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ノート:名古屋女子大生誘拐殺人事件

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犯人の実名記載

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この事件の犯人は事件に関する内容を記した本「本当の自分を生きたい」を出版しているため、Wikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関しての例外事項「逮捕歴などを本人が積極的に公開し、自作中で使用している作家の逮捕歴」に該当し、犯人の実名表記はプライバシーで削除対象にならないとして、実名記載します。--経済準学士 2009年4月17日 (金) 17:32 (UTC)[返信]

改名提案

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現在、利用者:要塞騎士/sandbox/8で「名古屋市女子大生誘拐殺人事件」の大幅加筆・改稿用の下書きを作成中ですが、『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』などでは「名古屋女子大生誘拐殺人事件」という名称表記が使われる例が複数見られます[1][2][3][4][5][6][7][8][9]。そのため、名古屋女子大生誘拐殺人事件(現状では「名古屋市女子大生誘拐殺人事件」へのリダイレクト)への改名を提案いたします。--利用者:要塞騎士会話 / 投稿記録 / 記録 2022年6月13日 (月) 16:28 (UTC)[返信]

賛成 両者をGoogle検索にかけたところ現状の「名古屋市女子大生誘拐殺人事件」は約174,000件、今回の改名提案で挙がった「名古屋女子大生誘拐殺人事件」は約1,560,000件であることからも後者の方が広く世間に浸透しているものと思われます。要塞騎士さんの見解とGoogle検索での結果を考えれば「名古屋女子大生誘拐殺人事件」の方が記事名として相応しいと私は思います。--PMmgwwmgmtwp'g会話2022年6月16日 (木) 14:49 (UTC)[返信]

脚注

  1. ^ 林利隆(日本新聞協会 編集部主管)(著)、江尻進(編集発行人)(編)「誘拐報道協定をめぐって」『新聞研究』第372号、日本新聞協会、1982年8月1日、90-94頁、doi:10.11501/3360931NDLJP:3360931/47。「報道界のなかに、誘拐報道協定を見直そうという機運が出てきたのはここ二、三年、象徴的には五十五年三月の「長野富山連続誘拐殺人事件」から山梨の「司ちゃん誘拐殺人事件」をはさんで、同年十二月の「名古屋女子大生誘拐殺人事件」にいたる、三つの事件の報道協定を経験してのことであるといっていい。」 
  2. ^ 田村紀雄(編著)、白水繁彦小玉美意子清原慶子川本勝、蒲池紀生「第5章 地域メディアの機能と展開 > 表5-3 民放学者の地域報道活動のテーマ」『地域メディア ニューメディアのインパクト』(第1版第1刷発行)日本評論社(発行人:大石進)、1983年5月20日、138頁。doi:10.11501/12100144NCID BN00679535NDLJP:12100144国立国会図書館書誌ID:000001622296全国書誌番号:83039427。「東海テレビ名古屋女子大生誘拐殺人事件」(55.12 ~ 56.1)」 
  3. ^ 凸版印刷 編「【犯罪・事件】〔誘拐〕」『件名編 3(右翼、左翼、平和運動、労働問題、公害、災害、犯罪・事件、心中・自殺、世相)』財団法人大宅壮一文庫(理事長:大宅昌)〈大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録〉、1985年8月1日、456頁。doi:10.11501/12235291NCID BN00281641NDLJP:12235291国立国会図書館書誌ID:000001768970全国書誌番号:86007801。「14-010-012 名古屋女子大生誘拐殺人事件 
  4. ^ 凸版印刷 編「【犯罪・事件】〔誘拐〕」『1988-1995 件名編』財団法人大宅壮一文庫(理事長:大宅昌)〈大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録〉、1988年10月1日、1133頁。doi:10.11501/12236593NCID BN00281641NDLJP:12236593国立国会図書館書誌ID:000002031754全国書誌番号:90025701。「14-010-012 名古屋女子大生誘拐殺人事件 
  5. ^ 財団法人大宅壮一文庫(編著)「【犯罪・事件】〔誘拐〕」『1888-1987 追補 人名編・件名編』(第1刷発行)紀伊國屋書店〈大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録〉、1997年3月30日、244頁。ISBN 978-4314101257NCID BN00281641国立国会図書館書誌ID:000002637474全国書誌番号:98032084。「14-010-012 名古屋女子大生誘拐殺人事件 
  6. ^ 「「人権派」弁護士が落ちた罠 「バブル企業」とともに捕まった安田好弘(オウム麻原主任弁護人)」『週刊朝日』第103巻第56号、朝日新聞社出版部、1998年12月25日、35-37頁、国立国会図書館書誌ID:4619964。「八〇年に弁護士となると、その年に起きた新宿バス放火事件を始め、山梨県保育園児誘拐殺人事件名古屋女子大生誘拐殺人事件北海道庁爆破事件など、死刑が求刑される事件の弁護を積極的に引き受けた。」  - 通巻:第4301号(1998年12月25日号)。
  7. ^ 安田好弘第三章 一九八〇年の三事件」『「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記』(第1刷発行)講談社、2005年8月5日、129-220頁。ISBN 978-4062121439NCID BA73419486国立国会図書館書誌ID:000007887005全国書誌番号:20855267https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000181953 
  8. ^ 森炎、岡部敬史 著「第2章 死者1人の事件・事故について考える」、金谷敏博(編集人)、目黒哲也(編集担当) 編『「裁く」ための練習帳 裁判員の必読本』(初版発行)学習研究社、2009年1月30日、152頁。ISBN 978-4054040007NCID BA89107212国立国会図書館書誌ID:000009996949全国書誌番号:21535585https://hon.gakken.jp/book/1340400000。「森 それゆえ、このケースでは必ずといっていいほど死刑が選択されます。1980年に発生した「名古屋女子大生誘拐殺人事件」などは、この典型です。岡部映画『天国と地獄』からヒントを得て犯行を実行したことでも話題になった事件ですね。」 
  9. ^ 死刑弁護人 作品解説”. 合同会社 東風 (2012年). 2022年3月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月12日閲覧。 “安田好弘弁護士の主な担当事件 > 1980年 > 名古屋女子大生誘拐殺人事件 木村修治 死刑” - 安田好弘の活動を記録したドキュメンタリー映画『死刑弁護人』(2012年)の公式サイト。

記述について確認

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いくつか記述に疑問点がありましたが、出典の資料にアクセスできないため、確認していただけると幸いです。

  1. #誘拐の準備・下見節の「木村はこの時、……」の文意をとりにくいと感じました。
  2. #身代金要求節の表「5 - 18回目の身代金要求の電話」において、架電場所や備考の「木村は11. の電話をかけた後、……」と「11. および12. の電話は一般加入電話から……」に矛盾があるように見えます。また、表と2. ※の回数と時刻に食い違いがあるように見えます。
  3. #犯人との接触失敗節の「Aと捜査員1人が同駅まで向かい、」の人名は誤字でしょうか。

よろしくお願いします。--IXTA9839会話2022年12月8日 (木) 16:08 (UTC)[返信]

返信 (IXTA9839さん宛) ご指摘誠にありがとうございます。
  1. 「木村はこの時、……」は「木村は自著で、この時に「T駅」(=戸田駅)を約5年ぶりに訪れたことや、その際に……」という風に修正しました。
  2. 身代金要求電話につきまして
    • 11. の電話は判決文によれば公衆電話ですが、その文の出典となった『中日新聞』1980年12月26日夕刊(「午後7時28分の電話」とされている)では、当初の警察発表を元に?「一般加入電話からの電話」と扱われているようです。判決文に合わせておきます。これに関しては同紙の続報も探してみましたが、訂正報はありませんでした。
    • 表と2. ※の回数と時刻についても確認しましたが、食い違いは発見できませんでした。なお身代金要求電話の回数については、『中日新聞』における報道(1980年12月26日夕刊)では12月3日深夜までに「21回」、4日・5日にかかってきた電話(判決では木村は、この時点では既に身代金奪取を断念したことが認定されており、身代金要求電話の回数としてはカウントされていない)が「7回」とされておりますが、本文中では判決で認定された回数(犯人の木村と被害者・捜査機関側の間でやり取りが成立したと認定された回数)の「18回」(12月3日23時16分まで)に合わせております。表下の「※」3回分が、判決ではカウントされていない回数分となります。
  3. 「Aと捜査員1人が……」は誤字でした。「Bと捜査員1人が……」に修正いたしました。
以上でございますが、まだ至らぬ点がございましたらご指摘くださると幸いです。--利用者:要塞騎士会話 / 投稿記録 / 記録 2022年12月9日 (金) 12:51 (UTC)[返信]
返信 (要塞騎士さん宛) 早速確認していただき、ありがとうございます。
  1. 「下見=5年ぶりにT駅を訪問=公衆電話ボックスを初めて認識=派出所を発見」、「公衆電話ボックスの存在はAから聞いて知った」という認識で問題ないでしょうか。出典を確認できていないので文意が変わってしまっているかもしれませんが、『木村が「T駅」(=戸田駅)を訪れたのは約5年ぶりだったが、Aとの通話で知った公衆電話ボックス(駅前踏切の北側にある)をこの時初めて確認し、同時に踏切の南側に派出所があることなどに気づいた旨を、後に自著で記している。』のような表現はどうでしょうか。
  2. 備考の出典である『中日新聞』と判決文で食い違いがあったのですね。承知しました。表と2. ※の食い違いと書いたものは私の見間違えでした。大変申し訳ございません。
  3. 修正ありがとうございます。
よろしくお願いします。--IXTA9839会話2022年12月9日 (金) 14:59 (UTC)[返信]
返信 (IXTA9839さん宛) ご指摘誠にありがとうございます。改めて出典となった木村の著書を確認しましたが、T駅(戸田駅)を訪れた際の経緯はご指摘の通りでしたので、そのような表現に修正させていただきます。--利用者:要塞騎士会話 / 投稿記録 / 記録 2022年12月10日 (土) 05:27 (UTC)[返信]
返信 (要塞騎士さん宛) 対応していただき、ありがとうございます。--IXTA9839会話2022年12月10日 (土) 08:44 (UTC)[返信]