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ノート:仙寿院 (南部利直側室)

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改名提案

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仙壽院を仙寿院(「寿」を常用漢字体にする)に改名したいと思います。

現代の固有名詞で、あえて正字体を用いているもの(例:野村證券の「證」)、歌舞伎役者や落語家などが代々襲名している名跡で、正字体を使用することが慣例となっているもの(例:市川團十郎の「團」)は別として、歴史上の人物名については、当該人物の活動した時代に関わらず常用漢字体を用いるのが通例です。ウィキペディアでも、既存の紙製の事典でもそのようになっています(例:「源實朝」でなく「源実朝」と表記)。なお、本文解説中で古文書、墓碑銘などを原文どおり引用する場合に正字体を用いるのは差し支えないと思います。

念のため、ウィキペディアの歴史的人物の記事で、正字体の「壽」でなく、常用漢字体の「寿」が用いられている実例を挙げると、松寿院寿光院寿福院本寿院織田寿重丸西郷寿員島津久寿など多数あります。--Urania 2009年11月30日 (月) 13:00 (UTC)[返信]

反対 電子的に表記できている固有名詞をわざわざ代用漢字に改名する意味はない.本文中の乱れはともかく,少なくとも記事名と導入部については正字体をたてて,代用漢字側をリダイレクトにすべきと考えます.
(提案者コメント)私は、仙寿院という人物自体にさほどのこだわりはありませんが、名前に「寿」の字を含む他の歴史上の人物の記事名との整合性という観点から、改名提案を提出しました。何がなんでも改名しなければ、というほどのこだわりはありません。とは言うものの、上に頂戴したご意見は、提案理由に対する反論になっておらず、さすがに首肯いたしかねますので、不同意の旨を表示させていただきます。
名前に「寿」の字を含む他の歴史上の人物(上に列挙済み)の記事名表記は常用漢字の「寿」になっています。そうした中で、仙壽院という特定の一人物の記事名のみ旧字の「壽」表記としておくことは整合性を欠くことになります。これは「壽」が電子的に表示可能か否かとは別個の問題です。また、「寿」は代用文字ではありません。たとえば、「藝」と「芸」の場合、前者と後者はもともと起源や字義を異にする別字であって、後者は前者の代用文字という考えもできます。しかし、「寿」に関しては「壽」の代用文字ではなく、同一文字種の別字体です。上のご意見とは逆に、「仙寿院」をページ名とし、記事冒頭に旧字表記を併記しておき、「仙壽院」をリダイレクトとしておけば、実用上も問題はありません。
たったお一人でも反対意見があれば(上のご意見には署名さえありませんが)、「合意に至らず」ということで改名は不成立ということになるのでしょうか。本件改名について、特に急いで実施しなければならない案件でもないので、他の方からご意見が出てこないか、今しばらく様子をみたいと思います。--Urania 2009年12月26日 (土) 07:03 (UTC)[返信]
賛成 。提案者の「歴史上の人物名については、当該人物の活動した時代に関わらず常用漢字体を用いるのが通例」との指摘の通りです。歴史上の人物の正しい呼び方が、歴史上の時空に存在するというのは誤想です。文字の使い分けを含めて、歴史上の人物が存命していた時代から現在にいたる時間の経過の中で、変遷があり、現在、標準的とされる表記や呼称にいたっています。日本の歴史上の人物ならば、日本史学、日本文学研究、日本美術史研究など、それぞれの分野で標準的に用いられている表記に準拠すべきです。
無署名で反対票を投じられたRamblerさんにおかれましては、主張の結論だけでなく、研究諸分野の慣例や、第二次世界大戦後の人名辞典等の表記とは異なる歴史人名表記を、ウィキペディアにおいては採用すべきであるとする自説の論拠をお示しください。--rshiba 2009年12月28日 (月) 04:34 (UTC)[返信]
繰り返しになりますが、この種の提案について、1つでも反対意見があれば、その内容の是非にかかわらず、「却下」ということになるのでしょうか。もしそうだとすれば、1人の反対者の意見がそのページの「ルール」になってしまい、各種の方針や原則は存在しないのと同じことになってしまいます。私の覚えている例では、「慈恩大師」から「基 (僧)」への改名提案について、反対意見が正式に取り下げられたわけではありませんが、「めぼしい反論がなく、ほぼ同意を得られたものと判断し」ということで改名が実行された例があります(参照:改名提案の差分ノート:基 (僧))。
本件について、反対意見のみで賛成意見がゼロの状態での改名はさすがに躊躇されましたが、その後、第三者からの明確な賛意が示されました。また、上のrshibaさんの書き込みをいただいてから3週間ほど経ちますが、それに対する反論は寄せられていませんので、そろそろ改名に踏み切らせていただいてよろしいでしょうか。--Urania 2010年1月17日 (日) 00:41 (UTC)[返信]
すでに十分な周知期間をおいていますが、rshiba氏、Uraniaの2度にわたる問いかけに対し、どなたからもご異論はなく、有意な反対意見なしと解釈して改名しました。むろん、再改名(差し戻し)提案をさまたげるものではありませんが、漢字の新旧字体の問題については、本件記事のみを単独に取り上げるのではなく、他の同類の記事との整合性をご考慮いただきたく存じます。--Urania 2010年1月30日 (土) 06:49 (UTC)[返信]

同名事象

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東京・渋谷区に、同名の寺「仙寿院」があることを、念のために付記しておきます。 同院は、由緒あること、都内幹線道路の交差点名になっていること、有名心霊スポットと関連していること、等々から、東京では相当程度の知名度があると思われます。(参考: 千駄ヶ谷トンネル) この女性、「仙寿院」とのあいだの著名性の優劣については、私には判断が付きかねますが。--Eros618 2010年8月12日 (木) 20:54 (UTC) [返信]

人物記事の仙寿院の復活と平等な曖昧さ回避化の提案

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当記事は初版以来、南部利直側室・南部直房生母の仙寿院(当初の記事名は仙壽院)に関する記述で占められていましたが、2012年1月23日になって、#同名事象で言及されている寺院の記述が上書きされ、人物記事に対するフォローは一切なく現在に至っています。この人物記事を初版以来の履歴を継承する形で復活させ、かつ寺院の記事との平等な曖昧さ回避にすることを提案します。具体的には次の手順を踏みます。

  1. 仙寿院仙寿院 (南部利直側室) へ改名(ノートページも付随)。
  2. 仙寿院 (南部利直側室) を2010年1月30日 (土) 23:25 (UTC) の版へ差し戻しののち加筆。
  3. 仙寿院 (渋谷区)仙寿院 (南部利直側室) の2015年10月20日 (火) 05:34 (UTC) の版を全文転記。
  4. 仙寿院を平等な曖昧さ回避記事化。

--エンタシス会話2017年2月25日 (土) 10:09 (UTC)[返信]

  • コメント エンタシスさんがおっしゃる方法でもいいですが、管理者もしくは削除者に依頼して履歴を分割してもらった方が履歴が見やすくなってより良いと思います。平等な曖昧さ回避にするのであれば以下の手順が考えられます。
    1. 仙寿院を一旦削除し、2010年1月30日 (土) 23:25 (UTC)までの版を復帰。
    2. 仙寿院仙寿院 (南部利直側室)へリダイレクトを作成せずに移動(ノートページも付随)。
    3. 仙寿院の2012年1月23日 (月) 10:10 (UTC)以降の版を復帰。
    4. 仙寿院仙寿院 (渋谷区)へ移動。
    5. 仙寿院を曖昧さ回避ページにする。
  • なお、平等な曖昧さ回避にするべきかどうかについて私から意見はありません。--本日晴天会話2017年2月25日 (土) 15:32 (UTC)[返信]

報告 管理者伝言板に履歴分割依頼を出しました。--エンタシス会話2017年3月4日 (土) 11:39 (UTC)[返信]

履歴分割が実施されましたので、以降の手順をすべて実施しました。--エンタシス会話2017年3月4日 (土) 13:21 (UTC)[返信]