ノート:円周率の無理性の証明
「強い」という表現について
[編集]歴史における「その証明は現代的にはやや不満の残るものであったが、1794年にフランスのルジャンドルは厳密な証明を与え、さらにπ2も無理数であることを示した。π がもし有理数ならば π2 も有理数になってしまうので、ルジャンドルの結果は π の無理性よりも強い。」という記述ですが、後半の記述にある「強い」という言葉は、一般的な無理数の性質によく使う表現でしょうか?意味が伝わりにくいように思います。--Sheiham3 2008年10月27日 (月) 23:58 (UTC)
- 私は日常的に使いますので、数学特有の言い回しなのか私自身よく分からなくなっていますが、少なくとも無理数の性質に限った用語ではありません。例えば、ふたつの定理 A, B があって、A を認めると B はすぐに導かれるが、B を認めても A がすぐには導かれないような場合、A は B よりも「強い」という言い方をします。この言い方が分かりにくければ、「…π の無理性を内包する」とか「…単なる π の無理性よりも進んだ結果である」などの表現ではいかがでしょうか。それでよければ書き換えて下さい。--白駒 2008年10月28日 (火) 10:30 (UTC)
- 丁寧な解説ありがとうございます。了解いたしました。--Sheiham3 2008年11月1日 (土) 10:23 (UTC)
タイトル
[編集]「円周率が無理数であることの証明」がふつうでしょう--Takahiro4(会話) 2015年7月16日 (木) 13:23 (UTC)
- 立項者です。私はどちらでもよいです。これより前にネイピア数の無理性の証明があったので、それに合わせただけです。しかし、Takahiro4氏が実際に移動した先の「円周率が無理数である証明」はやや拙い日本語に感じます。いずれにせよ、無言で移動する行為は推奨されていませんので、Wikipedia:ページの改名を参照してください。--白駒(会話) 2015年7月16日 (木) 14:36 (UTC)
- ◆履歴をよく見ると、移動の際の要約欄に「そんな表現はない」とあるので、無言ではない、と強弁することもできるのかな。そう言われると反論したくなるのですが、小松勇作編『数学英和・和英辞典』irrationality の訳語が「無理性」ですね。--白駒(会話) 2015年7月16日 (木) 14:50 (UTC)
- 「円周率の無理数性の証明」ではいかがでしょうか。「無理数性」ならば意味も通じる気がするのですが。110.66.177.22 2015年7月17日 (金) 10:10 (UTC)
- たしかに意味は通じるようになりましたが、日本語の文献が"円周率の無理性"で検索すると609件、"円周率が無理数"で検索すると2980件です。--Takahiro4(会話) 2015年7月17日 (金) 14:00 (UTC)
- 少なくとも改名については賛成です。ちょっと意味が分かりづらいし。問題はどう改名するかだと思うのですが、いかがでしょうか。110.66.177.22 2015年7月18日 (土) 03:14 (UTC)
- irrationalityの訳語を「無理数性」とした場合、rationalityの訳語は「有理数性」となるはずですが、Google Booksで検索したところ、「"有理数性" 有理数」の検索結果は0件、「"有理性" 有理数」の検索結果は22件となっており、有理性が「数学」で使用されているようです。また、Ciniiの論文検索でも、有理性の検索結果は11件、数学関連が8件、有理数性の検索結果は1件、数学関連が1件となっています。irrationalityとrationalityは対になる概念ですし、上記の状況を勘案するとrationalityの訳語に「有理性」を、irrationalityの訳語に「無理性」を当てた方が良いように思います。 --Sorakara023(会話) 2015年7月18日 (土) 13:34 (UTC)
- ◆もうひとつ文献を挙げると、塩川宇賢:『無理数と超越数』では「無理性」です。「無理数性」にしたいならば、文献を挙げてみてください。本項に限っては「円周率が無理数であることの証明」への移動に強く反対するものではありませんが、検索でヒットする件数が多い題名にしなければならないとか、素人が分かりやすいと感じる表現にしなければならない、という理由は何もない、ということを強く警告しておきます。Takahiro4氏のような方がそういう浅い考えであちこちで改名しようとすると大変迷惑です。--白駒(会話) 2015年7月19日 (日) 04:26 (UTC)
- 「円周率の無理性の証明」か「円周率が無理数であることの証明」ならどちらでもよいと思います。「円周率が無理数である証明」と「円周率の無理数性の証明」は論外。そんな日本語はない。--60.138.165.51 2015年7月19日 (日) 05:36 (UTC)
- なるほどです(こんな日本語もない!)。まあとにかく、私は改名には賛成です。「無理数性」は無いと言われてしまいましたが、楽天ウェブ検索では「無理性」より多く出てきたので提案したまでです。特に「無理数性」にこだわりはありません。110.66.177.22 2015年7月19日 (日) 11:26 (UTC)
- ちなみにぼくもその文献持ってますけど、やっぱり無理数ですね。タイトルが無理性と超越性になっていませんね。無理性だと違う語が出てきてしまったし。その無理性は記事内に載せればいいだけだから--Takahiro4(会話) 2015年7月25日 (土) 13:03 (UTC)
- これがかなり奇妙な提案に見えるのは、そもそもが「円周率の性質」「円周率の無理数性」「円周率の無理性」はあっても「円周率が無理数」とはならない事、つまり語の成り立ち自体が全然違うものを持って来て比べていることにあると思います。「円周率が無理数」はあくまで文章の一部でしかなく、単体では意味を成しません。検索しても文章の一部であるものばかりがかかります。他のは文章の一部でなくても意味を持ちます。なのでどちらがふつうかという話をしても意味がありません。--Sureturn(会話) 2015年7月25日 (土) 13:29 (UTC)
- Sureturnさんの言う通り、「円周率の無理性」と「円周率が無理数」の検索ヒット数を比べても何の意味もないですね(前者が学術的な名詞句であるのに対し、後者は一般的な文章の一部分)。
- 問題は「無理性」という言葉が数学用語として存在するかどうかであり、それが存在し普通に使用されていることは多数の文献が示しています。たとえば上にも出てきた塩川宇賢氏は2003年に『フィボナッチ数の逆数和の無理性と超越性』という記事を書いています[1]。他にも、『πの無理性・超越性』[2]や「ζ(3)の無理性」[3]、「ルート2の無理性」[4]、「ヒルベルトの第7問題 種々の数の無理性と超越性」[5]など枚挙に暇がありません。
- 以上から、「そんな表現はない」という前提自体が提案者の単なる思い違いと言うほかなく、これ以上の議論の必要性を感じません。--AT(会話) 2015年7月25日 (土) 22:05 (UTC)
- 全文載せて検索してもそうなりますよ。無理性が学術的で無理数が学術世界で使わないなんてこともないと思うが。円周率の無理性の証明という語がないと言っていたわけです。--Takahiro4(会話) 2015年7月29日 (水) 00:00 (UTC)
- 「無理数が学術世界で使われない」←誰もそんなことは言っていない。「全文載せて検索してもそうなる」←言葉を省略しすぎで何を言いたいのかよく分からないが、推測したとしても周りの主張に対する有効な反論とは思えない。とにかく、ウェブ検索で記事名を決めようとするのは勘弁して頂けませんか。IP さんが一人で改名を主張する方がまだマシなんじゃないかな。--白駒(会話) 2015年7月29日 (水) 01:08 (UTC)
- (読み辛いのでインデント直しました)Takahiro4さん、何であれそれは「検索ヒット数で記事名を決めるべきではないこと」や「比較対象が間違っていること」の反論にはなっていません。Wikipedia:記事名の付け方では「信頼できる情報源において最も一般的に使われて」いるものを記事名にすることが推奨されていますが、Googleは信頼できる情報源のみから検索するわけではありません。素人のブログやツイッターにおける表現が沢山ヒットしたからといって何の意味もないわけです。「検索ヒット数」や「あなた個人の感覚」以外に改名をすべきだという論拠がないのなら、もうやめにしませんか。--AT(会話) 2015年7月29日 (水) 02:39 (UTC)
- 元110.66.177.22です(なぜか名前が変わってしまいました)。やめにしませんかとATさんがいっているなか恐縮ですが、せめて改名提案のテンプレートを貼りませんか?110.66.43.196 2015年7月29日 (水) 03:20 (UTC)
- それは、改名すべきと思っている方が、Wikipedia:ページの改名を参考にお願いします。IPの方でも問題なく提案や意思表明はできます。その場合は、節を改めて提案理由を述べ、そちらに誘導する方が筋が良くなるでしょう。--白駒(会話) 2015年7月29日 (水) 08:28 (UTC)
- 元110.66.177.22です(なぜか名前が変わってしまいました)。やめにしませんかとATさんがいっているなか恐縮ですが、せめて改名提案のテンプレートを貼りませんか?110.66.43.196 2015年7月29日 (水) 03:20 (UTC)
- 全文載せて検索してもそうなりますよ。無理性が学術的で無理数が学術世界で使わないなんてこともないと思うが。円周率の無理性の証明という語がないと言っていたわけです。--Takahiro4(会話) 2015年7月29日 (水) 00:00 (UTC)
改名提案
[編集]「無理数性」への改名を提案します。(文献に関しては次のようなものが挙げられます。「円周率の無理数性の証明とその教育(2)」[6]、「 美の中の対称性 数学からみる自然と芸術 」[7]等)理由は次の二つです(Wikipedia:記事名の付け方を参考にさせていただきました)。
- 認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの。←本当にそうなのか。確かに「無理性」なるタイトルのついている論文はたくさんある(上の節で多くの方が指摘してくださいました)。が、(例えば)「無理数性」で探しても同じように多くの論文がでてくる。「最も一般的」とは言い切れない。
- 曖昧でない - その記事の内容を曖昧さなく見分けるのに必要な程度に的確な名称であること。←そうだろうか。「無理性」という語は、普通の文脈で出て来た場合、「無理である程度」とか、「理性的でないこと」(変な日本語ですみません)みたいな意味にとられてしまいそうに思う。それならば、まだ「無理数性」の方がましかと。
あと、Takahiro4氏の無理性についての、「そんな日本語は無い」については、議論する必要がないことは明白ですので、ここでは、より良い改名先、改名に反対する理由などについて議論して頂けるとありがたいです。なお、私は「無理数性」に強くこだわるものではありません。110.66.43.196 2015年7月29日 (水) 10:13 (UTC)
- 提案おつかれさまです。意識していませんでしたが「無理数性」と言う人も結構いるのですね。改めて手元の文献を調べると、『天書の証明』で「無理数性」でした。一方、同じ訳者のはずの『解析教程』では「無理性」でした。私が「無理数性」で気持ち悪いのは、語の成り立ちが不自然だからです。「超越数であるという性質」を「超越性」とは言っても「超越数性」とはあんまり言いません(検索したらこれも皆無ではないようですが)。「正規数であるという性質」を「正規性」とは言っても「正規数性」とはあんまり言いません。しかし、『パイ-魅惑の数』では「無理数性」と「超越性」が混在しています。とすれば、あまりこだわっても仕方ないのかもしれません。よって、改名に賛成も反対もしませんが、改名するならば「円周率が無理数であることの証明」の方が(上記の気持ち悪さを回避していて)無難であると思います。提案理由についてやんわりと反論しておきます。
- 認知度が高いのか疑問→これまでの調査によれば、どれも使われているのだから、他の語であっても同様に「最も一般的」とはいえないでしょう。決定打はない、ということです。
- 曖昧でないのか疑問→「無理性」という語が「無理数であるという性質」以外で用いられることは本当にあるのでしょうか。「誤解する人がいそう」では、用いない理由としては弱い。過去の同様の議論の場でも、百科事典は啓蒙の役割もある、という観点から、専門用語を用いてよい、とする意見が見られます。現名称は、無理性という語が無理数である性質を意味する、という知見を読者に与える、というわずかながらのメリットがあります。
- 繰り返しますが、私は改名に賛成も反対もしません(変な理由で改名されると困りますが)。もう少し待って、「円周率が無理数であることの証明」への移動に反対する人がいなければ、合意が得られたと見なしてもよいのではないでしょうか。--白駒(会話) 2015年7月29日 (水) 12:01 (UTC)
- コメント まず「認知度」に関してですが、「最も一般的ではないかもしれない」という可能性だけでは改名の理由にはならないでしょう。何故ならそれは「無理数性」など他の表現についても同じことが言えるからです。ある程度説得力をもって「こっちの方がより一般的」と言えて初めて改名への議論が可能になると思います。また「曖昧さ」についてですが、この節を読む限りこれは「他の記事との区別が(曖昧さなく)付くこと」という意味であって、「その言葉を聞いたことがない人にもわかりやすくあること」という意味ではないと思われます。実際この節にも「その記事の内容を曖昧さなく見分けるのに必要な程度に的確な名称であること」と、見分けられるかどうかに関して書かれています。いかがでしょうか。--AT(会話) 2015年7月29日 (水) 12:28 (UTC)
- では、このようなのはいかがでしょうか。
記事名は、「円周率が無理数であることの証明」とする。理由は、最も分かりやすく、かつ誤解の恐れもなく、「無理性」「無理数性」の語を知らない人にも記事名から簡単に内容が推測可能。 注釈で、「無理数であること」という意味の語に、「無理性」「無理数性」という語があることを書く。「専門家よりも一般的な利用者の関心を重視してください。」(Wikipedia:記事名の付け方より)とある。ならばこの記事名がベストかと。 なおこれも提案するだけであって、強いこだわりがあるわけではありません。
- 追、Wikipedia:記事名の付け方には、「最も著名である」言葉がない場合の対処について載っていなかったと思います。(見つけられなかっただけかもしれません)。その場合どのように記事名をつければよいのかの指針はあるのでしょうか。110.66.43.196 2015年7月29日 (水) 12:51 (UTC)
- 反対 反対する理由のいくつかに関しては既に多くの詳しいコメントがありますので、別の観点からの理由を付け加えるに留めます. 記事名の付け方の基準には「簡潔 (Conciseness)」という観点があります. 「円周率の無理性証明」は内容を簡潔明瞭に表していますが, 他方「円周率が無理数であること」では既に「文章である」との指摘があるように表現として冗長です. 積極的に改名しなければならない理由が無いのであればこれ以上の議論は無用に思います--Buriedunderground(会話) 2015年7月29日 (水) 13:02 (UTC)
- 上記のほうにある白駒氏の「日常的に使っているので分からない」等の部分から代数世界の人以外が使わないような表現がこの記事などに現れすぎている。「百科事典は啓蒙の場である」のソースをお願いします。曖昧さの観点 google booksから使用例:①概念における<無理性>の問題について : 建築的原理に向けて②トマスによれば,無理性的な動物の魂とは--Takahiro4(会話) --Takahiro4(会話) 2015年7月30日 (木) 01:43 (UTC)
- Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはには、「複数の基準を満たすために他の基準を犠牲とする必要があるかもしれません。そういった場合には、記事名は信頼できる情報源における慣例を参考にしつつ、議論して決めてください。」とあります。この場合、「首尾一貫している」「簡潔」が満たされている代わりに、「認知度が高い」が犠牲になっています。議論はまだ行うべきかと。
- 個人的に、「無理性」のままでも、「無理数性」と変わらないのなら、変える必要はない。と考え始めました。私的には「無理数性」は諦めます。ちなみに、「無理性」とするならば(Wikipedia内では「無理数性」を用いている記事(無理数、オメガ定数)は2件しかなかったので、)それらも「無理性」に変更するべきかと。110.66.43.196 2015年7月30日 (木) 03:34 (UTC)
- (インデント修正しました)「『認知度が高い』が犠牲になっている」は本当でしょうか? CiNiiでは「無理性」も「無理数であること」も同数でした。「認知度が高い」は「一般的・大衆的」とか「平易である」という意味ではなく「論文や教科書など信頼できる情報源で良く使われている」という意味であることに注意してください。--AT(会話) 2015年7月30日 (木) 03:44 (UTC)
- >「最も著名である」言葉がない場合の対処
- ない、というよりは複数候補があるわけですよね。この記事に関して言えば、「最も著名である」名前候補のうちの一つが現に付いているわけですから、「ページ名が記事名の付け方のガイドラインに沿っていないとき」には該当しておらず、何も対処する必要はありません。--AT(会話) 2015年7月30日 (木) 03:50 (UTC)
- なるほどです。そうですね。私としては、改名は諦めます。他にも改名を希望する人がいなければこの件は改名中止で構いません。皆さん忙しいなかご意見ありがとうございました。110.66.43.196 2015年7月30日 (木) 09:16 (UTC)
- こちらこそありがとうございました。同じ理由で同じ提案をされている方は他にいないので、この節の議論はクローズということでいいと思います。Wikipedia:ページの改名#告知の終了処理などを参考に終了処理をしていただけると幸いです。--AT(会話) 2015年7月30日 (木) 09:59 (UTC)
- それでは、議論を終了したいと思います。結論としては、改名は中止です。皆さん本当にありがとうございました。110.66.43.196 2015年7月30日 (木) 10:56 (UTC)
背理法を用いない証明について
[編集]一部の文言に対して、一部の脱背理法推進者が強く批判している「結果的に正しくない仮定から論理的に正しくない矛盾を導く」を行っていることに他ならないのは正しいです。実際問題、真である命題のみを用いて証明を完了するのは難題です。ただし、背理法を用いない証明はただ単に背理法を用いていない証明としては成り立っていると思われます。背理法を用いない証明は好みの問題以外の何物でもないので、何が何でも削除しなければならないという切迫した事情があるのならば削除するのも検討します。--Morley41Wiki(会話) 2019年6月25日 (火) 15:30 (UTC)
- ひとつ上にあるランベルトによる証明は背理法を使ってないですし一行で終わり簡潔なのですがこれでは不満なのですか。トンデモだと評判のサイトを資料としているのですから、批判も併記するがフェアだと思います。あと証明末尾の「すなわち、正整数 p, q に対して~で有理数でない」は背理法ではないのですか。--Kik(会話) 2019年6月26日 (水) 14:25 (UTC)
- ◆ウィキペディア的には両論併記が望ましいのでしょうが、そもそも両論併記できるほど資料がない、つまり脱背理法は全く世間に相手にされていない、ということだと思います。世間的には大学教授は立派な人と思われているのでしょうから、何が何でも削除すべき、とまで私は主張しませんが、逆に世間から相手にされていないものを何が何でも掲載すべき、とする理由もないでしょう。◆個人的には、少し言い回しを変えただけの証明に急に価値が生じるとは全く思いません。珍妙な説を声高に主張すれば、確固たる考えを持たない人の注意は惹けるかもしれませんが、影響を受けた人が多数教員になっているだろうと思うと、罪作りなことです。--白駒(会話) 2019年6月27日 (木) 09:19 (UTC)
- ◆批判は有って当然のことです。ですので、もちろん批判も併記すべきです。また、「すなわち、正整数 p, q に対して~で有理数でない」は背理法です。よって、「すなわち、正整数 p, q に対して~で無理数である。」という文言に修正しました。◆理論上、背理法で証明できるものに関しては背理法を用いない証明方法でも証明できますので、この証明に関してそれを示しただけに過ぎません。上記の議論から無害ではない可能性や現時点において普通の理論でないことは理解しました。しかしながら、現時点で世間から相手にされていなくとも時代の経過によってその考え方が変化する可能性が少しはあることまでは否定出来ないように思われます。私個人の意見としては、背理法を用いた証明も知っているし、背理法を用いない証明方法も知っているのが望ましいと思います。ただし、私はよほどのことがない限りは背理法を用いる証明を他者に勧めるでしょうけれども。なぜならば、背理法の証明中の正しくない主張を正しくない主張ととらえ、それを適切に否定すれば正しい主張になることは、間違えないのですから。さらに、背理法しっかり理解して用いれば背理法には途中結果に誤った主張が出現し、それが矛盾を導くことを理解できると考えられるからです。--Morley41Wiki(会話) 2019年6月27日 (木) 17:23 (UTC)
- ◆「有理数でない」を「無理数である。」に変えたらなんで背理法を使ってないことにできるのですか?何を守っていれば背理法を使っていないことになるのかの基準が全く分かりません。ランベルトによる証明は背理法を使ってないことがはっきり分かるので、こっちを背理法を使わない証明の例にした方がよいのではないですか?--Kik(会話) 2019年6月28日 (金) 20:00 (UTC)
- ◆証明が不適切な旨、了解しました。証明を削除します。--Morley41Wiki(会話) 2019年6月29日 (土) 12:10 (UTC)