コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

三好幸雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三好 幸雄
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県板野郡松茂町
生年月日 (1945-09-24) 1945年9月24日(79歳)
身長
体重
175 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1964年
初出場 1965年
最終出場 1976年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三好 幸雄(みよし ゆきお、1945年9月24日- )は、徳島県板野郡松茂町出身の元プロ野球選手である。ポジションは投手。

来歴・人物

[編集]

徳島商業高校ではエースとして活躍、1962年秋季四国大会に進むが、1回戦で島田伸也のいた高知商に惜敗。翌1963年には夏の甲子園に出場。1回戦で小林正之のいた日大一高を降し、2回戦に勝ち進むが高田商に逆転負け[1]

高校卒業後、1964年広島カープへ入団。1965年に一軍に上がり、同年4月15日に初先発を果たす。10月5日には大洋ホエールズとのダブルヘッダー第2試合でプロ初勝利を記録。1967年には主に中継ぎとして41試合に登板、6勝を挙げた。その後も中継ぎとして起用されるが、1972年オフに戦力外通告を受ける。

1973年より阪急ブレーブスへ移籍。1974年は開幕から先発の一角として起用され、4月10日には日本ハムファイターズ高橋直樹と投げ合い、プロ入り11年目にして初の完封勝利を成し遂げている。その後も中継ぎ、抑えとして活躍し、1975年1976年にはリーグ優勝と日本シリーズ優勝を経験。しかし1977年は一軍での登板機会がなく、この年限りで引退

引退後は故郷・徳島に戻り、飲食店を経営していたが、現在は店を閉じている。

制球の良い投手で、カーブシュートが得意球であった。トニー谷に似た容姿から、「トニー」の愛称でファンに親しまれた。

詳細情報

[編集]

年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
1965 広島 25 2 0 0 0 1 0 -- -- 1.000 183 47.1 41 1 10 0 0 18 1 0 13 13 2.49 1.08
1966 14 0 0 0 0 0 0 -- -- ---- 76 19.1 21 1 4 0 0 6 0 0 8 8 3.79 1.29
1967 41 2 0 0 0 6 3 -- -- .667 431 109.0 89 6 28 2 3 42 1 0 37 36 2.97 1.07
1968 30 0 0 0 0 2 2 -- -- .500 220 50.1 58 5 14 1 1 22 1 0 25 20 3.60 1.43
1969 17 0 0 0 0 1 1 -- -- .500 140 31.1 42 5 8 0 0 24 0 0 21 19 5.52 1.60
1970 9 1 0 0 0 0 1 -- -- .000 62 14.0 21 0 1 0 2 8 0 0 10 8 5.14 1.57
1971 22 0 0 0 0 1 0 -- -- 1.000 151 36.0 35 1 12 2 1 7 0 0 14 13 3.25 1.31
1972 15 0 0 0 0 0 1 -- -- .000 75 19.1 18 2 4 1 2 8 0 0 10 9 4.26 1.14
1973 阪急 17 0 0 0 0 1 3 -- -- .250 173 40.1 39 7 18 3 2 14 1 0 24 21 4.73 1.41
1974 26 6 1 1 0 1 3 0 -- .250 263 59.1 62 5 28 0 5 33 2 1 31 21 3.20 1.52
1975 27 3 0 0 0 2 2 1 -- .500 462 108.1 111 9 45 1 8 36 3 0 44 38 3.17 1.44
1976 14 0 0 0 0 0 0 2 -- ---- 221 52.0 49 6 23 0 3 23 0 0 23 21 3.63 1.38
通算:12年 257 14 1 1 0 15 16 3 -- .484 2457 586.2 586 48 195 10 27 241 9 1 260 227 3.48 1.33

背番号

[編集]
  • 32 (1964年 - 1972年)
  • 66 (1973年)
  • 37 (1974年 - 1977年)

脚注

[編集]
  1. ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年

関連項目

[編集]