三宅誠一
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三宅 誠一(みやけ せいいち、旧姓・眞柄、1891年(明治24年)1月[1] - 没年不明)は、日本の実業家、大阪府多額納税者[1][2]。三宅総本店代表取締役[3]。いろは総本店、精肉料理業[3]。
人物
[編集]大阪府人・眞柄宗三郎の二男[1][3]。三宅熊五郎の養子となり1913年、分家して一家を創立する[1]。「いろは総本店」と称し割烹業[1]、精肉料理業[3]を営む。住所は大阪市西区松島町[1](現・千代崎)。
『商工資産信用録 第34回 近畿版』によると、三宅総本店の三宅誠一(調査年月・1933年1月)は「正身身代・不詳、信用程度・D、職業・精肉、和洋料理」である[4]。
家族
[編集]- 三宅家
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第8版』ミ33頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月15日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第31版』付録 全国多額納税者 大阪府10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月15日閲覧。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第13版 下』ミ34頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月15日閲覧。
- ^ 『商工資産信用録 第34回 近畿版』大阪府み之部286頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月15日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第23版』大阪み353頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月22日閲覧。
- ^ 『人事興信録 第6版』み23頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月22日閲覧。
参考文献
[編集]- 交詢社編『日本紳士録 第23版』交詢社、1919年。
- 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
- 交詢社編『日本紳士録 第31版』交詢社、1927年。
- 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
- 『商工資産信用録 第34回 近畿版』商業興信所、1933年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。