下芥見駅
表示
下芥見駅 | |
---|---|
駅舎(2005年2月) | |
しもあくたみ SHIMO AKUTAMI | |
◄岩田 (1.2 km) (1.6 km) 上芥見► | |
所在地 |
岐阜県岐阜市芥見1丁目 北緯35度26分59.4秒 東経136度50分31.9秒 / 北緯35.449833度 東経136.842194度座標: 北緯35度26分59.4秒 東経136度50分31.9秒 / 北緯35.449833度 東経136.842194度 |
所属事業者 | 名古屋鉄道 |
所属路線 | 美濃町線 |
キロ程 | 9.3 km(徹明町起点) |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
885人/日 -1992年[1]- |
開業年月日 | 1911年(明治44年)2月11日 |
廃止年月日 | 2005年(平成17年)4月1日 |
備考 | 無人駅 |
下芥見駅(しもあくたみえき)は、岐阜県岐阜市芥見1丁目にあった名古屋鉄道美濃町線の駅。
美濃町線の廃止にともない、2005年(平成17年)4月1日をもって廃駅となった。かつての急行停車駅。
歴史
[編集]1911年(明治44年)に美濃町線が美濃電気軌道の路線として開業した際に開設された。当初は有人駅であったが、1955年(昭和30年)ころから無人駅となっている。
- 1911年(明治44年)2月11日 - 美濃電気軌道の神田町駅(のちの岐阜柳ヶ瀬駅) - 上有知駅(のちの美濃駅)間の開通と同時に開業[2]。
- 1930年(昭和5年)8月20日 - 美濃電気軌道が名古屋鉄道(初代。同年中に名岐鉄道に改称し、1935年より名古屋鉄道に再改称)に合併。同社の美濃町線の駅となる[2]。
- 1955年(昭和30年)ころ - 無人化[3]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 美濃町線の廃止に伴い廃駅となる[4]。
駅構造
[編集]相対式2面2線のホームを持つ交換可能駅。ホーム間の行き来は構内踏切で行い、その通路を挟んで上下線列車が斜向かいに停車していた。美濃町線には珍しく木造駅舎が設置されていた。なお、この駅を境に関方面はスタフ閉塞、徹明町・名鉄岐阜方面は特殊自動閉塞となっていたため、運転士間のタブレットの受け渡しも見られた。営業上は無人駅であったが、当駅でタブレットの取り扱いを行うために係員が派遣されていた。
駅跡地には現在ソーラーパネルが並べられている。また、駅の構造物の一部が残る。
-
駅構内 (2005年3月 車窓から撮影)
-
駅跡 関側から名鉄岐阜方面を見る(2017年7月)
配線図
[編集] ← 徹明町方面 |
→ 新関方面 |
|
凡例 出典:[5] |
利用状況
[編集]- 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は885人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中235位、 美濃町線日野橋 - 美濃間(14駅)中3位であった[1]。
駅周辺
[編集]隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
- ^ a b 『岐阜のチンチン電車 岐阜市内線と美濃町・揖斐・谷汲線の85年』郷土出版社、1997年、219-230頁。ISBN 4-87670-097-4。
- ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、880頁。
- ^ 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 7 東海、新潮社、2008年、51-52頁。ISBN 978-4-10-790025-8。
- ^ 宮脇俊三・原田勝正 『東京・横浜・千葉・名古屋の私鉄 (JR・私鉄全線各駅停車)』小学館、1993年、209頁、ISBN 978-4093954112)