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ハヤシレーシング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
有限会社ハヤシレーシング
種類 有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
577-0067
大阪府東大阪市高井田西1-5-21
法人番号 9122002010881 ウィキデータを編集
事業内容 アルミホイールの販売
代表者 代表取締役 林 将一
外部リンク http://www.hayashiracing.com/
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ハヤシレーシングHayashi Racing)は、大阪府東大阪市に本社を置くアルミホイールを中心とした自動車部品・用品の販売会社。

概要

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大阪府東大阪市にてハヤシカーショップを営んでいた林将一(林みのるの従兄弟)が、1969年富士スピードウェイで開催されていた日本グランプリGPIIクラスへ参加すべく、オートバックスの前身である富士ドライブショップがエントラントとなりレーシングカーの委託製造を行ったことが事業の源流となっている[1]。このときに製作したレーシングカー用のホイールを一般向けに展開した「ハヤシストリート」のヒットを得て本格的なアルミホイール製造にも参入している。以降東大阪を拠点にジュニア・フォーミュラ日本グランプリ向けにレーシングカーの製造・供給を行った。

1977年鈴鹿サーキットの近郊へスズカ工場を設立し、レーシングカー製造事業の強化が図られた。高橋徹小河等などはハヤシに勤務しながらレースに参戦していた時期がある。またエンドレスアドバンス創業者の花里功も、レース活動時に当社のガレージを一時間借りしていた。

1985年にレーシングカー製造部門を東京アールアンドデーに売却し、レーシングカー製造から撤退。以降はアルミホイールの製造が中心となる。

脚注

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  1. ^ [1] 「ハヤシレーシング ヒストリー」2015年5月29日閲覧

関連項目

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