ノート:霧多布大橋
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記事構成について
[編集]本記事対象の霧多布大橋に関し信頼できる二次資料を調査したところ第三者による言及が複数あり、記事分量は少ないものの単独記事としての基準を満たすことが出来ると考えています。
見つかった第三者による言及は1960年のチリ沖地震による津波で橋が流されたこと、及びそれに関する橋の架替えに関するものです。2013年現在の橋に関しては特筆性に寄与する有意な言及はありませんでした。よって既に撤去された過去の橋が記述の中心となるため、現在の橋に関する設計データを羅列したインフォボックスとその出典、そして北海道道を表示するテンプレートは本文とのバランスを欠くため編集除去するつもりです。
しかしこのところ一次資料のみに基づくインフォボックスへの加筆が続いており、編集除去後に再度戻されることを懸念しています。よって事前に道道テンプレートと対象とは無関係な信頼できる二次情報源から有意な言及が無いインフォボックスの除去に関し合意を求めます。--Yhngv(会話) 2013年5月9日 (木) 09:06 (UTC)
- コメント 霧多布に係る記述は1960年チリ地震に既にあるようですので、橋の建築物や道路としての記述より地震被害を主とするのであれば、記述分散を防ぐ観点から1960年チリ地震を補強することが先決ではないでしょうか。ところで、『1960年のチリ沖地震による津波で橋が流された』という点について、津波以前の陸繋島時代から上部に架橋されていた(現在の江の島のような状態)ことは国土地理院の論文で確認しております。現在霧多布大橋や1960年チリ地震にある記述は、地続き当時は架橋されていなかったと誤解を与えかねず、WP:AWWの観点からあまり好ましくはないですね。--みちまん(会話) 2013年5月12日 (日) 02:57 (UTC) 下線部追記--みちまん(会話) 2013年5月12日 (日) 02:59 (UTC)
- みちまんさんからコメントがありましたが、提案に対する同意は頂けておりません。合意は得られないものと考え、記事構成変更は断念します。--Yhngv(会話) 2013年5月27日 (月) 20:29 (UTC)