ブルーム=ヴォークス男爵
ブルーム=ヴォークス男爵 Baron Brougham and Vaux | |
---|---|
Arms:Gules a Chevron between three Lucies hauriant Argent Crest:A Dexter Arm in Armour embowed proper the hand holding a Lucy fesswise Argent and charged on the elbow with a Rose Gules Supporters:Dexter: a Lion Vert armed and langued Gules gorged with a Vaux Collar checky Or and of the second; Sinister: a Stag Argent attired and unguled Or holding in the mouth a Rose Gules barbed and seeded Vert
| |
創設時期 | 1860年5月22日 |
創設者 | ヴィクトリア |
貴族 | 連合王国貴族 |
初代 | 初代男爵ヘンリー・ブルーム |
現所有者 | 6代男爵チャールズ・ブルーム |
相続人 | ヘンリー・ブルーム閣下 |
付随称号 | なし |
現況 | 存続 |
モットー | 王と法と民のために (Pre Rege Lege Grege) |
ブルーム=ヴォークス男爵(英語: Baron Brougham and Vaux)は、連合王国貴族の男爵位。ホイッグ党の政治家ヘンリー・ブルームが1830年と1860年に叙されたのに始まる。1830年創設の男爵位は一代で廃絶したが、1860年創設の男爵位は特別継承者の規定により弟ウィリアム・ブルームとその男系子孫によって継承されて現存している。
歴史
[編集]法廷弁護士でホイッグ党の庶民院議員だったヘンリー・ピーター・ブルーム(Henry Peter Brougham, 1778–1868)は、1830年から1834年の第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイを首相とするホイッグ党政権において大法官として入閣。当時の大法官は貴族院議長の役割も担っていたため、この就任の際の1830年11月22日に連合王国貴族ウェストモーランド州におけるブルームのブルーム=ヴォークス男爵((Baron Brougham and Vaux, of Brougham in the County of Westmorland))に叙せられて貴族院議員に列した[1][2][3]。彼はホイッグ左派として知られ[4]、第一次選挙法改正の貴族院通過に尽力した[5]。彼には男子がなかったため、1860年3月22日には弟ウィリアム・ブルーム(William Brougham, 1795–1886)とその男系男子を特別継承者(special remainder)とする規定付きの連合王国貴族爵位ウェストモーランド州におけるブルームおよびカンバーランド州におけるハイヘッド城におけるブルーム=ヴォークス男爵(Baron Brougham and Vaux, of Brougham in the County of Westmorland and of Highhead Castle in the County of Cumberland)位を与えられた[1][2]。
その結果、1868年5月7日に初代男爵が死去した後、1830年創設のブルーム=ヴォークス男爵位は廃絶したが、1860年創設のブルーム=ヴォークス男爵位は弟のウィリアムに継承された。ウィリアムも襲爵前の1831年から1834年にかけてホイッグ党の庶民院議員を務めていた[6]。
2代男爵の死後は、その息子のヘンリー・チャールズ・ブルーム(Henry Charles Brougham, 1836–1927)が3代男爵を継承した[7][2]。
3代男爵の息子ヘンリー・ブルーム(Henry Brougham,1887-1927)は父に先だったため、3代男爵の死後はヘンリーの息子であるヴィクター・ヘンリー・ピーター・ブルーム(Victor Henry Peter Brougham, 1909–1967)が4代男爵を継承した[2]。
4代男爵の死後はその息子マイケル・ジョン・ブルーム(Michael John Brougham, 1938-)が5代男爵を継承。彼は1999年の貴族院法で世襲貴族の議席が92議席に限定された後も世襲貴族枠の貴族院議員に選び残された[2]。
男爵家の紋章に刻まれるモットーは『王と法と民のために(Pre Rege Lege Grege)』[2]。
歴代当主
[編集]第1期ブルーム=ヴォ―クス男爵 (1830年)
[編集]- 初代ブルーム=ヴォークス男爵ヘンリー・ピーター・ブルーム(Henry Peter Brougham, 1778–1868)
- 1860年に第2期ブルーム=ヴォークス男爵に叙される。第1期ブルーム=ヴォークス男爵は彼の死後に廃絶。
第2期ブルーム=ヴォークス男爵 (1860年)
[編集]- 初代ブルーム=ヴォークス男爵ヘンリー・ピーター・ブルーム(Henry Peter Brougham, 1778–1868)
- 2代ブルーム=ヴォークス男爵ウィリアム・ブルーム (William Brougham, 1795–1886) - 先代の弟
- 3代ブルーム=ヴォークス男爵ヘンリー・チャールズ・ブルーム (Henry Charles Brougham, 1836–1927) - 先代の息子
- 4代ブルーム=ヴォークス男爵ヴィクター・ヘンリー・ピーター・ブルーム (Victor Henry Peter Brougham, 1909–1967) - 先代の孫
- 5代ブルーム=ヴォークス男爵マイケル・ジョン・ブルーム (Michael John Brougham, 1938-) - 先代の息子
- 6代ブルーム=ヴォークス男爵チャールズ・ウィリアム・ブルーム(Hon. Charles William Brougham, 1971-2023)
爵位の法定推定相続人はその息子ヘンリー・ジョージ・ブルーム(Henry George Brougham, 2012-)
系図
[編集]ヘンリー・ブルーム (1742-1810) | |||||||||||||
1830年ブルーム=ヴォークス男爵(1期) 1860年ブルーム=ヴォークス男爵(2期) | |||||||||||||
初代ブルーム=ヴォークス男爵 初代ブルーム=ヴォークス男爵 ヘンリー・ブルーム (1778-1868) | 2代ブルーム=ヴォークス男爵 ウィリアム・ブルーム (1795-1886) | ||||||||||||
ブルーム=ヴォークス男爵(1期)廃絶 | |||||||||||||
3代ブルーム=ヴォークス男爵 ヘンリー・ブルーム (1836-1927) | |||||||||||||
ヘンリー・ブルーム (1887-1927) | |||||||||||||
4代ブルーム=ヴォークス男爵 ヴィクター・ブルーム (1909–1967) | |||||||||||||
5代ブルーム=ヴォークス男爵 マイケル・ブルーム (1938–2023) | |||||||||||||
6代ブルーム=ヴォークス男爵 チャールズ・ブルーム (1971–) | |||||||||||||
ヘンリー・ブルーム (2012–) | |||||||||||||
脚注
[編集]- ^ a b Lundy, Darryl. “Henry Brougham, 1st Baron Brougham and Vaux” (英語). thepeerage.com. 2019年4月18日閲覧。
- ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Brougham and Vaux, Baron (UK, 1860)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2019年4月18日閲覧。
- ^ UK Parliament. “Mr Henry Brougham” (英語). HANSARD 1803–2005. 2019年3月28日閲覧。
- ^ 君塚直隆 1999, p. 60.
- ^ 松村赳 & 富田虎男 2000, p. 98.
- ^ Lundy, Darryl. “William Brougham, 2nd Baron Brougham and Vaux” (英語). thepeerage.com. 2019年4月18日閲覧。
- ^ Lundy, Darryl. “Henry Charles Brougham, 3rd Baron Brougham and Vaux” (英語). thepeerage.com. 2019年4月18日閲覧。
参考文献
[編集]- 君塚直隆『イギリス二大政党制への道 後継首相の決定と「長老政治家」』有斐閣、1999年。ISBN 978-4641049697。
- 松村赳、富田虎男『英米史辞典』研究社、2000年。ISBN 978-4767430478。