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パッペンハイマー小体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
パッペンハイマー小体。左はメイ・グリュンワルド・ギムザ染色、右は鉄染色。

パッペンハイマー小体(パッペンハイマーしょうたい、()Pappenheimer bodies)とは、赤血球細胞質にみられる、顆粒状に青く染まる、鉄を含む封入体である。

概要

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パッペンハイマー小体とは、赤血球細胞質にみられる、ロマノフスキー染色で顆粒状に青く染まる封入体であり、非ヘモグロビンヘムと結合していない鉄)を含む。 鉄染色[※ 1]ではパッペンハイマー小体は鉄の存在を反映して青く染まる[※ 2]

一般に、鉄染色で染まる細胞内の顆粒状の構造物を鉄顆粒()siderotic granules、iron granules)と呼ぶ[1]。 パッペンハイマー小体はロマノフスキー染色で染まる鉄顆粒である[2]。 鉄顆粒/パッペンハイマー小体を含む赤血球は含鉄赤血球(()siderocyte)、同じく赤芽球は含鉄赤芽球、ないし、鉄芽球(()sideroblast)とよばれる[2]

健常人では、パッペンハイマー小体を含む赤血球は脾臓で処理されるため、末梢血ではほとんどみられない[3]。パッペンハイマー小体が末梢血で増加するのは、脾臓摘出後など脾臓機能が低下する病態、および、各種の、鉄が過剰となる病態である[2]

生理的意義

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赤血球系細胞の鉄代謝

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血漿中のトランスフェリンに結合して輸送され、赤芽球細胞膜のトランスフェリン受容体に結合して細胞内に取り込まれる。取り込まれた鉄は、ミトコンドリアおよび細胞質基質ヘム合成に使われ、最終的にヘモグロビンとなる。残余の鉄は、細胞質内の鉄貯蔵蛋白であるフェリチン、および、リソソーム内でフェリチンが分解して生成したヘモジデリン、の2つの形態をとる[4][5]

正常な鉄顆粒

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健常人では、鉄染色により、一部の赤芽球に少数(1から4個程度)の鉄顆粒が認められる[6]。これは、変性したフェリチンが凝集したもので、膜で囲まれていることもあり、シデロソーム(()siderosome)と呼ばれる。シデロソームはリソソームであることもよくあり、変性したミトコンドリアリボソームなどの細胞内小器官を含むことがある[7][8][6]

病的な鉄顆粒

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鉄欠乏性貧血などの血清中の鉄が低下(血清トランスフェリンの鉄飽和度が低下)するような疾患では、赤芽球中の鉄顆粒は減少する[8]。逆に、溶血性貧血巨赤芽球性貧血をはじめとする、血清鉄が上昇(血清トランスフェリンの鉄飽和度が上昇)するような疾患では、主にシデロソームからなる鉄顆粒は異常に増加し大きくなるが、細胞内に均等に分布している[8]

鉄芽球性貧血においては、ミトコンドリアでの鉄利用障害のため、鉄(フェリチン[※ 3])が蓄積したミトコンドリアからなる病的な鉄顆粒が出現し、核の周辺に分布するようになる。これを環状鉄芽球という[8][7]。環状鉄芽球内の鉄顆粒の大部分は鉄が蓄積したミトコンドリアである[4]

環状鉄芽球が末梢血にあらわれるのは稀であるが、その場合には異常鉄顆粒がパッペンハイマー小体として認められる[9]

関連する病態

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パッペンハイマー小体が増える病態を以下にあげる。

脾臓の機能低下・脾臓摘出後

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脾臓は、生理的に、パッペンハイマー小体を赤血球から除去し、また、パッペンハイマー小体を含む赤血球自体を除去する機能を果たしているためである[10]

赤血球形成異常(鉄利用障害を伴うもの)

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がうまく赤血球形成に利用されないタイプの貧血でパッペンハイマー小体がみられる。代表的なものをあげる[11][12][13]

赤血球形成亢進による鉄吸収亢進

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消化管からの吸収は赤血球形成亢進に比例して増大する。一方で、過剰な鉄を体外に排泄する仕組みは存在しない。溶血性貧血など、造血が亢進しているが体外に鉄が失われない病態では、鉄の吸収が持続的に亢進するため鉄過剰状態となり、パッペンハイマー小体がみられる[8][5]

鉄過剰症

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造血系の異常によらない鉄過剰症(遺伝性の鉄代謝異常であるヘモクロマトーシスなど)でもパッペンハイマー小体がみられる[10]

形態

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パッペンハイマー小体は、塗抹標本では、通常、赤血球の周辺に分布する、複数の、小さな暗青色から紫色の顆粒状の封入体としてみとめられる[10]

類似の赤血球封入体

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パッペンハイマー小体と、同様に青く染まる他の赤血球封入体との比較を下の表に示す。各封入体に関連する病態には重なりが大きい。確実にパッペンハイマー小体であることを証明するには鉄染色[※ 1]が必要である。

赤血球封入体[1][10] 形態 成分 代表的な病態
パッペンハイマー小体 多数の小さな暗青色から紫色の顆粒状の封入体、不均等に分布。 非ヘモグロビン鉄 脾機能低下/脾摘出後、鉄過剰症鉄芽球性貧血骨髄異形成症候群、ヘモグロビン異常症、溶血性貧血巨赤芽球性貧血鉛中毒、など
好塩基性斑点 青紫色をした点状の封入体、赤血球全体に均等に分布。微細な場合と粗大顆粒状の場合がある。 リボソームの遺残物(RNA 鉛中毒サラセミア骨髄異形成症候群、化学療法後、ピリミジン-5'-ヌクレオチダーゼ欠損症、ヘモグロビン異常症、巨赤芽球性貧血、など。微細なものは造血亢進状態や健常人でもみられる。
ハウエル・ジョリー小体 通常、単一の暗青色から紫色の顆粒。比較的大きい(赤血球径の10-20 %程度)、不均等に分布 の遺残物(DNA 脾機能低下/脾摘出後、造血亢進、骨髄異形成症候群巨赤芽球性貧血、化学療法後

歴史

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赤血球の中に、鉄染色[※ 1]で染まる顆粒をもつものが存在することは1941年頃から知られていたが、この段階では、鉄染色で染まる顆粒がロマノフスキー染色でも染まることは認識されていなかった [3][14]

1945年に、米国の医師・病理学者であるアルウィン・マックス・パッペンハイマー(Alwin Max Pappenheimer)らが、脾臓摘出患者において、ロマノフスキー染色鉄染色で染まる封入体をもつ赤血球がみられること、また、この封入体は好塩基性斑点赤血球ハウエル・ジョリー小体とは別のものであることを報告した [15][3][14][※ 5]

脚注

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  1. ^ a b c 鉄染色とは、組織内の非ヘムフェリチンヘモジデリンなど)を染め出す特殊染色である。(ヘモグロビンミオグロビンに含まれるポルフィリンに結合した鉄は染まらない。)染色の原理は、塩酸酸性下でフェロシアンイオンを組織内の3価の鉄と結合させ不溶性のベルリン青プルシアンブルー)を生成させるものである。プルシアンブルー染色、ベルリン青染色とも呼ばれる。
  2. ^ ロマノフスキー染色で青く染まるのは、鉄そのものではないので、同様に青く染まる赤血球の封入体である、好塩基性斑点(リボソームの遺残、RNA)やハウエル・ジョリー小体(核の遺残物、DNA)と鑑別してパッペンハイマー小体であることを証明するには、鉄染色が必要である。
  3. ^ 細胞質基質のフェリチンはFTH1およびFTL遺伝子でコードされているのに対し、ミトコンドリアに蓄積するフェリチンはFTMT遺伝子でコードされている。
  4. ^ ヘモグロビン異常症は、ヘモグロビンを構成する蛋白のグロビンの質的異常である異常ヘモグロビン症鎌状赤血球症など)とグロビンの量的異常(合成障害)であるサラセミアに大別される。ただし、ヘモグロビン異常症と異常ヘモグロビン症を同義語として扱う場合もあるので注意を要する。
  5. ^ パッペンハイマー小体の発見者をAlwin Max Pappenheimer Jr(1908-1995)と記載しているサイトもあるが誤りで、正しくは、その父のAlwin Max Pappenheimer(1878-1955)である。詳細は以下の文献を参照されたい:Pappenheimer bodies: A brief historical review. Am. J. Hematol., 75: 249-250. doi:10.1002/ajh.20008

出典

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  1. ^ a b Andrew J. Fyfe, Richard L. Soutar. Multiple Pappenheimer bodies. British Journal of Haematology. Volume 130, Issue 5 September 2005 p. 651-651
  2. ^ a b c Sonia Joshi, Swati Gautam, Karandeep Singh Arora, Nishat Sankhyan. Inclusions bodies in blood dyscrasias: A diagnostic aid. Journal of Oral Medicine, Oral Surgery, Oral Pathology and Oral Radiology. 2022;8(1):1-4. doi:10.18231/j.jooo.2022.001.
  3. ^ a b c Sears, D.A. and Udden, M.M. (2004), Pappenheimer bodies: A brief historical review. Am. J. Hematol., 75: 249-250. doi:10.1002/ajh.20008.
  4. ^ a b Barbara J. Bain, David Swirs. Chapter 15 - Erythrocyte and leucocyte cytochemistry in Dacie and Lewis Practical Haematology (Eleventh Edition)2012, Pages 333-352. doi:10.1016/B978-0-7020-3408-4.00015-1
  5. ^ a b Manuel Munoz, Isabel Villar, and Jose Antonio Garcia-Erce. An update on iron physiology. World J Gastroenterol. 2009 Oct 7; 15(37): 4617-4626. Published online 2009 Oct 7. doi:10.3748/wjg.15.4617 PMC 2754509 PMID 19787824.
  6. ^ a b Mohandas Narla. Chapter 31: Structure and Composition of the Erythrocyte. Siderosomes and Pappenheimer Bodies. Williams Hematology, 9e. (2023-03-02閲覧)
  7. ^ a b Mario Cazzola, Rosangela Invernizzi. Ring sideroblasts and sideroblastic anemias. Haematologica. 2011 Jun; 96(6): 789-792. doi:10.3324/haematol.2011.044628
  8. ^ a b c d e Anna Porwit; Jeffrey McCullough; Wendy N Erber (2011). Blood and Bone Marrow Pathology E-Book. Elsevier Health Sciences. p. 87. ISBN 9780702045356. https://www.google.co.jp/books/edition/Blood_and_Bone_Marrow_Pathology_E_Book/0Kaa7xbFC1gC?hl=ja&gbpv=1&dq=Erythroblast+siderosome&pg=PA87&printsec=frontcover 2023年3月2日閲覧。 
  9. ^ Fei Wang, Geng Wang. Transient appearance of ring sideroblasts in peripheral blood in the acute phase of secondary hemolytic anemia. Blood (2019) 133 (9): 1000. doi:10.1182/blood-2018-09-875013.
  10. ^ a b c d Jason Ford. Red blood cell morphology. Int. Jnl. Lab. Hem. 2013, 35, 351-357. doi:10.1111/ijlh.12082.
  11. ^ Douglas C. Tkachuk、Jan V. Hirschmann、Maxwell Myer Wintrobe, ed (2007). Wintrobe's Atlas of Clinical Hematology. Wolters Kluwer. pp. 19,20,94. ISBN 9780781770231. https://www.google.co.jp/books/edition/Wintrobe_s_Atlas_of_Clinical_Hematology/Vh6c9i_umwYC?hl=ja&gbpv=1&dq=pappenheimer+bodies+wintrobe&pg=PA19&printsec=frontcover 2023年2月28日閲覧。 
  12. ^ Elaine M. Keohane、Jeanine M. Walenga、Larry J. Smith, ed (2016). Hematology: Clinical Principles and Applications. Elsevier Saunders. p. 289. ISBN 9780323239066. https://www.google.co.jp/books/edition/Rodak_s_Hematology/UC3uBgAAQBAJ?hl=ja&gbpv=1&dq=rodak+pappenheimer+bodies&pg=PA289&printsec=frontcover 2023年2月23日閲覧。 
  13. ^ Anthony A.M. Ermens, Renee Otten. Pappenheimer bodies in a splenectomized patient with alcohol abuse. Blood. Volume 119, Issue 17, 2012, Page 3878. doi:10.1182/blood-2011-08-376004.
  14. ^ a b A. S. Douglas and J. V. Dacie. The Incidence and Significance of Iron-containing Granules in Human Erythrocytes and their Precursors. J Clin Pathol. 1953 Nov; 6(4): 307-313. doi:10.1136/jcp.6.4.307 PMC 1023651 PMID 13109020.
  15. ^ Pappenheimer, A. M.; Thompson, W. P.; Parker, D.; Smith, K. E. (1944). Unidentified Inclusions within the Erythrocytes in Certain Gases of Febrile Anemia. Experimental Biology and Medicine. 56 (2): 145-148. doi:10.3181/00379727-56-14627P.

外部リンク

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関連項目

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