フアン・パブロ・カリーソ
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2008年のカリーソ | ||||||
名前 | ||||||
愛称 | カリ | |||||
ラテン文字 | Juan Pablo CARRIZO | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
アルゼンチン イタリア | |||||
生年月日 | 1984年5月6日(40歳) | |||||
出身地 | ビジャ・コンスティトゥシオン | |||||
身長 | 187cm | |||||
体重 | 87kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | GK | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2001-2005 | リーベル・プレート | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2005-2008 | リーベル・プレート | 69 | (0) | |||
2008-2013 | ラツィオ | 25 | (0) | |||
2009-2010 | → レアル・サラゴサ (loan) | 16 | (0) | |||
2010-2011 | → リーベル・プレート (loan) | 34 | (0) | |||
2012 | → カターニア (loan) | 14 | (0) | |||
2013-2017 | インテル | 9 | (0) | |||
2017-2018 | モンテレイ | 5 | (0) | |||
2019 | セロ・ポルテーニョ | 34 | (0) | |||
代表歴 | ||||||
2007-2012 | アルゼンチン | 12 | (0) | |||
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フアン・パブロ・カリーソ(Juan Pablo Carrizo, 1984年5月6日 - )は、アルゼンチン・ビジャ・コンスティトゥシオン出身の元サッカー選手である。現役時代のポジションはゴールキーパー。
経歴
[編集]クラブ
[編集]- アルゼンチン時代
2006年にティロ・フェデラル戦でリーベル・プレートのトップチームデビュー。アルゼンチン代表経験のあるヘルマン・ルクスからポジションを奪取し、正GKに定着した。
- ラツィオ
2007年夏にイタリアのラツィオへ移籍した。引退した元イタリア代表のアンジェロ・ペルッツィの後継者として期待されていたが、信じられないミスを連発してフェルナンド・ムスレラに正GKの座を奪われてしまった。2009年7月24日にレアル・サラゴサへレンタル移籍。サラゴサでは序盤戦からレギュラーを務めていたが、年明け以降はアトレティコ・マドリードから加入したロベルト・ヒメネスにレギュラーを奪われた。
2010年7月7日、古巣リーベル・プレートにレンタルで復帰。正GKとして活躍したが、チームは史上初となるプリメーラB・ナシオナルへ降格するなど、散々な1年を経験した。
2011年6月30日にレンタル元のラツィオに復帰。ムスレラは既にトルコのガラタサライに移籍していたが、後釜としてカリアリから加入したフェデリコ・マルケッティとアルバノ・ビサーリが在籍していたため、ベンチ外の日々が続いた。
冬の移籍市場では本田圭佑とのトレードでCSKAモスクワへの移籍が噂されていたが[1]、2012年1月31日に、エストゥディアンテスへレンタル移籍した同胞のマリアーノ・アンドゥハルの後釜としてカターニアへレンタル移籍。移籍後は定位置を確保した。シーズン終了後にラツィオへ復帰したが、前シーズンと同様に第3GK扱いとなり出番はなかった。
- インテル
2013年1月31日、ルカ・カステラッツィの負傷によりGK不足となっていたインテルへレンタル移籍[2]。サミール・ハンダノヴィッチの出場停止により3月10日のボローニャ戦で急遽先発出場したが、後半にアルベルト・ジラルディーノにゴールを許し、これが決勝点となって0-1で敗れた。
2013年7月、インテルはカリーソとの契約を2015年6月30日まで延長[3]。その後はコッパ・イタリアやUEFAヨーロッパリーグなどで定期的に出場機会を得たものの、2017年5月に2016-17シーズンをもって退団することが発表され[4]、2017年5月28日のウディネーゼ戦に先発出場を果たし勝利に貢献した[5]。
- モンテレイ
2017年6月8日、メキシコ・リーガMXのCFモンテレイへ自由移籍で加入[6]。
パスポート問題
[編集]2007年夏、ラツィオへ移籍するに際し、イタリアに起源を持つという先祖を証明する書類が認められず、EUパスポートを取得できない問題が起きた。移籍先のラツィオはEU外選手の枠が既に埋まっていたので、カリーソを移籍元であったリーベルへレンタル移籍で送り返した[7]。ラツィオは代替措置としてウルグアイ人GKフェルナンド・ムスレラを獲得した。
結局、カリーソが正式にラツィオの一員となることができたのは1年遅れの翌2008年夏であった[8]。
代表
[編集]2007年4月18日に行われたチリ戦で代表デビューを飾った。その後もコンスタントに代表に招集されていたが、前述のラツィオでの失敗もあって2010 FIFAワールドカップに向けたメンバーには選出されなかった。コパ・アメリカ2011では第3GKとして招集された。
個人成績
[編集]代表での成績
[編集]- 出典[9]
アルゼンチン代表 | 国際Aマッチ | |
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年 | 出場 | 得点 |
2007 | 1 | 0 |
2008 | 6 | 0 |
2009 | 3 | 0 |
2010 | 0 | 0 |
2011 | 2 | 0 |
通算 | 12 | 0 |
脚注
[編集]- ^ ラツィオ、本田と個人面では合意? - Goal.com 2012年1月21日
- ^ インテルが4選手獲得を発表 控えGKにカリソ - Goal.com 2013年2月1日
- ^ インテルがGKカリーソとの契約を2015年まで延長 - サッカーキング 2013年7月6日
- ^ パラシオ、カリーソとの最後の試合 - inter.it 2017年5月28日
- ^ 長友後半出場のインテル3か月ぶり連勝、ありがとうパラシオ&カリーソ「インテルは誇り」 - ゲキサカ 2017年5月29日
- ^ メキシコ1部・モンテレイ、インテルの第2GKカリーソ獲得を正式発表 - サッカーキング 2017年6月9日
- ^ 偉大なGKへの道を歩むカリーソ 今季のリーベルを支える若き守護神 スポーツナビ 2008年4月25日
- ^ アルゼンチン人GKカリーソ、ようやくラツィオで選手登録へ 欧州通信 2008年7月8日
- ^ “Carrizo, Juan Pablo”. National-Football-Teams.com. 2017年7月8日閲覧。
外部リンク
[編集]- フアン・パブロ・カリーソ - Soccerwayによる個人成績
- transfermarkt