ヴィヴィアン・バラクリシュナン
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ヴィヴィアン・バラクリシュナン Vivian Balakrishnan விவியன் பாலகிருஷ்ணன் | |
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生年月日 | 1961年1月25日(63歳) |
出生地 | シンガポール |
出身校 |
シンガポール国立大学 エジンバラ王立外科医学院 |
所属政党 | 人民行動党 |
配偶者 | ジョイ・バラクリシュナン |
内閣 | 第4・5次リー・シェンロン内閣 |
在任期間 | 2015年10月1日 - |
首相 | リー・シェンロン |
環境水資源大臣 | |
内閣 | 第3次リー・シェンロン内閣 |
在任期間 | 2011年5月21日 - 2015年9月30日 |
首相 | リー・シェンロン |
内閣 | 第1・2次リー・シェンロン内閣 |
在任期間 | 2004年8月12日 - 2011年5月20日 |
首相 | リー・シェンロン |
在任期間 | 2001年 - |
その他の職歴 | |
スマート・ネーション・イニシアティブ担当大臣 (2014年 - 2021年) |
ヴィヴィアン・バラクリシュナン (Dr. Vivian Balakrishnan、タミル語: விவியன் பாலகிருஷ்ணன்; 1961年1月25日 - ) は、シンガポールの政治家。現在、外務大臣。人民行動党党員。
スマート・ネーション・イニシアティブ担当大臣、環境水資源大臣、コミュニティ開発・青少年・スポーツ大臣、情報通信・芸術副大臣、および貿易産業副大臣を歴任。
来歴
[編集]同じ小学校で働く教師として出会った、タミル系の父と中華系の母の間に生まれる。
シンガポール国立大学医学部卒業後、エジンバラ王立外科医学院(Ph.D)修了。1993年から 1995年まで、ロンドンのムーアフィールズ眼科病院に小児眼科の医師として勤務。その後、シンガポールに戻り、国立眼科センター、シンガポール国立大学病院、1998年にシンガポール国立大学准教授、1999年に、シンガポール国立眼科センター医長、2000年にシンガポール総合病院のCEOを歴任[1]。
2001年に国会議員初当選。
人物
[編集]- 10代の頃からコンピュータやプログラミングに熱中し、ロンドンで眼科医として勤務していた際には、電子カルテの補助プログラムを作成、閣僚就任以降も趣味でRaspberry Piなどを使ってガジェットを自作している。[2][3]
- リー・シェンロン首相が趣味でC++で作成し公開した数独解法プログラムを、1週間かけてJavaScriptに移植し、自らのウェブサイトで公開した。[4]
脚注
[編集]- ^ “About Vivian Balakrishnan – Vivian Balakrishnan”. Vivian.balakrishnan.sg (22 June 2011). 29 July 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月10日閲覧。
- ^ “What's in... Dr Vivian Balakrishnan's gadget boxes”. 2014年4月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月6日閲覧。
- ^ “Apple創業者ともガチで語れる“ギーク大臣”が明かす、「技術で国家の未来を作る3つの指針」とは”. エンジニアtype 高須正和のアジアンハッカー列伝. 2021年6月6日閲覧。
- ^ “Vivian Balakrishnan translates PM Lee's sudoku solver to another programming language”. The Straits Times (2015年5月22日). 2021年6月6日閲覧。