』第1998号(2002年3月20日発行)) (PDF) (青森県)
- ^ 2万5千分の1地形図「大釈迦」(国土地理院)
- ^ アナログ放送中継局に対応するデジタル放送中継局一覧(NHK分、最終更新2009年9月30日)(総務省)