バベルの塔
バベルの塔(バベルのとう、ヘブライ語: מִּגְדָּ֑ל בָּבֶ֔ל、ラテン文字:Migdal Babel)は、旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔。神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する[1][2]。
天にも届く神の領域まで手を伸ばす塔を建設しようとして、崩れてしまった(神に壊された)という故事にちなんで、空想的で実現不可能な計画の比喩としても用いられる[3]。
語源
[編集]正確には「バベルの塔」という表現は聖書には現れず、「街とその塔(the city and its tower)」もしくは単に「街(the city)」と表される。バベル(𒁀𒀊𒅋𒌋)とはアッカド語では「神の門」を表す。一方聖書によると、ヘブライ語の「balal(ごちゃ混ぜ、混乱)」から来ているとされる。
聖書の記述
[編集]バベルの塔の物語は旧約聖書の「創世記」11章にあらわれる。そこで語られるのは下記のような記述である。位置的にはノアの物語のあとでアブラハムの物語の前に置かれている。
全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアル[注釈 1]の地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので、彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。 — 「創世記」11章1-9節[4]
偽典の「ヨベル書」によれば、神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた。しかし人々は、これら新技術を用いて天まで届く塔をつくり、シェム[注釈 2]を高く上げ、人間が各地に散るのを免れようと考えた。神は降臨してこの塔を見「人間は言葉が同じなため、このようなことを始めた。人々の言語を乱し、通じない違う言葉を話させるようにしよう」と言った。このため、人間たちは混乱し、塔の建設をやめ、世界各地へ散らばっていった。
第三十三ヨベルの第二年週の第一年にペレグは妻を迎えたが、その名はロムナと言い、シナルの娘であった。彼女はその年週の第四年に彼に男児を産み、彼はその名をリウと呼んだ。彼は言ったものである。「見よ、人の子らはシナルの地に自分たちの都市と塔を建てようというそのふとどきなはかりごとのゆえに邪悪になった。」彼らはアララテの地を去って東のほうシナルへ移った。彼の時代に彼らは「これをつたって天にのぼろう』と言って塔のある都市を建てた。こうして彼らは建築にかかった。四年週目に火でれんがを焼き、れんがが石(の代用)となり、塗り固めるための漆喰は海とシナルの地の水の泉から産するアスファルトであった。彼らはそれ(都市)を建てた。四三年間かかって建てた。その間口はれんがが二〇三個ならび、れんがの高さはひとつの三分の一あり、その高さは五四三三キュビトと手のひら二つと一三スタディアに達した。われわれの神、主はわれわれに言われた。「見よ、ひとつの民。彼らがいったんことをおこしたからには彼らに不可能ということは(ひとつとして)ない。さて、おりて行って彼らの言語をかき乱し、たがいに話が通じないようにしてやるか。また各地の都市や民族の間に散らばらせてさばきの日まで意図の一致をみることのないようにしてやろう。」そこで主はおりられたが、われわれも、人の子らが建てた都市と塔を見るためにいっしょにおりて行った。彼が彼らの言語をなにもかもかき乱されたので、彼らは互いに話が通じなくなり、都市と塔の建築を中止した。このゆえに、神がここで人の子らのすべての言語をかき乱されたところから、シナルの全土はバベルと名づけられた。またそこから彼らはおのおのその言語、民族にしたがって彼らのすべての都市に分散していった。主はその塔に向けて大風を送って、これを地面に転覆せしめられた。見よ、その塔はシナルの地、アッシリアとバビロンの中間にあった。人々はその名を崩壊と呼んだ。 — ヨベル書10章18-26節[5]
解釈
[編集]バベルの塔の物語は、「人類が塔をつくり神に挑戦しようとしたので、神は塔を崩した」という解釈が一般に流布している。しかし『創世記』は、塔を建てるのをやめたとしている。ただし、以下のような文献にはこの解釈に沿った記述がある。
フラウィウス・ヨセフスは『ユダヤ古代誌』にて、バベルの塔の物語を、人々が大洪水を引き起こした神への復讐のために塔を建て、また神は洪水が人々に知恵を授ける役には立たないと考え、再び引き起こすようなことはしなかったと解釈している[6]。
神にたいし[このような]思いがあった侮辱的な行為に出るよう彼らを煽動したのは、ノーコス(ノア)の子カマス(ハム)の孫で、強壮な体力を誇る鉄面皮人のネブローデース(ニムロデ)だった。彼は人びとを説得して、彼らの繁栄が神のおかげではなく、彼ら自身の剛勇(アレテー)によることを納得させた。そして神への畏れから人間を解き放す唯一の方法は、たえず[彼らを]彼自身の力に頼らせることであると考え、しだいに事態(プラグマタ)を専制的な方向へもっていった。彼はまた、もし神が再び地を洪水でおおうつもりなら、[そのときには]神に復讐してやると言った。水が達しないような[高い]塔を建てて、父祖たちの滅亡の復讐をするというのである。人びとは、神にしたがうことは奴隷になることだと考えて、ネブローデースの勧告を熱心に実行し、疲れも忘れて塔の建設に懸命にとりくんだ。そして、人海戦術のおかげで、予想よりも[はるかに]早く塔はそびえたつことになった。しかもそれは非常に厚く頑丈にできていたので、[むしろ]高さが貧弱に見えるほどだった。素材は焼き煉瓦で、水で流されないようにアスファルトで固められていた。ところで、神は狂気の沙汰の彼らを見ても、[今度は]彼らを抹殺しようとは考えられなかった。最初の[洪水の]犠牲者たちを破滅に導いても、その体験が子孫たちに知恵を授けることにならなかったからである。しかし神は、[彼らに]いろいろ異なった言葉(アログロッソイ)をしゃべらせることによって彼らを混乱(スタシス)におとしめられた。言葉が多様になったため、互いの意志が通じなくなってしまったのである。なお彼らが塔を建てた場所は、[かつてはすべての人が]理解できた[人間の]最初の言葉に混乱(スユンキュシス)が生じたので、現在バビュローン(バビロン)と呼ばれている。というのも、ヘブル人は混乱[のこと]をバベルと呼んでいるからである。この塔[の話]と人間の言葉の混乱(アロフオーニア)に関する[話]は、次のシビュラの言葉にも記載されている。すべての人間が共通の言葉(ホモフォーノイ)で話していた時代に、そびえたつ高い塔を建てようとした人びとがいた。それによって天まで登ろうとしたのである。しかし神々は、風を吹き付けてその塔を倒し、人びとには各自それぞれ異なる言語をお与えになった。そこでその都市(ポリス)はバビュローンと呼ばれるようになった。 なお、バビュローニア(バビロニア)地方のセナアル(シナル)と呼ばれる平原について、ヘスティアイオスは次のように語っている。
さて[洪水から?]助かった祭司たちは、エヌュアリオス・ゼウスの聖なる什器をたずさえて、バビュローニア(バビロン)のセナアル(シナル)へやってきた。 — 『ユダヤ古代誌Ⅰ』
- ラビ伝承
ノアの子孫ニムロデ(ニムロド)王は、神に挑戦する目的で、剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた。この節の内容の信頼性について検証が求められています。
原初史といわれ、史実性が疑わしいアブラハム以前の創世記の物語の中で、バベルの塔の物語は世界にさまざまな言語が存在する理由を説明するための物語であると考えられている。同時に「石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを」用いたという記述から、古代における技術革新について述べ、人類の科学技術の過信への神の戒めについて語ったという解釈もある。
バベルの塔を主題とする作品
[編集]『メトロポリス』をはじめとして数多くの映画や小説、アニメ、ゲームなどで設定として使われている(メトロポリスでは、ヒロインのマリアがバベルの塔の寓話を象徴的に語っている)。
絵画
[編集]- ピーテル・ブリューゲル 『バベルの塔(大バベル)』 (1563年、オーストリア、ウィーン、美術史美術館所蔵)
- ピーテル・ブリューゲル 『バベルの塔(小バベル)』 (1565年、オランダ、ロッテルダム、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館所蔵)
ブリューゲルが描いた『バベルの塔』は2種類あり、絵のサイズで区別される。1つは1563年の「大バベル(114×155cm)」、もう1つは1565年の「小バベル(60×75cm)」で、一般に有名なのは「大バベル」の方である。「小バベル」に小さく描かれている約1400人の人間を身長170cmとして計算すると、塔の高さは510m程度となる[7]。
- ルーカス・ファン・ファルケンボルフ 『バベルの塔』 (1594年)
- ヨース・デ・モンペル 『バベルの塔』 (1595~1605年)
- アタナシウス・キルヒャー 『バベルの塔』 (1679年)
- ギュスターヴ・ドレ 『言語の混乱』 (1865年)
建築物
[編集]- 1999年12月14日に竣工した、ストラスブールの欧州議会(European Parliament)のメインタワー(主塔)である「ルイーズ・ワイス」(Louise Weiss)と呼ばれる建造物は、ピーテル・ブリューゲルの絵画に出てくる未完成状態のバベルの塔を模したデザインとなっている。
ゲーム
[編集]- バベルの塔 (ゲーム) - 1986年にナムコが発売したゲーム。
- バベルのメダルタワー - 2016年にセガが発売したメダルゲーム。
その他
[編集]タロットカードで最も悪い札とされる「XVI 塔」は、同じ「塔」という人工建造物、塔が破壊されるという扱い、塔から落ちる人間(人間の驕りに対する天罰という解釈)から、このバベルの塔がモチーフになっているといわれている[8]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 宇田進『新キリスト教辞典』いのちのことば社、1991年9月。ISBN 4264012589。
- ^ アンドレ・パロ『聖書の考古学 ノアの箱舟とバベルの塔』みすず書房、1958年5月。 NCID BA69690817。
- ^ 岩波書店発刊 広辞苑-第四版-2095頁、項目「バベルの塔」より。
- ^ フェデリコ・バルバロ「創世記」『聖書』、講談社、p.24、2007年第16刷(1980年第1刷)
- ^ 日本聖書学研究所 (1975). 聖書外典偽典 第4巻 -旧約聖書偽典Ⅱ-. 教文館. pp. 55. ISBN 978-4-7642-1904-5
- ^ フラウィウス・ヨセフス 秦剛平訳 (1982). ユダヤ古代誌〈1~2〉. 山本書店. pp. 72-75. ASIN B000J7JBWM
- ^ 「バベルの塔」現代日本に出現したら 芸大チーム試算朝日新聞デジタル(2017年4月21日)
- ^ 紀伊國屋書店刊 タロット大全-歴史から図像まで(著:伊泉龍一)
関連項目
[編集]- 禁断の果実(アダムとイブ)
- マルウィヤ・ミナレット - 西欧で描かれたバベルの塔のモデル。
- 東京バベルタワー - かつて計画のみされた、高さ10キロメートルの塔。
- 軌道エレベータ - 地上から赤道上空約36,000kmの静止軌道に達するエレベータの計画。しばしばバベルの塔になぞらえられる。
- トランスヒューマニズム
- 戦姫絶唱シンフォギア(パチンコ)
- バビル2世 - 漫画、およびアニメ作品。バベルの塔を建設したのが宇宙人・バビル(1世)であり、その遺産であるバベルの塔が重要な役割を果たす。主人公もバビル(1世)の子孫。
- エレメント・オブ・バベル(モンスト)
- 新しき世界の降誕 バベル (神化)(モンスト)
- 古き世界の終わり バベル (進化)(モンスト)
- エルダーバベル(モンハン)