世田谷代田駅
世田谷代田駅* | |
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駅舎(2021年4月) | |
せたがやだいた Setagaya-Daita | |
◄OH 07 下北沢 (0.7 km) (0.7 km) 梅ヶ丘 OH 09► | |
所在地 | 東京都世田谷区代田二丁目31-12 |
駅番号 | OH08 |
所属事業者 | 小田急電鉄 |
所属路線 | ■小田原線 |
キロ程 | 5.6 km(新宿起点) |
駅構造 | 地下駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
[小田急 1]9,543人/日 -2023年- |
開業年月日 | 1927年(昭和2年)4月1日 |
備考 | *1946年(昭和21年)。世田ヶ谷中原駅より改称 |
世田谷代田駅 配線図 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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世田谷代田駅(せたがやだいたえき)は、東京都世田谷区代田二丁目にある、小田急電鉄小田原線の駅である。駅番号はOH 08。
歴史
[編集]年表
[編集]- 1927年(昭和2年)4月1日:世田ヶ谷中原駅(せたがやなかはらえき)として開設[1]。
- 1945年(昭和20年)7月1日:空襲に伴い被災、営業休止[2]。小田急の駅としては唯一[要出典]空襲で焼失した[3]。
- 1946年(昭和21年)
- 当駅 - 京王井の頭線新代田駅間には、第二次世界大戦 - 戦後にかけて井の頭線に車両を運び込むための連絡線(代田連絡線)が敷設されていた。地上駅であった頃上りホーム裏側に連絡線跡地が残っていたが、複々線化工事に伴い痕跡は消滅、完成後は駐輪場となっている(#駅周辺参照)。
- 2004年(平成16年)9月:地下化・複々線化工事着工届[5]。
- 2006年(平成18年)3月26日:地下化・複々線化工事に伴い、橋上に仮駅舎を建設。
- 2009年(平成21年)
- 2013年(平成25年)3月23日:地下急行線に仮ホーム新設、地下駅化[7]。改札口を地下2階に移設[8]。
- 2014年(平成26年)1月:駅ナンバリング導入、使用開始[9]。
- 2015年(平成27年)8月29日:地上駅舎南側部分完成、地下2Fにあった改札口を地上へ移設[10]。
- 2017年(平成29年)3月24日:地上駅舎完成[11]。
- 2018年(平成30年)
- 2021年(令和3年)3月6日:東口改札(ICカード乗車券専用)使用開始[14]。
-
跨線橋より見た連絡線跡地(2004年1月3日)
-
上りホーム裏手の連絡線跡地(2004年1月3日)
駅名の由来
[編集]開設時の「世田ヶ谷中原」は、駅所在地の地名である代田村の
駅構造
[編集]地下2Fの緩行線上に島式ホーム1面2線を有する地下駅。その直下をホームがない急行線が通過している。ホームにはホームドアが設置されており、ホームと地上間は階段の他、エレベーター・エスカレーターで連絡している。
地上部に駅施設があり、改札口はコンコースの両側に設置されているが、地下化工事に伴って現在の駅舎が設置された当時は西側(有人改札)のみであった。2021年3月に設置された東側改札はICカード専用無人改札である(精算機・ICカードチャージ機未設置)。コンコース及びホームにはそれぞれ天窓が設置されている。地上のコンコースには2017年3月24日に、小田急電鉄の環境保全対応や当駅付近地下化工事紹介(模型など)を展示した「小田急環境ルーム」が設置された[15](2021年5月時点では設置されていたが[16]、後に撤去)。
トイレは多目的トイレを併設した男女別の水洗式で、小田急環境ルームの隣に設置されている。また、多目的トイレはオストメイト対応型と子供用便器併設型(オストメイト非対応)が1室ずつ、合計2室の設置となっている。
改札横にはストリーマーコーヒーカンパニーの店舗が入居している[17]。
のりば
[編集]ホーム | 路線 | 方向 | 行先[18] |
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1 | 小田原線 | 下り | 小田原・片瀬江ノ島方面 |
2 | 上り | 新宿・ 千代田線方面 |
-
改札口(2019年4月7日、現・西口)
-
改札階(2021年4月10日)
-
小田急環境ルーム(2018年3月4日)
-
複々線化後のホーム(2019年4月7日)
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東口改札(2021年5月23日)
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展示撤去後の旧小田急環境ルーム(2023年7月2日)
変遷
[編集]地下化工事前
[編集]相対式ホーム2面2線を有する地上駅であった。改札は下りホームに直結したものだけであるが、2009年7月24日までは臨時改札口(無人)が上りホーム上にあった。ホーム間は跨線橋で結ばれていたが、天気が良い日には富士山を見ることが出来たことから「富士見窓」と言う名前の窓が設置されていた。この窓は仮駅舎にも引継がれていた。
また、プラットホームは古くからの駅構造がそのまま残っている箇所が多かった。駅の柱や車両増結に伴いホームを延伸して行った様子、木造のホーム壁面と一体になっているベンチなど、2000年代の駅においてはあまり見かけられなくなったものも見られた。
- 工事前の駅舎(2004年1月3日)
-
南口駅舎
-
臨時改札口
-
構内
-
ホーム
急行線工事完了前
[編集]小田急は東北沢駅 - 梅ヶ丘駅間で連続立体交差化(地下化)および複々線化工事に着手し、2006年3月26日 - 2013年3月22日までは仮設橋上駅に移設され、同時に下りホーム側の改札口も従来より20 m程新宿寄りに移動された。2009年7月24日までは上りホームの臨時改札口も設置されていたが、翌日より1か所に統合された。
- 工事中の仮駅舎(2007年10月8日)
-
駅構内
-
南口仮設駅舎
-
北口駅舎(元・臨時改札口)
緩行線工事完了まで
[編集]2013年3月23日に地下3Fを通過する急行線が先行開通し、この線路沿いに仮設の相対式ホーム(8両編成対応)が設置された。地下化から2015年8月28日までは、地下2階の緩行線ホーム予定地に改札口を始めとする仮の駅施設が置かれた。地下化時点では地上から地下2Fの改札口まで106段の階段が仮設された[19]。
2015年8月29日、地上部の駅舎が供用開始となり、改札・駅事務室が移設された。この時点で地上と地下2階の間にはエスカレーター・階段・エレベーターが設置されたが、地下2階とホーム間にはエレベーター・階段のみで、エスカレーターは設置されていなかった[20]。
2018年3月3日の複々線化工事完成に伴い、地下2階の緩行線ホーム(10両編成対応)が使用開始された。同時に地下3Fの急行線仮設ホームは廃止され、ホームなどの旅客用設備は撤去された。
-
急行線(地下3階)に設置された仮設ホーム(2013年4月20日)
-
急行線地下化時点の地下2階・改札(2013年4月20日)
-
急行線の新宿寄りは掘削に使用したシールドマシンの外殻がトンネル構造物の一部になっている。
利用状況
[編集]2023年度(令和5年度)の1日平均乗降人員は9,543人である[小田急 1](小田急線全70駅中61位)。
近年の1日平均乗降・乗車人員推移は以下の通り。
年度 | 1日平均 乗降人員[22] |
1日平均 乗車人員[23] |
出典 |
---|---|---|---|
1956年(昭和31年) | 4,371 | [* 1] | |
1957年(昭和32年) | 4,206 | [* 2] | |
1958年(昭和33年) | 4,478 | [* 3] | |
1959年(昭和34年) | 4,038 | [* 4] | |
1960年(昭和35年) | 8,519 | 3,869 | [* 5] |
1961年(昭和36年) | 7,973 | 3,909 | [* 6] |
1962年(昭和37年) | 8,128 | 4,026 | [* 7] |
1963年(昭和38年) | 8,611 | 4,266 | [* 8] |
1964年(昭和39年) | 8,712 | 4,301 | [* 9] |
1965年(昭和40年) | 8,772 | 4,347 | [* 10] |
1966年(昭和41年) | 8,458 | 4,148 | [* 11] |
1967年(昭和42年) | 8,787 | 4,349 | [* 12] |
1968年(昭和43年) | 9,183 | 4,523 | [* 13] |
1969年(昭和44年) | 9,535 | 4,814 | [* 14] |
1970年(昭和45年) | 9,070 | 4,630 | [* 15] |
1971年(昭和46年) | 9,496 | 4,770 | [* 16] |
1972年(昭和47年) | 10,150 | 5,084 | [* 17] |
1973年(昭和48年) | 9,938 | 4,937 | [* 18] |
1974年(昭和49年) | 10,426 | 5,223 | [* 19] |
1975年(昭和50年) | 10,495 | 5,175 | [* 20] |
1976年(昭和51年) | 10,119 | 5,009 | [* 21] |
1977年(昭和52年) | 9,841 | 4,811 | [* 22] |
1978年(昭和53年) | 9,938 | 4,905 | [* 23] |
1979年(昭和54年) | 9,536 | 4,803 | [* 24] |
1980年(昭和55年) | 8,937 | 4,707 | [* 25] |
1981年(昭和56年) | 9,665 | 4,696 | [* 26] |
1982年(昭和57年) | 9,616 | 4,645 | [* 27] |
1983年(昭和58年) | 9,711 | 4,706 | [* 28] |
1984年(昭和59年) | 10,401 | 4,925 | [* 29] |
1985年(昭和60年) | 11,017 | 4,997 | [* 30] |
1986年(昭和61年) | [注 1]11,405 | 5,139 | [* 31] |
1987年(昭和62年) | 11,322 | 5,094 | [* 32] |
1988年(昭和63年) | 11,213 | 5,093 | [* 33] |
1989年(平成元年) | 10,873 | 4,919 | [* 34] |
1990年(平成 | 2年)10,720 | 4,934 | [* 35] |
1991年(平成 | 3年)10,475 | 4,940 | [* 36] |
1992年(平成 | 4年)10,282 | 4,842 | [* 37] |
1993年(平成 | 5年)10,010 | 4,689 | [* 38] |
1994年(平成 | 6年)9,773 | 4,546 | [* 39] |
1995年(平成 | 7年)9,655 | 4,485 | [* 40] |
1996年(平成 | 8年)9,661 | 4,469 | [* 41] |
1997年(平成 | 9年)8,732 | 4,455 | [* 42] |
1998年(平成10年) | 8,689 | 4,464 | [* 43] |
1999年(平成11年) | 8,614 | 4,380 | [* 44] |
2000年(平成12年) | 8,537 | 4,306 | [* 45] |
2001年(平成13年) | 8,571 | 4,258 | [* 46] |
2002年(平成14年) | 8,449 | 4,220 | [* 47] |
2003年(平成15年) | 8,492 | 4,251 | [* 48] |
2004年(平成16年) | 9,050 | 4,214 | [* 49] |
2005年(平成17年) | 9,017 | 4,227 | [* 50] |
2006年(平成18年) | 9,001 | 4,203 | [* 51] |
2007年(平成19年) | 8,853 | 4,257 | [* 52] |
2008年(平成20年) | 8,566 | 4,151 | [* 53] |
2009年(平成21年) | 8,339 | 4,041 | [* 54] |
2010年(平成22年) | 8,162 | 3,962 | [* 55] |
2011年(平成23年) | 8,133 | 3,937 | [* 56] |
2012年(平成24年) | 8,289 | 4,027 | [* 57] |
2013年(平成25年) | 8,093 | 3,894 | [* 58] |
2014年(平成26年) | 7,934 | 3,869 | [* 59] |
2015年(平成27年) | 7,886 | 3,862 | [* 60] |
2016年(平成28年) | 8,150 | 4,006 | [* 61] |
2017年(平成29年) | 8,343 | 4,112 | [* 62] |
2018年(平成30年) | 8,828 | 4,384 | [* 63] |
2019年(令和元年) | 9,348 | 4,653 | [* 64] |
2020年(令和 | 2年)7,061 | 3,542 | [* 65] |
2021年(令和 | 3年)[小田急 2]7,983 | ||
2022年(令和 | 4年)[小田急 3]9,041 | ||
2023年(令和 | 5年)[小田急 1]9,543 |
駅周辺
[編集]代田地区は下北沢(代沢)周辺から続く低層住宅地で、大規模な商業施設や公共施設は存在しない。下北沢や新宿に近いこともあり、近年は住宅地としての人気が高まり、住宅の販売価格や家賃が上昇している。
- 世田谷代田駅前広場
- オダクル世田谷代田第2 - 駐輪場[24]。代田連絡線の跡地であり、通路には軌条と枕木を模したラインが描かれている[25]。
- キャメル珈琲 本社
- 代田東町会会館
- 下北線路街(当駅から下北沢駅までの地上時代の線路跡に2020年にオープン)
- 世田谷区立代田小学校
- 代田富士356広場
- 円乗院
- 代田八幡神社
- 齋田記念館
- 東京都道318号環状七号線(環七通り)
かつて存在していた施設
[編集]- 代田四丁目バス操車所(バス路線:蒲13系統〈→森91・品94〉)
- 「代田四丁目」は現在、環七通り上のバス停となっており、東急バス森91系統が発着している(2013年3月31日までは都営バスの宿91系統も発着していた)。
ドラマ作品
[編集]- silent(フジテレビ 2022年)
- 放映中より「ゆかりの地」として訪問する客が増え、2022年11月の定期乗車券を除く乗降客数は放映開始前の9月より22.7%も増加した[27]。小田急電鉄では、2022年4月より車両や駅構内のロケーションサービスを開始し、本作についてはテレビ局側の「下北沢付近」という要望に対して「ロケーションが良くてきれいで、乗降客が意外と少ない」という理由から当駅を候補地の1つに提案したと報じられている[28]。放映期間中には駅構内でドラマのBGMや主題歌を放送するタイアップも行われた[27]。2023年4月には小田急電鉄が制作したロケ地マップ(限定4万部)が、小田急線全駅と当駅の周辺施設で配布された[29]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 当駅の乗降人員最高値年度
出典
[編集]- ^ 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、98 - 99頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、800頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、205頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ a b 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、801頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ 佐藤信之「小田急電鉄連続立体化・複々線化事業を振り返る」『鉄道ピクトリアル』第68巻第6号(通巻946号)、電気車研究会、2018年6月1日、69 - 71頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 杉田弘志「小田急電鉄 列車運転の変遷とその興味」『鉄道ピクトリアル』第60巻第1号(通巻829号)、電気車研究会、2010年1月10日、213 - 218頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 『2013年3月23日初電から東北沢、下北沢、世田谷代田3駅を地下化します -代々木上原〜梅ヶ丘駅間上下線を地下化、9箇所の踏切を廃止-』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2013年1月31日。オリジナルの2019年5月16日時点におけるアーカイブ 。2020年4月11日閲覧。
- ^ “ODAKYUシモチカナビ vol.27” (PDF). 小田急電鉄 (2013年1月1日). 2019年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月21日閲覧。
- ^ 『小田急線・箱根登山線・箱根ロープウェイ・箱根海賊船にて 2014年1月から駅ナンバリングを順次導入します! 新宿駅から箱根・芦ノ湖まで通しのナンバリングにより、わかりやすくご利用いただけます』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄/箱根登山鉄道、2013年12月24日。オリジナルの2021年5月9日時点におけるアーカイブ 。2021年5月9日閲覧。
- ^ “ODAKYUシモチカナビⅡvol.10” (PDF). 小田急電鉄 (2015年7月1日). 2019年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
- ^ “ODAKYUシモチカナビⅡvol.16” (PDF). 小田急電鉄 (2017年1月1日). 2019年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
- ^ 『2018年3月3日初電から、代々木上原駅〜梅ヶ丘駅間において複々線での運転を開始します -東北沢・下北沢・世田谷代田3駅において新たなホームを使用開始します-』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2017年12月15日。オリジナルの2018年1月30日時点におけるアーカイブ 。2020年4月11日閲覧。
- ^ 『代々木上原〜登戸間の「複々線化」により小田急の通勤が変わる! 2018年3月、新ダイヤでの運行開始 〜ラッシュピーク混雑率150%、町田〜新宿間の最大12分短縮を実現〜 〜快速急行の登戸停車や列車種別の新設で、都心へのアクセス向上〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2017年11月1日。オリジナルの2019年4月15日時点におけるアーカイブ 。2020年4月11日閲覧。
- ^ 世田谷代田駅 東口 2021年3月6日10時から利用開始 - しもブロノート(2021年3月1日)2021年5月16日閲覧。
- ^ 『世田谷代田駅に「小田急環境ルーム」を開設します』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2017年3月9日。オリジナルの2020年5月10日時点におけるアーカイブ 。2020年5月10日閲覧。
- ^ 環境にやさしい鉄道の仕組み - 小田急のくらし(2021年5月28日)2023年7月1日閲覧。
- ^ 世田谷代田駅 店舗・サービス - 小田急電鉄(2018年3月4日閲覧)
- ^ “世田谷代田駅のご案内 駅立体図”. 小田急電鉄. 2023年6月3日閲覧。
- ^ “地下化後の世田谷代田駅に106段の階段-ネット上で話題に”. 下北沢経済新聞. (2013年3月28日) 2018年3月3日閲覧。
- ^ “世田谷代田駅のご案内・周辺情報|小田急電鉄”. 2015年9月5日閲覧。
- ^ 世田谷区統計書 - 世田谷区
- ^ レポート - 関東交通広告協議会
- ^ 東京都統計年鑑 - 東京都
- ^ “世田谷代田駅|駐輪場・駐車場”. 小田急電鉄. 2024年1月22日閲覧。
- ^ “オダクル世田谷代田第2”. Googleマップ. 2024年1月22日閲覧。
- ^ 下北線路街に誕生した「ボーナストラック」を徹底紹介!カレーやスイーツなど全13テナント情報も♪ - じゃらんニュース(2020年4月9日)2023年7月1日閲覧。
- ^ a b “「silent」効果で世田谷代田駅の乗降客22%増 成功の陰に小田急電鉄の新戦略”. 産経新聞. (2022年12月21日) 2023年2月9日閲覧。
- ^ “小田急・世田谷代田駅、人気ドラマの「聖地」に 「silent」プロデューサーの狙いは”. 朝日新聞. (2022年12月7日) 2023年2月9日閲覧。
- ^ 小田急電鉄によるドラマ「silent」ロケ地マップ、小田急線全70駅で4/1から配布開始! - しもブロ(2023年3月30日)2023年7月1日閲覧。
- 小田急電鉄の1日平均利用客数
- ^ a b c “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2024年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月14日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- 東京都統計年鑑
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- ^ 昭和32年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和33年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和34年
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- ^ 昭和56年
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- ^ 昭和59年
- ^ 昭和60年
- ^ 昭和61年
- ^ 昭和62年
- ^ 昭和63年
- ^ 平成元年
- ^ 平成2年
- ^ 平成3年
- ^ 平成4年
- ^ 平成5年
- ^ 平成6年
- ^ 平成7年
- ^ 平成8年
- ^ 平成9年
- ^ 平成10年 (PDF)
- ^ 平成11年 (PDF)
- ^ 平成12年
- ^ 平成13年
- ^ 平成14年
- ^ 平成15年
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- ^ 平成17年
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- ^ 平成22年
- ^ 平成23年
- ^ 平成24年
- ^ 平成25年
- ^ 平成26年
- ^ 平成27年
- ^ 平成28年
- ^ 平成29年
- ^ 平成30年
- ^ 平成31年・令和元年
- ^ 令和2年
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 小田急電鉄 世田谷代田駅
- 入選%20小田急電鉄%20世田谷代田駅 - 鉄道建築協会賞、作品部門、2017年度受賞(インターネットアーカイブ・2022年時点の版)。