ノート:ループもの
記事作成お疲れ様です。さっそくの意見になってしまうのですが、「日本のオタク文化におけるループもの」の項目内の文章における前半部の結論が性急過ぎる気がします。 『オタク自身の姿を写したものとして論じられる』という部分や『このほかループものがオタク文化で特に好まれている理由として、成熟拒否的で幼児性に固執しがちなオタクにとっては……』の部分など、出典情報はあれどごく一部での見解にすぎないものだと云う事を注釈すべきかと。 また、「ループものの例」における『マドカまぎか』の説明文も『ループものの総括とも、ループものを含むゼロ年代の時代的要素の総括ともいわれる』部分はあくまで一部見解であるかと思われます。この点について議論および、編集の余地を提示させていただきます。では失礼します。--Giavolt 2011年5月19日 (木) 14:10 (UTC)
改名提案
[編集]「時間ループもの」のほうが明確では? --Clinamen 2011年5月21日 (土) 11:32 (UTC)
- コメント 単に「ループもの」とする表記の方が一般的であるように感じられますし、他に紛らわしい概念がある訳でもないので、あまり賛成ではありません。--Kanohara 2011年5月21日 (土) 18:11 (UTC)
- 正式に改名を提案されるのであれば、Wikipedia:ページの改名で推奨されている告知(テンプレの設置とWikipedia:改名提案提出)を行った上でお願いします。
- 本記事で出典として利用されている『ゲーム的リアリズムの誕生』や『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』では「ループもの」という用語が使われていますので、「時間ループもの」という表現を用いた資料が確認され、なおかつそれと比べて「ループもの」表記のほうが劣勢であると考えられるのでなければ、改名には反対します。--貿易風 2011年5月22日 (日) 01:53 (UTC)
- あ、いえ、そういう決を取るとか、手続きを開始したいとかそういう話ではなくて、コメントを、というくらいの話です。
- で、日本のある時期以降のオタク文化のコンテキストで、そういう術語、タームとして「ループもの」で固まっている、という話には全然異議はないです。
- それを踏まえた上で、そうであるがゆえに、それに限らない、「時間ループ」を扱う作品全般を対象とした記事にして、現状の内容を、
- その部分として組み込むほうが、より広いコンテキストについて記述するにも適切ではないか、ということです。
- 単に「ループもの」という記事名で、現状の解説がメインで記述している範囲外の、たとえば海外の時間ループSFについてや、現実の物理における時間ループについての記載などを書くのは、微妙に違和感を感じるのですが、そんなことありませんか。
--Clinamen 2011年5月22日 (日) 06:08 (UTC)
短編小説は?
[編集]短編小説には触れないのですか? 短編なので、わたしは題名を忘れていますが、アメリカでは1950年代にシェクリが時間に閉じ込められる短編を書いており、他、閉じた時間に閉じ込められるという発想の原型は1950年代アメリカSF短編に萌芽が見られるものです。ディックの短編でも非常に傑作があったと記憶していますし、スチャリトクルの短編「しばし天の祝福を遠ざかり」がこのアイデアの最高傑作だと思うので、言及しないのは残念なのですが。--バンパー(会話) 2013年3月10日 (日) 09:36 (UTC)
短編についての特定が遅れているようですが、わずかに言及されたことを嬉しく思います。グリムウッドの「リプレイ」を元祖と考えるのは、あまりにもアメリカSF短編小説を知らなすぎる意見です。ちなみに、この議論をした時、日本の「ドグラ・マグラ」がループものであると指摘した人物がいました。1935年にすでにループものは存在したということになります。--バンパー(会話) 2013年3月26日 (火) 04:47 (UTC)
「過去の自分に戻って人生を再挑戦するという設定を大きく広めるきっかけとなったのはケン・グリムウッドの小説『リプレイ』(1987年発表)であるが」とありますが、いくらなんでも根拠のはっきりしない妄説でしょう。出典として大森望さんの2007年の発言をあげているようですが、信憑性があるか極めて疑わしいものです。--バンパー(会話) 2013年4月15日 (月) 05:21 (UTC)
- 「2014年3月11日 (火) 09:04」版の編集において、“過去の自分に戻って人生を再挑戦するという設定”→“「何度も過去に戻って行動をやり直す」という設定”へと記述を変更しました。文意を解釈してより理解しやすいよう改善する意図で行っていますが、脚注の評とは内容に齟齬が生じるかもしれません(出典は参照していないので、あくまでも「人生やり直しストーリーの典型」として挙げられている可能性も)。他方、内容の是非に関して「信憑性が疑わしい」事には、個人的にはノーコメントとしますが、2000年代以降の「ループもの論」としては顕著な例と言えなくもないかというのが私見です。--Platinum-phantom(会話) 2014年3月12日 (水) 16:16 (UTC)
- コメント 妄説かどうかを決めるのはウィキペディアの編集者ではなく、検証可能な情報源で妄説であるとされているか否かであろうと考えます。私としても、世間で高名な評論家とされている方々の言説に、時々首を傾げることもありますが、専門家の意見が正しいかどうかを検証するのは我々の仕事ではありません。--Kanohara(会話) 2014年3月13日 (木) 00:36 (UTC)
“昔の自分に戻って人生をやり直す”というパターンがひとつのサブジャンルとして確立したのは、前述のケン・グリムウッド『リプレイ』(杉山高之訳/新潮文庫)が世界的に大ヒットして以降。1987年に発表された『リプレイ』は、世界幻想文学大賞を受賞し、日本でも高い人気を得た。(中略)……というように、90年以降、陰に日向に『リプレイ』の影響を受けた作品がたくさん誕生している。いかに『リプレイ』のインパクトが強かったかの証拠だが、とはいえ、昔の自分に戻って人生をやり直すというアイディアは、なにも『リプレイ』のオリジナルではない。たとえば、 — 大森望 「解説」『リピート』 乾くるみ、文藝春秋〈文春文庫〉、2007年、510-513頁。ISBN 978-4167732028。
という文章になっており、以降の文章では大森氏自身が翻訳を手掛けた1982年のイアン・ワトスンの短編「知識のミルク」に始まり、筒井康隆の短編「秒読み」「しゃっくり」、および『時をかける少女』の紹介の後、古今の時間SF作品の列挙に及ぶ……という体裁になっています。出典元を読む限り、大森氏は過去のループもの作品を知らないわけでも短編作品をないがしろにした訳でもなく、マイナージャンルだったループものが大ブレイクしたきっかけとなるエポックメイキング的作品として『リプレイ』を挙げた、ということのように読み取れます。また、大森氏は『リプレイ』が内容として傑作かどうかには触れておらず、ただ商業的に成功した作品であるという形での紹介に留まっています。--Kanohara(会話) 2014年4月12日 (土) 21:32 (UTC)
差し戻しの説明
[編集]「2013年7月3日 (水) 19:49」(差分)の編集において、「虚構記事の削除」という要約欄とともに一部記述が除去されていましたが、意図が分かりませんのでいったん復帰しました。もし、この記述の出典となっている情報源を確認した上で「Wikipediaの記事での記述と出典元の記述との間に齟齬がある」というような問題点があるのであれば、それを具体的に指摘した上で編集または問題提起をお願いします。--貿易風(会話) 2013年7月22日 (月) 19:43 (UTC)
この記事を情報源とした文献
[編集]昨日、古本屋で浅羽通明氏の『時間ループ物語論 成長しない時代を生きる』洋泉社 2012年11月(ISBN 978-4-8003-0018-8)という書籍を購入してみました。書籍では膨大な数の「ループものの作品の例」や「関連する概念」のピックアップや、このノートで何度か話題になっている宇野常寛の『魔法少女まどか☆マギカ』論への反論、元祖論への言及、大森望による2007年の発言など、ループもの全般に関する自説が語られています。『ドグラ・マグラ』や、古典作品への言及もありますね。
ただ、この書籍、ウィキペディア日本語版および英語版におけるこの記事への言及をはじめ、幾つかの箇所でウィキペディアの内容や、ブログ、掲示板の話題を情報源のひとつにしているので、参考文献として扱う場合はWP:CIRCULARに注意する必要があるな、という印章は受けました。ただ、浅羽氏がウィキペディアの記事、ブログ、掲示板などの内容を元に、原典に当たりつつも独自に検証や考察を行っている内容については、査読され検証可能となった情報として扱ってよいと考えます。--Kanohara(会話) 2014年3月16日 (日) 19:44 (UTC)
カテゴリの改名提案
[編集]Category:ループものを題材とした作品のCategory:ループものへの改名を提案します。収録されている作品はループものそのものです。--エンタシス(会話) 2017年1月7日 (土) 08:41 (UTC)
- 改名しました。--エンタシス(会話) 2017年1月14日 (土) 09:12 (UTC)