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ノート:愛国心/過去ログ1

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過去ログ1 過去ログ2

 議論1 

誤字等を修正しました。それと、この文の日本の項からは「日本においては愛国心を軍国主義に利用した」という印象を強く受けます。愛国心自体は軍国主義とは関係ないので、それ以外についても書くべきだと思いますがどうでしょう?--211.1.193.110 2005年10月13日 (木) 09:26 (UTC)

 もう一つの定義 

 現在、本文では 社会共同体としての「国」に対する愛着は「愛郷心」(あいきょうしん)と言い換えることが出来る。 政治共同体としての「国」に対する愛着は「忠誠心」(loyalty)と言い換えることが出来る。 の二つの解釈がありますが、もう一つ加えさせて頂きたく。

・国土に対する愛着、小さな島国でありながら、四季を持ち、豊かな自然のある母なる大地としての    日本列島に対する愛情 って愛国心とは言えないでしょうか?

少なくとも、私の中で愛国心と言えば、日本の風土、自然、環境を愛することで政治形態や過去の歴史観云々では ないのです。210.174.204.21 2006年5月30日 (火) 02:43 (UTC)

「愛郷心」との違いは何ですか?220.148.92.241 2006年6月16日 (金) 13:44 (UTC)

愛国心の国という根拠は恣意的で人為的であり、何を愛しているのかという本質は明確にはわからないままに愛していることもあり、愛社精神と同様、宗教的要素をもつ非合理的な思考でもある。その本質は、犬がなわばりを守ろうとするような動物的な低級な欲求の人間的形態である。

様々な愛国心の形

「日本共産党をはじめとする左派が愛国心の危険性を訴えている」とありますが、共産党は「愛国心」そのものを問題にしているわけではないでしょう。20年ほど前でしたか、「愛国者共産党」なんて、ちょっとどうかと思うタイトルの選挙ポスターを使っていた時期もあったくらいです。「他国では愛国心は概ね自然な感情とされており、それを危険視し排除しようという教育は存在しない」という記述にしても、明らかに一方に偏した文であり、中立性を欠く懸念があると思います。11月18日(金)16:20のバージョンで特に問題はないかと思いますので、こちらへの差し戻しを提案します。Matunami 2005年11月22日 (火) 22:11 (UTC)

編集がありましたので、新バージョンに基き、追加します。
「日本では戦争の反省から「お国のために」をタブー視する戦後民主主義により愛国心教育は実施されておらずその結果、国を守るといった国家にたいする愛国心意識は希薄であり、伝統や文化に対する愛着ないし誇りからくる愛国心さえも失われつつある」→「愛国心」教育の復活を訴えるものであり、どう見ても「中立的」ではありません。
「そうした状況を憂える気持ちが保守派・右派だけでなく一般国民にも芽生え、本来国民として自然な感情であるはずの伝統や文化に対する愛着ないし誇りからくる愛国心の必要性を訴えている。それに対し将来軍国主義へと繋がるのではないかと危惧する人が愛国心の危険性を訴えている」→前に同じ。「一般国民にも芽生え」「本来国民として自然な感情であるはず」というのは、「誘導」が露骨なフレーズです。最後に申し訳程度に「反対意見」も一応追記してはありますが、この文では明らかに「愛国心教育」派に肩入れすることになってしまいます。
「他国では愛国心は概ね自然な感情とされている」→日本だけが特別なんだから、「愛国心教育」を復活しろ、ということでしょうか。
以上、「中立性」の観点から、11月18日(金)16:20のバージョンに戻すことが妥当であると考えます。
Matunami 2005年11月22日 (火) 23:27 (UTC)

Matunamiさんのご意見に概ね賛成です。この手の記事はどうしても「愛国心」について「論じる」方向にいってしまいがちですが、「愛国心」とは「何か」を述べるのが百科事典でしょう。「日本における愛国心の現状」なんてものに踏み込んでしまうとこれは百人百様の捉え方があって「議論」になってしまうでしょうし、多分ノートで合意を形成することも不可能でしょう。極客観的な事実を述べるに留めるか、様々な意見を網羅的に記述するか(これもちょっと非現実的な気がします)になると愚考します。Tan--202.214.30.9 2005年11月23日 (水) 04:02 (UTC)

意見を参考に加筆してみたので見てください。--大ちゃん 2005年11月23日 (水) 07:25 (UTC)

私もMatunamiやTan氏の意見に賛成です。とりあえず、加筆するのではなく、11月18日(金)16:20のバージョンに戻した方がいいと思います。大ちゃん氏は、その後にこの場において修正案を提示して、その内容を議論しては如何でしょうか?--Kitchener 2005年11月23日 (水) 08:00 (UTC)

議論の最中なのにもかかわらず、「大ちゃん」氏による編集が強行されたようです。しかし、「どうやって中立化を図るか」という議論をしている時に、わざわざ「非中立化」の方向への編集を行ってどうしようというのでしょうか。
Matunami 2005年11月23日 (水) 09:02 (UTC)

履歴確認したところ2005年11月18日 (金) 16:20 Johncapistranoのバージョンは「そもそもセクション名が合っていない」と称して気に入らない記述まで削除しただけの編集を再度リバートした荒らし同然のバージョンだと確認できました。それ以降は正常な加筆編集がされていますからわざわざ荒らしリバートを再現することも無いでしょう。 幸い有意義な修正案もでていますし、2005年11月23日 (水) 07:55 Kitchener (定義部分についての修正案)に沿って徐々に議論を重ねて修正加筆すべきでしょうね。--どんべー 2005年11月24日 (木) 14:01 (UTC)

とりあえず、現在のバージョンが中立性の観点から見て問題である、ということには異議はないようです。
焦点は、「議論のベースを11月18日(金)16:20のバージョンに置くか、「定義」のみにとどめてそこから出発するか」ということであると思われます。私は「中立性」さえ維持できれば、どちらでも構わないと思いますし、明らかに「中立性」に欠ける文章をいつまでも掲示しつづけることはWikipediaの利益に反するものであると思いますので、とりあえずは最低の合意点である「定義のみの文章」に編集を行いたいと思います。
なお、「荒らし同然のバージョン」というのは、言いすぎでしょう。その直前の版と比較すれば、「中立性」の観点からは、明らかに問題が少ないものであると思います。Johncapistranoさんの編集は、コミュニティ全体の意思である「中立性」を重視する方向のものであり、むしろ好ましいものであると考えます。
ついでですが、「Johncapistrano」と呼びつけにするのは、礼儀の上で問題でしょう。自主的に、「氏」もしくは「さん」の敬称を付加してはいかがでしょうか。
Matunami 2005年11月25日 (金) 12:13 (UTC)

しつこく私の編集を槍玉に挙げたがっている方がおられるようですが、セクション名だけを問題にしたわけでないことは「そもそも」という語句で分かりそうなものではないでしょうか? 保守(あるいは右派)に偏った内容の上でしたので、中立化を試みました。削除した段落は単なる外国への攻撃であり編集者個人の主張に過ぎないと判断しました。ただし、セクション名と内容の不整合は『論外』と言っていいレベルでしたが。
それにしても、私の要約欄を問題にしておられる方は、revertを行っても要約欄にそう書かない人は気にならないのでしょうか? -- NiKe 2005年11月26日 (土) 00:25 (UTC)

しかしよく見ると、最初の部分の「在来の水稲の一品種」というのは、奇妙ですね。「水稲の一品種」である「愛国心」を調べるために、Wikipediaで「愛国心」の項目を見る方もいないでしょう(検索ではヒットしなかったのですが、そもそも本当に、「愛国心」という「品種」があるのでしょうか?)。削除しておいた方がよろしいのではないかと思います。Matunami 2005年11月26日 (土) 01:15 (UTC)

『愛国』なら見つかるんですけどねえ……誰かそういうことに詳しい方がおられるといいんですが。 -- NiKe 2005年11月26日 (土) 04:01 (UTC)
履歴を見ると、IPユーザーによる加筆であったようです。そのユーザーの履歴を見ても、あまり「農業」に詳しい方であるとは思えませんでしたし。いずれにしても、やはりいったん削除しておいた方が無難だと思います。Matunami 2005年11月26日 (土) 07:54 (UTC)

定義部分についての修正案

  • 「愛国心(あいこくしん、英:patriotism)愛国(あいこく)、とは、国民が自らが育った、あるいは所属する社会共同体でかつ政治共同体である近代国家に対して抱く愛着ないし忠誠を抱く心情である。」
修正 愛国心(あいこくしん、英:patriotism)愛国(あいこく)とは、自らが育った、あるいは所属する社会共同体や政治共同体などに対して抱く愛着ないし忠誠を抱く心情である
根拠 この直後に「郷愁(仏:nostalgie)から国粋主義(英:nationalism)まで幅広い」と書かれているように、必ずしも近代国家を対象した「親愛」の感情ではありませんので、「親愛」感情の対象を「国家」や「国民」に狭めることは不適当です。
  • 「また、愛国心を訴える事は政府側からのみでなく、反政府側からも行われることである。」
修正 「様々な愛国心の形」に移動
根拠 定義に載せるには、文章の意図が不明確です。「だから、どうした」という点をもう少し吟味していただきたい。
  • 「また、愛国心は大衆を煽動する道具とされてきた一面もある。特に20世紀においては時の権力がファシズムのように、排他的な国家主義を推進するにあたってこれを利用した。バーナード・ショー等、欧州の左翼、知識人は愛国心こそが戦争を起こす最大の要因であると説いた。」
修正 愛国心は大衆を煽動する道具とされてきた歴史を持つ。特に戦時において大衆を動員させるために利用された。バーナード・ショーなど文化人や反戦主義者、平和主義者は愛国心こそが戦争を起す最大の要因であると説いた。
根拠 愛国心が大衆を煽動する道具とされてきたのは歴史的な事実ですが、ベトナム戦争やイライラ戦争の事例からみても、煽動していたのは、何もファシズムや国家主義だけとも思えません。戦争時においては、大抵の政治団体(体制・反体制ともに)が「愛国心」を煽動の道具とするのでは?また、ショーなどの見解を提示するのは問題ないと思いますが、その括りを「欧州の左翼、知識人」とするのは範囲を狭めすぎだと思われます。以上の点を踏まえて修正案を提示します。
  • 「国家存続の危機たる戦争時には、無政府主義者ですら、国粋主義的愛国心 に自主的に転向する事例もある。」
修正 「様々な愛国心の形」に移動
根拠 文章の意図が不明確です。とりあえず、移動して再度、吟味すべきかと思われます。--Kitchener 2005年11月23日 (水) 07:55 (UTC)

一応の「最低限の合意点」に基づいた編集を行いましたが、Kitchenerさんの意に沿わない部分ができてしまったかもしれません。とりあえずは、Kitchenerさんに全面的に編集をお任せし、その版を見ながら議論を行うことを提案します。Kitchenerさんの編集に根本から異議がある方がいらっしゃいましたら、誰からも異議は出ないであろう現在のバージョンにいったん戻す権利は認める、ということでいかがでしょう。もちろん、戻す以上は、きちんとした「理由説明」が必要ですね。Matunami 2005年11月26日 (土) 07:51 (UTC)

「最低限の合意点」とは何か示してもらえませんか?勝手に合意点を強要されても困ります。Kitchener氏の修正案が示されただけでこれから合意形成のための議論に入ります。2005年11月25日 (金) 22:58 Matunami (議論中の部分をコメントアウト) は既存の記述を大幅にコメントアウトしただけの荒らしと見なされます。--O157 2005年11月26日 (土) 10:34 (UTC)

「現在の版に問題がある」ことに異議を唱えている方は誰もいません。ですので、問題部分を削除いたしました。それとも、あえて、「現在の版には問題がない。私の修正よりも現在の版の方が中立性の観点から優れている」と主張しますか?
しかし、ブロックユーザー「大ちゃん」氏と、「どんべー」氏が同一人物である疑いを指摘したとたん、今度は「O157」氏が突然登場するとは。非常にわかりやすい展開です。
Matunami 2005年11月26日 (土) 11:45 (UTC)

アカウントMatunamiこと左翼活動家のyu氏は何を言いたいのかよくわかりません。既存の記述を大幅にコメントアウトしただけの荒らしですから逆上せ上がった勘違い頭を冷やすよう勧告します。--以上の署名の無いコメントは、O157会話投稿記録)さんによるものです。2005年11月26日 (土) 12:01 (UTC)

私は、通常ネットでは「ゆう」を名乗っておりますので、こちらの名前をお使いいただくよう、お願いします。yuは、こちらではひらがな表示ができなかったことによる、仮の名前です。
しかし、何で私が「左翼活動家」なんですか? 私は現実世界では、日本経済の発展に日夜貢献する、ごく普通のサラリーマンなんですけれどね。
で、私が差し戻したバージョンが中立性に欠けること、また、あなたが「peace」氏を初めとする一連の多重アカウントのひとつであること、には何の反論もないわけですね。一応、確認しておきます。
Matunami 2005年11月26日 (土) 13:09 (UTC)

自称日本経済の発展に日夜貢献するごく普通のサラリーマン、他称「自虐系ネット活動家」で問題ないでしょう。通常ネットで「ゆう」を名乗っているアカウントMatunami氏の編集は既存の記述を大幅にコメントアウトしただけの荒らしと見なされます。荒らしに中立性も何もないでしょうハハ。で妄想に付き合うこともないんですが、仲良くアカウントMatunamiとわたしのIP調査を依頼して逆上せ上がった勘違い頭を冷やしてあげようと思いますがどうです?--O157 2005年11月26日 (土) 13:59 (UTC)

「前のバージョンが中立性に欠けていた」ことについては何の反論もなかったことを、再度確認しておきます。また、相手に対する罵倒はやめていただくよう、お願いします。あなたに対してはブロック依頼が出されておりますので、私も賛成票を投じました。
なお、私の「人格攻撃」に走っているようですが、読者の皆さんには私のページをご覧いただき、判断していただくことにしましょう。
http://www.geocities.jp/yu77799/
Matunami 2005年11月26日 (土) 22:53 (UTC)

Matunami氏の編集の邪魔になる者に対する推測での「人格攻撃」は罵倒以外の何物でもありません。 そうした行為やHPの宣伝についてもあなたの人格を判断する好材料になるでしょう。 Matunami氏の最終編集はこれまで推敲されてきた既存の記述を大幅にコメントアウトしただけの荒らしと見なされることに反論できずに論点を他方向に持ってゆこうとされているようです。お答えがないようですが、項目の議論よりも性格上の邪推でお悩みで解消したいの思われるなら仲良くアカウントMatunamiとわたしのIP調査を依頼するように再度お勧めします。多重アカウントは気になって仕方がないあなたではありませんか?とにかく編集の妨害になりますから荒らしや人格攻撃はおやめください。--O157 2005年11月27日 (日) 07:28 (UTC)

罵倒表現がpeaceさんそっくりです。語るに落ちる、というやつでしょう。Matunami 2005年12月1日 (木) 21:44 (UTC)

あー、やっぱりこういう展開になってしまいましたか。荒らしだ、右翼だ左翼だ、多重アカウントだって、戦争史観関係記事の繰り返しじゃないですか。そもそも、「愛国心」なんていう思想によって千差万別なものを百科事典に載せること自体無理があるんじゃないかと思っていたんですが。これは辞書的な項目として、Wikipediaではなく、Wikitionaryに移すべきではないかと提案致します。Tan--202.214.30.9 2005年12月2日 (金) 01:05 (UTC)

もし私を「O157」さんと同じレベルに考えられているのであれば大変心外なのですが、それはともかく、確かに「愛国心」というのは、百科事典にふさわしくないのかもしれませんね。
とはいえ、そもそも私はもともとは「仲介に入った第三者」だったはずでしたので、編集の根本方針にまで意見を差し挟むことは控えたいと思います。最もしっかりとした発言をされている、Kitchenerさんのご意見をお伺いしたいところです。
Matunami 2005年12月2日 (金) 21:36 (UTC)

定義部分についての修正案(議論)

「愛国心が大衆を煽動する道具とされてきたのは歴史的な事実です」が、愛国心が自国に愛着を持ち自主的に国家に貢献するケースもありますから、「また、愛国心は大衆を煽動する道具とされてきた一面もある。」はこの表現が適切かと思います。他の部分は根拠はともかくとして修正部分はKitchener氏の案で差し支えなしです。--O157 2005年12月2日 (金) 22:24 (UTC)

  1. 「愛国心」の「国」を「国民と風土」ととる(自発的ナショナリズム)か「国家」ととる(肯定ナショナリズム)かで、意見・世論が割れる。一般に原義上(パトリオット)は前者といわれる。
  2. 近代化に遅れた国では、昔ながらの<地縁・血縁など>ではなく、「国家」に従うよう国家が命令する際、「愛国心」という言葉を用いる。
  3. 「愛国心」は「革命権」と表裏一体。「愛国心」を明文化している国の多くでは、「愛国心」に背く政府の行為があれば、国民に革命権の行使が認められる。アメリカの場合、憲法で武力による革命を認めている。
という3点を、定義部分でなくても、本文に盛り込めないでしょうか? --Piplican 2006年3月10日 (金) 07:53 (UTC)

戦後日本における愛国心教育

依頼により保護を解除しました。ついでにノートを参考に編集してみましたが・・・「戦後日本における愛国心教育」については、ノートで説明するより実際に見てもらったほうが分かりやすいと思い、いきなり加筆しています。まずかったら差し戻してください。--miya 2005年12月12日 (月) 23:02 (UTC)

中立を絶対とするWikipediaにあるまじき主観的な意見があったため、その部分を削除いたしました。--unnerve 2013年04月22日 (月) 15:29 (UTC)

日本のことは散々書いて「日本以外の愛国心教育」を全削除する偏狭者

「愛国心は概ね自然な感情とされている。それを危険視し排除しようという教育は稀で、愛国心を育てる教育を行う諸国がほとんどであり、日本の教育は国際的には特別視されることが多い。近隣諸国では、共産党一党独裁の国中華人民共和国朝鮮民主主義人民共和国、また、民主制の韓国では愛国心教育を強力に実施している。そのため「愛国無罪」等の標語を掲げ反日民族主義的な愛国心を扇動する暴徒さえも黙認することもあり国際的に物議をかもした。」

まともな日本人とは思えませんが?--左右 2005年12月20日 (火) 14:17 (UTC)

日本の「愛国心」だけがまともで、外国のそれは異常だとでも言いたいんでしょうか。Biased POVとの主張に賛成。--61.125.192.93 2005年12月20日 (火) 14:53 (UTC)
「日本の「愛国心」だけがまともで、外国のそれは異常だとでも言いたいんでしょうか。」いいえ違います。解釈が間違ってるだけだと思いますので、どうかお考え直しをお願いいたしたく思います。--左右 2005年12月20日 (火) 15:08 (UTC)
何をおっしゃりたいのか分りかねます。いえ、大体の見当はつくのですが、正確なところが分かりません。誰の何がどうしたのか、それをどうしたいのか、はっきり書くようにできないのでしょうか。仄めかしや当てこすりめいた書き方では、他人を不快にすることは出来ても、合意を得ることは出来ないと思いますよ(ノート:盧溝橋事件でも同じことですが)。 -- NiKe 2005年12月21日 (水) 02:17 (UTC)

単にきみの解釈能力の問題でしょう。それが原因で多くの項目で削除やリバートを繰り返して他人に迷惑をかけているのがきみ。Wikipedia:コメント依頼/NiKe 「日本のことは散々書いて「日本以外の愛国心教育」を全削除する偏狭者はまともな日本人とは思えない」とおっしゃりたいのでしょう。--以上の署名の無いコメントは、大星会話投稿記録)さんによるものです。2005年12月21日 (水) 10:39 (UTC) 投稿ブロックの方針3.5により削除。WP:Peace--大六天 2008年3月6日 (木) 06:37 (UTC)

半解除のお知らせ

保護解除依頼に基づき、保護から半保護に切り替えました。KMT 2006年1月22日 (日) 01:07 (UTC)

Peace氏の荒らしに付き合って永遠に保護を続けるつもりでしょうかね?愛子 2006年9月24日 (日) 18:36 (UTC)

概説以外は要らなくないか?

教育云々は蛇足だと思うんだけど こんなのを載せちゃうと、愛国心に関連する言葉を全部載せなきゃいけなくなる yasaikyo

愛国心と教育は決して弱い結びつきではないと思うのですが。フランスの小説に、愛国心と教育を題材にした「最後の授業」というのがあります。私は、これを小5の国語の教科書で読みました。日本だけの問題を取り上げると荒れるので、ここは「フランスの愛国心教育」「ドイツの愛国心教育」「イスラエルの愛国心教育」「ジンバブエの愛国心教育」などの項目を立てて記事を充実させる方が荒らしづらくなるのではないだろうかと。「日本のWikipedia」ではなく「日本語のWikipedia」ですし。ハイゼン 2006年4月11日 (火) 03:58 (UTC)

私は、比較的本文を違和感なく読みました。多少、筆者の中で考えが整理されていない部分があり、それが物議の原因になっているのではないかと思いますが・・・。

確かに、個人よりも国家に価値を置く国が地球上では多数派であり、世界連邦でも樹立されない限り、日本だけが例外でいるわけには行きません。例外であるとの幻想が、日本人拉致事件をも許したのだと思います。エジプト大統領ムバラクは言います。「エジプト共和国が、戦を宣することなし。ただし、ナイルの流れに危害を加えられたる場合は、この限りにあらず。」純粋な自衛戦争は、現実にあります。原始社会でも、狩り場の権利や、水の権利を巡って、戦争は起きました。ただし、国家成立以降の戦争と、はっきり異なる点は、戦死を美化せず、極力戦死を防いだ点です。警察や刑務所は、ないに越したことはありませんが、他者に危害を加える人間がいる以上、そうして人間が怒りや憎悪を抑制できるほど出来た生物ではない以上、警察も刑務所も、軍隊も戦争も必要悪なんですね。

ただ危険なのは、政府の側から教え込まれる愛国心なんです。東西冷戦は、数多くの人間を不幸にしましたが、資本主義国家に生まれたから国民の義務として社会主義に反対しなければならないことはないし、社会主義国家に生まれたから資本主義に反対する義務もないんです。と言うことで、私は隣の国の戦争は、不純この上ないと考えています。朝鮮労働党が、想像を絶する凶悪犯であったことは別として。

私は、国家に対する忠誠と、郷土に対する愛着を分けて考えた筆者の視点は評価しています。そうして、後者の意味での愛国心なら、敗戦国である日本人も、享有する権利があると考えています。--以上の署名のないコメントは、朴明哲会話投稿記録)さんが 2006年7月9日 (日) 07:16 (UTC) に投稿したものです。

愛国心について、戦中日本、戦後日本を取り上げるのは理解できるのですが、中国についての記事をことさら章立てて記述する妥当性はありますか?
他国での愛国心についての記述がすでにあるので、掲載するにしても、一つにまとめるべきだと思います。
穿った見方ですが、この組み立て方の場合、恣意的な誘導がなされていると捕らえられる可能性があります。
(少なくとも私はそう見えました)
yasaikyo さんに賛同で、単純に、概要部分の記述だけあれば十分かと。


通りすがりです。確か「愛国心」という単語は比較的新しい日本語だったはずです。ナショナリズムとパトリオティズムを混同したまま「愛国心」という単語を作ってしまい、そのまま戦前教育がスタートし、徐々にナショナリズムとなっていった記憶があります。 しかしながら、ナショナリズムとパトリオティズムは厳然と分けらなければならないものです。ナショナリズムとパトリオティズムの違いは他者に伝播するかしないかというものと聞いたことがあります。例えばWBCで日本頑張れ!はナショナリズムに近く、日本で生まれ育ったわけでもない在日の外国人にすら伝播することがあります。パトリオティズムは生まれ育った町にある山川などから発生するので同じ日本人であっても、同じ郷里で育ったりしない限りは伝播しません。 大半の欧米人はパトリオティズムをもっているか?と聞くと「ああ、持っている」と胸をはるのに対し、ナショナリズムをもっているか?と聞くと賛否両論にわかれると聞いたことがあります。 現在の日本をみると、左派は「愛国心=ナショナリズム」として「愛国心」を批判し、右派は「愛国心=パトリオティズム」として「愛国心」を肯定する図式が繰り広げられています。 現在与党が言う「愛国心」は与党の説明を聞く限り、パトリオティズムであり、故に教育に取り入れるのはナショナリズムよりさらに難しいわけですが… ウィキペディアの「愛国心」のページにはまず、「愛国心」の単語のなりたちを書き、その単語のもとになった2つの思想を分けて説明し、右派・左派の愛国心への主張が根本からずれているのはその歴史のせいと書くにとどめるのが尤も理性的だと思います。 まあ、うろ覚えの僕には書けませんが…「愛国心」の単語のなりたちに詳しい方にお任せ致したく思います。以上の未署名のコメントは221.185.133.222さんに拠るもの。by--16toki 2007年1月11日 (木) 12:29 (UTC)

明治以降の日本語には欧米の訳語が沢山あり「愛国心」もその一つといえます。唯、私なりに漢字その侭に解釈すれば「愛」は足を縺れさせる程思いを巡らす・「國」は武器を中心に境界で囲ったもの・「心」はこころその侭と言う意味で要約すると兵士さんがいつも守備してくれる自国のことをともかく思う・憂う、といったところでしょうか?--16toki 2007年1月11日 (木) 12:29 (UTC)

本文・ノートに対する感想と保護解除の提案

本文は全体的に「日本の愛国心」に集中して記述されています。もう少し海外の現状も記載するべきでしょう。またもう少し詳しく分類する必要もあります。また死と愛国心に就いてですが、国に命をかける事をまるでキチガイの様に記述するのはいかにも戦後的・一国平和主義的且偏見的で如何なものかと思います。戦時中に必死になって国を守るのは国民の義務ですし、戦前に散った方々への配慮が必要と思われます。詳しい事は今は述べませんがとりあえず現状の文章には疑問が残るものです。また保護された一年前と今では愛国心に関する議論にも変化が顕れています。更に当時は未だ比較的ウィキペディアの認知度が低いものと思われます。つきましては保護解除を提案します。保護解除の依頼は平成19年1月10日迄に実行する予定です。--16toki 2007年1月2日 (火) 08:27 (UTC)

異議を唱えます。“愛国心=軍事力で周囲の諸国に威勢を示す事・国民が政府及び自民党政権の為に命を捨てる事”と思い込んでいる人がネット上に少なからずいる現状では適切とは思えません。--Gordon S 2007年1月10日 (水) 01:37 (UTC)
異論、承りました。確かにGordon Sさんのおっしゃる様な方も少なからずいることは確かですが、あたかもそういう方々をまるで異端の様におっしゃるのはどうかと思います。ご指摘の「政府」と「自民党政権」ですが、是は国(國)とは何かという議論に発展するものであると思います。--16toki 2007年1月10日 (水) 06:57 (UTC)

2006年3月の編集保護

この編集をめぐって編集合戦が起こり、編集保護になる。--経済準学士 2007年8月16日 (木) 11:39 (UTC)

保護の原因となったPeace系の荒らしユーザーのことですが、保護された当時と比べると最近は活動が低調ですし、冷却期間も充分だと思うので、そろそろこの記事の保護を解除していいかと。大日本 2008年1月30日 (水) 12:56 (UTC)

忘れた頃に生まれ変わりが現れます。Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Peace/temp参照。--122.249.116.150 2008年2月18日 (月) 09:14 (UTC)
とは言え、この頃と比べると明らかに勢いが衰えていると思います。大日本 2008年4月19日 (土) 10:03 (UTC)

パトリオティズムとの関係

他言語版記事からのリンクがパトリオティズムになっているのですが、本記事との関係はどのようなものが良いのでしょうか?--Tiyoringo 2008年12月7日 (日) 03:49 (UTC)

保護解除提案

この記事は2006年3月に編集合戦を理由に(実際にはLTA:PEACEによる荒らし)無期限全保護となりましたが、その後長期にわたって議論がないことから保護解除を提案いたします。保護解除に当たっては

という注意書きを貼り付け、もし差し戻しを強行する利用者が現れた場合にはLTA:PEACEとしてWikipedia:管理者伝言板/投稿ブロックへ通報すれば問題ないはずです。--Web comic 2009年3月27日 (金) 22:53 (UTC)


文献情報

保護期間中なのでノートにメモしておきます。

  • 「中国の愛国主義教育に関する諸規定」岡村志嘉子 国会図書館レファレンス2004.12[1]

--ネコバット 2009年4月3日 (金) 02:32 (UTC)