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ノート:松平宗紀

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特筆性タグ

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特筆性タグを貼り付けさせていただいた直後、冒頭の定義文に『複数の法人で、理事や顧問を務める』という文言を追加いただいたのですが、私からは『市立郷土歴史博物館名誉館長、徳川記念財団評議員、軽井沢南原文化会理事、霞会館理事、茶道裏千家淡交会福井支部名誉顧問、学習院評議員、東京福井県人会会長』などのいずれが名誉職でないか判然としません。仮に実際的な責任ある役職であって実務に携わっておられるのならば、それを示して頂ければ幸いです。--Shigeru23会話2012年3月11日 (日) 15:30 (UTC)[返信]

ご指摘ありがとうございます。記事作成者です。最初の投稿から別の方から体裁の変更や文言の追加をいただいたようですが、経歴としていくつかの役職を列挙した当事者として申し上げれば、基本的には完全な「名義貸し」のような(古典芸能者の後援会長とか寺社仏閣の奉賛会長など)肩書きは割愛して挙げたつもりでおります。責任ある役職であることを示すというのはなかなか難しいものですが、少なくとも福井市立郷土歴史博物館(特別展関連行事における有識者との対談など)、徳川記念財団(評議員としての運営体制への関わり)、霞会館(情報公開ページでの定款/役員名簿など)などはそれぞれのHPにおいて、ご本人のお名前と役職、運営体制にどうかかわってらっしゃるかという点がある程度説明されているかと思います。特に霞会館では理事として主体的に運営に関わっていらっしゃると承知しています。  また、特筆性についてのタグ貼付けにあたってのご批判についてですが、華族制度がありますから廃藩置県以降かどうかは別にしても、少なくとも1947年の日本国憲法発布以降は、旧大名といえども法的には「ただの人」であるわけで、おっしゃることも理解できないわけではないのです。実際、財産も処分されて現在ではふつうのサラリーマンとして過ごしてらっしゃる旧大名家当主もたくさんいらっしゃるわけで、そう言った方々について記事としてとりあげるのはどうかとも思います。しかし一方で、社会的には旧大名あるいは旧公家、旧皇族の名士として活躍された方、されている方もいらっしゃるのも事実かと思います。上記の霞会館理事や徳川記念財団評議員、郷土歴史博物館名誉館長というような役職もそのような旧大名家の方でしか務まらないものですし、ましてや宮中歌会始の読師などはその最たるものとして世間的にも注目されているものだと思います(連続性のあるものではありませんが)。そういった意味ではこのような方々は「ただの人」というにはほど遠い存在だと思いますし、平たく言えば「現代の殿様」というようなその独自の立場にあってその立場でしか取り組めない様々な事業にあたってらっしゃると解釈しています。  また江戸時代は全国300藩といわれますからすくなくとも300人の殿様がいたわけですが、現在このような特殊な立場にいらっしゃる方はさらに少ないと思われますので、特筆性という意味では、むしろ現在の方が高いという側面もあるのではないかと思います。  というようなことが、当記事を投稿する上での私の解釈でしたが、すみません。初心者ゆえ過去に同様な議論があったものかどうか、決着しているのかどうかというようなことはまったく存じ上げませんので、もしそういったことがありましたらご教示ください。・・・ってたいへん冗長になりました。すみません。−−Montebianco会話2012年3月12日 (月) 14:11 (UTC)[返信]

ご意見、ありがとうございます。特筆性に関するMontebianco様のお考えが少し判りました。私が危惧しておりますのは『旧大名あるいは旧公家、旧皇族の名士』というお立場それだけでは、特筆性を備え得ないのではないかという事です。人によっては、華族に縁のある人物はそれだけで特筆性を有すると考える方もおられるとは思いますが、私は旧大名や旧公族、旧華族であるというだけでは特筆性を備え得ないと考えております。このような根本的な意見の相違は話し合いで解決するのが難しいため、Wikipediaでは特筆性の判断は基本的に編集者同士が個別に話し合って決めるのではなく、ごく単純に『信頼できる第三者による言及』が検証可能な出典を伴って示されることで結論が導き出される決まりとなっています。
○○長と名が付いた役職名を例示いただいたものの内、2つには「名誉○○」という名誉職であることが明示されていることから、他の肩書きについても世間によくある、実務は任せられないが肩書きだけで十分というお立場である可能性が排除できないわけです。「主体的に運営に関わっていらっしゃる」というだけではあまりに漠然としていて何かを説明しているとは思えませんし、名誉職と名義貸しは本質的に異なるものでしょう。私が上で『実際的な責任ある役職であって実務に携わっておられる』という表現で求めましたのは、例えばご当人の意思で何か大きな決定や改革が行われたということが記事上に示されれば良いのです。
Wikipediaは百科辞典であるため、記事の対象に何でも書いていい訳ではなく、特筆性の存在とその実在証明が求められます。現状の記事内容では、WP:NOTCATALOGでの「伝記記事はなんらかの名声や業績を有するか、あるいは、悪名高い人々のものに限るべきです」に反しているように思えます。「現代の殿様」としてメディア等で幾度も採り上げられる人物ならば特筆性は有るのでしょうが、ご履歴からすれば本業は「物理学科卒業」の「サラリーマン」だった人物のようです。会社員以外に就任されそうなお立場としては、例にあげられたような改革や大きな決定が求められることのない名誉ある肩書きであるのには大いに納得がゆきます。特筆性の実在を示すことは通常の場合それほど難しいことではなく、端的に言って他者の言及を示せば済むわけです。記事内でそれを示して頂ければ済むのです。Googleで「"松平宗紀" 徳川」を検索して約1,700件と出ますが、最初から数十件見ても、本記事と匿名掲示板1件を除けば、他はすべてご本人のお名前が名簿の一部に現れるに過ぎませんでした。このことから、特筆性に関する言及を見つけ出すことは容易でないように思えました。また、人によっては勘違いされている方もおられますが、私とMontebianco様がこの場で話し合って何かを合意しても、記事として特筆性の実在が示されない限り、それはWikipediaとして何かが決まった訳ではなく、特筆性タグを除去するのも正しい行為ではないのです。つまり、この場での説明よりも記事上で『信頼できる第三者による言及』が検証可能な出典を伴って示されることで特筆性の実証が行えるのです。
本件に関係すると思われるWikipediaの文書としては、Wikipedia:特筆性Wikipedia:検証可能性Wikipedia:存命人物の伝記Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかなどがありますので、お読みいただければ幸いです。--Shigeru23会話2012年3月13日 (火) 08:53 (UTC)[返信]
ご教示ありがとうございます。特筆性について少し誤解していたようです。不明をお詫びします。記事に関する特筆性のありようについて、もう一度検討してみます。--Montebianco会話2012年3月17日 (土) 09:08 (UTC)[返信]