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ブロウ・バイ・ブロウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『ブロウ・バイ・ブロウ』
ジェフ・ベックスタジオ・アルバム
リリース
録音 1974年10月
ジャンル ロック
時間
レーベル エピック・レコード
プロデュース ジョージ・マーティン
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 4位(アメリカ[1]
  • 27位(日本[2]
  • ジェフ・ベック アルバム 年表
    ジェフ・ベック・グループ
    (1972年)
    ブロウ・バイ・ブロウ
    (1975年)
    ワイアード
    (1976年)
    テンプレートを表示

    ブロウ・バイ・ブロウ』 (Blow by Blow) は、1975年にリリースされたジェフ・ベックのアルバム。発表当時の邦題は、『ギター殺人者の凱旋』(The Return of Axe Murderer)であった。

    解説

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    1974年1月、ベック・ボガート・アンド・アピス(BBA)はイギリス・ツアーを行ない、同月26日にはロンドンのレインボー・シアターでコンサートを行った[注釈 1]。このコンサートでベックとティム・ボガートが衝突した結果、その後のスケジュールはキャンセルされ、BBAは5月頃に自然消滅した。その後、ベックはジャズ・フュージョン・バンドのアップ(UPP)のレコーディングのプロデュースとギターを担当し、9月にはUPPと共にBBCに出演した。

    彼は当時ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラジャズ・ロック的なアプローチに傾倒し、彼等のアルバム『黙示録 Apocalypse』(1974年)のプロデューサーだったジョージ・マーティンに新作のプロデュースを依頼した。また第二期ジェフ・ベック・グループのメンバーだったマックス・ミドルトンに参加を要請した[注釈 2]。1974年12月、本作のレコーディングがマーティンが設立したロンドンエアー・スタジオで開始された。

    6曲目の「哀しみの恋人達」はスティーヴィー・ワンダーの作曲で[注釈 3]ロイ・ブキャナンに捧げられている。本作もまた4チャンネル・ステレオ盤が存在し、全曲でミックスが異なっている。

    本作は、ビルボード・チャートで4位を獲得している。発表後、ベックは4月から7月にかけてアメリカ・ツアーを行い、マハヴィシュヌ・オーケストラとのジョイント・コンサートも実現させた。8月には1973年5月のBBAの日本公演に続く2度目の来日を果たし、風邪をおして「ワールド・ロック・フェスティバル・イーストランド」に出演したものの、急性肺炎の疑いと診断されて京都及び仙台公演をキャンセルした。

    日本公演日程

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    1975年

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    ※ワールド・ロック・フェスティバル・イーストランド

    収録曲

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    Side 1

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    1. 分かってくれるかい - You Know What I Mean (Beck, Middleton) 4:05
    2. シーズ・ア・ウーマン - She's a Woman (Lennon-McCartney) 4:31
    3. コンスティペイテッド・ダック - Constipated Duck (Beck) 2:48
    4. エアー・ブロワー - Air Blower (Bailey, Beck, Chen, Middleton) 5:09
    5. スキャッターブレイン - Scatterbrain (Beck, Middleton) 5:39

    Side 2

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    1. 哀しみの恋人達 - Cause We've Ended as Lovers (Wonder) 5:42
    2. セロニアス - Thelonius (Wonder) 3:16
    3. フリーウェイ・ジャム - Freeway Jam (Middleton) 4:58
    4. ダイヤモンド・ダスト - Diamond Dust (Holland) 8:26

    パーソネル

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    脚注

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    注釈

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    1. ^ 2023年、同コンサートの音源を収録した"Beck, Bogert, & Appice Live In Japan/Live In London 1974"が発表された。
    2. ^ ミドルトンはトリオになる前のBBAが1972年8月に5人編成で行なったアメリア・ツアーに参加した後、ジェフ・ベック・グループ時代の同僚だったボブ・テンチ、クライヴ・チャーマンとハミングバードというバンドを結成して活動していた。彼はベックの要請を快諾してレコーディングに参加した。
    3. ^ 原曲は1974年にワンダーが当時の妻シリータ・ライトのアルバムのために作詞作曲し、本曲はそのインストルメンタル・ヴァージョンである[3]

    出典

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    1. ^ Blow by Blow - Jeff Beck : Awards : AllMusic
    2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.160
    3. ^ [1]