中井幸一
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中井 幸一(なかい こういち、本名:中井 幸房(なかい ゆきふさ)、1917年(大正6年)2月15日 - 2020年(令和2年)12月28日[1])は、日本の写真評論家、広告評論家。
人物
[編集]京都府出身。日本大学芸術学部卒業。1951年、電通に入社。1973年、電通を退社。
電通に勤務し、アートディレクター制(アート・ディレクター・システム。クライアントとデザイナーの間にアートディレクターを置き、アートディレクターが両者の単なる橋渡し(連絡係的役割)だけではなく、積極的にデザインをまとめ上げる中核的な役割をになうシステム)の導入を積極的に行った。
日本大学芸術学部教授も務めた。1992年に日本大学を定年退職。
一般の広告に限らず、写真、デザインにわたるまで、幅広い表現分野を研究範囲とし啓蒙的・社会的な活動も行った。
編著書
[編集]- アメリカのクリエイティビティ、美術出版社、1963年
- アメリカの広告写真、中井幸一編著、日貿出版社、1976年
- プランナーの杖 わたしの計画作法、プレジデント社、1978年
- 学校で教えない広告論 最前線の人間だけが知っている知恵、経済界、1980年
- 残照の画家 昭和初期のポピュラーアーチストたち、パッケージング社、1984年
- 日本広告表現技術史、玄光社、1991年
- ニンフ : 8人のトップ写真家ヌード傑作集、誠文堂新光社、1995年(監修:中井幸一)
- 聞き書きデザイン史(第9章)、六耀社、2001年
所属団体
[編集]受賞
[編集]- 日本広告学会賞(2回)
- 日本包装技術協会文献賞
- 日本写真協会功労賞
脚注
[編集]- ^ 『現代物故者事典 2021〜2023』日外アソシエーツ、2024年、p.838。