ジブカイン
IUPAC命名法による物質名 | |
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臨床データ | |
Drugs.com |
国別販売名(英語) International Drug Names |
法的規制 |
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データベースID | |
CAS番号 | 85-79-0 |
ATCコード | C05AD04 (WHO) D04AB02 (WHO) N01BB06 (WHO) S01HA06 (WHO) S02DA04 (WHO) |
PubChem | CID: 3025 |
IUPHAR/BPS | 7159 |
DrugBank | DB00527 |
ChemSpider | 2917 |
UNII | L6JW2TJG99 |
KEGG | D00733 |
ChEBI | CHEBI:247956 |
ChEMBL | CHEMBL1086 |
化学的データ | |
化学式 | C20H29N3O2 |
分子量 | 343.47 g·mol−1 |
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ジブカイン(英:dibucaine)は、アミド型局所麻酔薬の1つである。ただし、国際一般名をはじめとして、イギリスなどでは、シンコカイン(INN、BAN:cinchocaine)と呼ばれる。ジブカイン(USAN、JAN:dibucaine)の名称を一般名として用いているのは、アメリカ合衆国や日本などである。商品名ペルカミンS、パラブチルアミノ安息香酸ジエチルアミノエチル塩酸塩との合剤がネオペルカミンS、としてそれぞれ脊髄くも膜下麻酔を適応として販売されていたが販売終了となっている。ペインクリニック領域では、サリチル酸ナトリウムと臭化カルシウムを配合したネオビタカインが、神経痛などを適応として1959年の薬価収載以降、60年以上使用されている[1]。ジブカインは脱分極性筋弛緩薬であるサクシニルコリンの代謝酵素である、偽コリンエステラーゼの活性測定にもかつては使用されていた(ジブカインナンバー)。
麻酔薬
[編集]ジブカインは構造中にアミド結合を有した、アミド型局所麻酔薬の1つである[2]。 ただし、他のアミド型局所麻酔薬、例えば、リドカイン、ブピバカイン、メピバカインなどがすべて「芳香環-NH-CO-R」のアミド結合をしているのに対して、ジブカインは「芳香環-CO-NH-R」と順番が異なっている[3]。 一般にアミド型局所麻酔薬の方がヒトでの分解が遅いため、エステル型局所麻酔薬よりもアミド型局所麻酔薬の方が作用時間が長く、ジブカインを0.5パーセントの濃度で脊髄くも膜下麻酔で用いた場合の平均作用時間は、3時間から4時間程度である[4][注釈 1]。なお、局所麻酔薬はヒトに対して毒性を持っており[5]、ジブカインも例外ではない。
ジブカインのヒトでの主な用途は脊髄くも膜下麻酔であり、その最高投与可能量は、体重1 kg当たり0.7 mgである[6]。日本において0.3%製剤が、古くから脊髄くも膜下麻酔に用いられてきたが、より毒性が低いテトラカイン、そしてさらに毒性が低く、作用時間が長いブピバカインに市場を奪われ、ペルカミンS、ネオペルカミンSともに2015年3月末に薬価収載が終了となった[7]。局所麻酔に用いる場合もある[1][8][9]。なお、前述のネオビタカインはビタカイン製薬株式会社によるが、この会社はネオビタカインのみを製造・販売し続けている[10]。ネオビタカインと同種・同効の後発薬にはジカベリン、ジブカルソー、タイオゼット、ビーセルファがある[11]。
適応
[編集]2023年現在、ネオビタカインは症候性神経痛、筋肉痛、腰痛症、肩関節周囲炎などに対する硬膜外ブロック、浸潤麻酔、神経ブロック、トリガーポイント注射を適応としている[1]。
製剤学
[編集]ジブカインは、その分子構造から明らかなように、塩基性の条件下では水溶性を失う。したがって、ジブカインは例えば塩酸との塩の形、すなわち、ジブカイン塩酸塩(dibucaine hydrochloride)の形にして、注射薬などとして製剤化する。
配合薬
[編集]ジブカインは、ヒトの痔の治療に使用する場合のあるプロクトセディルのような、薬剤に有効成分の1つとして配合されている事例が見られる。参考までに、プロクトセディルに配合されているジブカインも、塩酸塩の形で配合してある。ネオペルカミンSやネオビタカインもジブカインを主剤とした配合薬である。
安楽死
[編集]ジブカインは獣医学分野でも用いる場合のある薬の1つである。ジブカインは高い毒性を持った薬の1つとして知られ[8]、その毒性を利用して、ウマやウシを安楽死させるために用いる場合がある。
構造と生理活性に関して、関連する化合物
[編集]プロカインアミドもジブカインと同様に「芳香環-CO-NH-R」を有する。このアミド結合がエステル結合であるプロカインは、エステル型の局所麻酔薬の1つとして知られる。しかしながら、プロカインアミドは心筋に発現している電位依存性ナトリウムチャネルに対する作用を利用して、抗不整脈薬として利用される[3]。 なお、プロカインアミドは心筋で活動電位持続時間と不応期の時間を延長させる作用を示す[12]。
ジブカインナンバー
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血清中の偽コリンエステラーゼ活性の古典的検査法として、ジブカインナンバーがある。これはジブカインを静脈内注射して偽コリンエステラーゼ活性を測定し、偽コリンエステラーゼの異型酵素保有者を調べるものである。異型酵素保有者では脱分極性筋弛緩薬であるサクシニルコリンの作用時間が通常数分であるところ、数時間にまで異常延長する[13]。しかし、サクシニルコリンの使用頻度が激減したために偽コリンエステラーゼ活性の測定も臨床的意義が激減した。
開発の経緯
[編集]1932年、Mieschnerは、アセトアニリド系の新しい解熱剤を開発中、局所麻酔作用のある化合物を発見し、シンコカインCinchocaineと命名した[14]。その後、ヨーロッパでPercaineとして使用されたが、プロカイン Procaineと発音が類似していることから間違われやすく死亡事故が続出したので、名称はシンコカインに戻った[14]。商品名はNupercaineが使用され、米国ではジブカイン Dibucaineと呼ばれるようになった[14]。日本では一般名はジブカインだが、商品名は欧州のそれを引き継いでペルカミンとなった[14]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 日本で認可されなかった高濃度0.5%製剤の作用時間である。市販の0.3%の製剤であれば、せいぜい、この半分程度の持続時間であった。0.5%のみならず、0.3%の製剤も脊髄に恒久的障害を残し得る神経毒性が問題となり、医療機関においてはテトラカインやブピバカインへの置換が進められた。
出典
[編集]- ^ a b c “医療用医薬品 : ネオビタカイン (商品詳細情報)”. www.kegg.jp. 2022年12月25日閲覧。
- ^ Anthony P Adams・Penelope B Hewitt・Christopher M Grande(編)丸川 征四郎(監訳)『緊急患者の麻酔 基礎と実際』 p.319 秀潤社 2004年5月31日発行 ISBN 4-87962-275-3
- ^ a b 柴崎 正勝・赤池 昭紀・橋田 充(監修)『化学構造と薬理作用 - 医薬品を化学的に読む(第2版)』 p.103 廣川書店 2010年10月20日発行 ISBN 978-4-567-46240-2
- ^ Anthony P Adams・Penelope B Hewitt・Christopher M Grande(編)丸川 征四郎(監訳)『緊急患者の麻酔 基礎と実際』 p.319、p.320 秀潤社 2004年5月31日発行 ISBN 4-87962-275-3
- ^ Anthony P Adams・Penelope B Hewitt・Christopher M Grande(編)丸川 征四郎(監訳)『緊急患者の麻酔 基礎と実際』 p.318 秀潤社 2004年5月31日発行 ISBN 4-87962-275-3
- ^ Anthony P Adams・Penelope B Hewitt・Christopher M Grande(編)丸川 征四郎(監訳)『緊急患者の麻酔 基礎と実際』 p.320 秀潤社 2004年5月31日発行 ISBN 4-87962-275-3
- ^ “2014.11.27 経過措置医薬品告示情報 (経過措置期限 2015.3.31)(148件)”. データインデックス. 2022年12月25日閲覧。
- ^ a b Martindale, The Extra Pharmacopoeia, 30th ed, p.1006
- ^ Dibucaine
- ^ “ビタカイン製薬株式会社”. www.vitacain.co.jp. 2022年12月25日閲覧。
- ^ “ジカベリン注2mLの同効薬・薬価一覧 - 薬価サーチ2022【薬価検索&添付文書検索】”. yakka-search.com. 2022年12月25日閲覧。
- ^ 柴崎 正勝・赤池 昭紀・橋田 充(監修)『化学構造と薬理作用 - 医薬品を化学的に読む(第2版)』 p.219 廣川書店 2010年10月20日発行 ISBN 978-4-567-46240-2
- ^ 日本麻酔科学会 2015, p. 147.
- ^ a b c d 藤森貢 (1967). “局所麻酔剤について”. 分娩と麻酔 22: 42-47.
参考文献
[編集]- “Cinchocaine hydrochloride determination by atomic absorption spectrometry and spectrophotometry.”. Farmaco 60 (5): 419–24. (2005). doi:10.1016/j.farmac.2005.03.001. PMID 15910814.
- “Effects of dibucaine on the endocytic/exocytic pathways in Trypanosoma cruzi.”. Parasitol Res 99 (4): 317–20. (2006). doi:10.1007/s00436-006-0192-1. PMID 16612626.
- “Effect of various formulation variables on the encapsulation and stability of dibucaine base in multilamellar vesicles.”. Acta Pol Pharm 62 (5): 369–79. (2005). PMID 16459486.
- Aroti, A.; Leontidis, E. (2001). “Simultaneous Determination of the Ionization Constant and the Solubility of Sparingly Soluble Drug Substances. A Physical Chemistry Experiment .”. Journal of Chemical Education 78 (6): 786–788. doi:10.1021/ed078p786.
- 日本麻酔科学会「Ⅵ 筋弛緩薬・拮抗薬」『麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン』(第3版第4訂)公益社団法人日本麻酔科学会、2015年3月13日 。