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フロリダ (モニター)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
艦歴
発注
起工 1899年1月23日
進水 1901年11月30日
就役 1903年6月18日
退役 1922年3月24日
その後 1922年7月25日にスクラップとして売却
除籍
性能諸元
排水量 3,225トン
全長 252 ft (77 m)
全幅 50 ft (15.2 m)
吃水 12 ft 6 in (3.8 m)
機関
最大速 12ノット (22 km/h)
乗員 士官、兵員220名
兵装 12インチ砲2門、4インチ砲4門、6ポンド砲2門

フロリダ (USS Florida, M/BM-9) は、アメリカ海軍モニター艦。アーカンソー級モニターの1隻。艦名はフロリダ州に因む。その名を持つ艦としては4隻目。

艦歴

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フロリダは1899年1月23日にニュージャージー州エリザベスポートクレセント造船所で起工した。1901年11月30日にS・ウッドによって命名、進水し、1903年6月18日に艦長J・C・フリーモント中佐の指揮下就役した。

就役後フロリダは沿岸戦隊に配属され、海軍兵学校生の夏季訓練巡航や、東海岸沿いおよびカリブ海での作戦活動に従事した。1906年9月3日にはロングアイランドオイスターベイで行われたルーズベルト大統領による観閲式に参加し、その4日後に海軍兵学校に帰還、再び訓練任務に従事する。1906年9月11日に予備役に置かれるが、1907年6月7日から8月3日まで現役任務に復帰し海軍兵学校生の夏季巡航に従事、1908年5月21日から6月19日までは砲術訓練を行った。

戦艦に州の名を命名するため、フロリダは1908年7月1日にタラハシー (USS Tallahassee) と改名された。1910年8月1日、タラハシーは予備役に置かれ、定期的な砲術訓練および潜水母艦としてパナマ運河地帯ノーフォークでしばしば活動した。1911年3月22日には標的艦のサンマルコス (San Marcos) を撃沈した。第一次世界大戦中は潜水母艦としてパナマ運河地帯、バージン諸島バミューダで活動し、1918年12月3日にチャールストン海軍工廠で退役した。1920年2月19日に第6海軍管区の訓練艦として配属され、1920年9月3日から1922年3月24日まで使用された。

タラハシーは1921年7月20日に IX-16 (雑役船)に指定され、1922年3月24日に完全に退役し、1922年7月25日にワシントンD.C. のアミュニション・プロダクツ株式会社に売却された。

外部リンク

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