マイケル・ベイツ (アメリカンフットボール)
獲得メダル | ||
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アメリカ合衆国 | ||
陸上競技 | ||
オリンピック | ||
銅 | 1992 バルセロナ | 男子200 m |
マイケル・ダイオン・ベイツ(Michael Dion Bates、1969年12月19日 - )は、アメリカ合衆国のアメリカンフットボール選手、陸上競技選手。1992年バルセロナオリンピックの銅メダリストである。
経歴
[編集]ベイツはアリゾナ州ツーソンのハイスクール時代からアメリカンフットボールと陸上競技の選手として有名で、新聞や雑誌などでも取り上げられるほど評価が高かった。
ベイツは、1989年、1990年と2年連続して、パシフィック・テン・カンファレンスにおいて、陸上競技の100m、200mを制覇した。また、全米大学選手権でも、1989年に、4×100mリレーでアリゾナ大学の代表メンバーの一員として、2位となった経歴を持つ。1992年のバルセロナオリンピック代表を決める全米選手権の200mに出場し、20秒01の自己ベストを出しオリンピック出場を決める。
バルセロナオリンピックでは、全米選手権も制していた同じアメリカのマイケル・ジョンソンが食中毒のため準決勝で敗退。決勝は、アメリカのマイク・マーシュ、ナミビアのフランク・フレデリクスに次いで20秒38で3位となり、ベイツは銅メダルを手にした。
陸上競技での実績
[編集]年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 |
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1991 | ユニバーシアード | シェフィールド(イギリス) | 100m | 1位 | 10秒17 |
1992 | オリンピック | バルセロナ(スペイン) | 200m | 3位 | 20秒38 |
アメリカンフットボールでの経歴
[編集]ベイツはアリゾナ大学でアメリカンフットボールの選手としても活躍。1992年のNFLドラフトでシアトル・シーホークスから全体で150番目に指名される。ただし、チームに参加したのはオリンピックが終わった後の1993年のシーズンからであった。
ベイツは、NFL通算10シーズンのうち6シーズンをカロライナ・パンサーズに在籍。NFLでは俊足を生かし、キックオフリターナーとして活躍。キックオフリターンタッチダウン5回を含め、キックオフリターンで9110ヤードを記録。特に、パンサーズに移籍した1996年には、キックオフリターンタッチダウン1回を含め、キックオフリターン33回で998ヤードを獲得。平均獲得ヤード30.2ヤードというすばらしい成績を残した。パンサーズ時代の1996年から5年間、プロボウルに出場しオールプロにも選ばれている。また、1990年代オール・ディケイド・チームにも選出されている。
弟のマリオ・ベイツも1992年にNFLニューオーリンズ・セインツからドラフト第2ラウンドで指名され、セインツ、アリゾナ・カージナルスでプレイした選手である。
所属チーム
[編集]- シアトル・シーホークス (1993年 - 1994年)
- クリーブランド・ブラウンズ (1995年)
- カロライナ・パンサーズ (1996年 - 2000年)
- ワシントン・レッドスキンズ (2000年)
- カロライナ・パンサーズ (2002年)
- ダラス・カウボーイズ (2003年)
- ニューヨーク・ジェッツ (2003年)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- マイケル・ベイツ - ワールドアスレティックスのプロフィール
- マイケル・ベイツ - Olympedia
AP通信 オールプロ ファーストチーム選出(1回) | ||||||
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