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デジタル単一市場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

デジタル単一市場 (デジタルたんいつしじょう、: Digital Single Market、略称: DSM) とは、電子商取引 (オンラインショッピング) やコンテンツ配信サービスなどを含むデジタル・プラットフォーム全般に消費者や事業者が安全、公正かつ効率的にアクセスできるよう、欧州連合 (EU) 加盟各国の法制度や技術規格が統一化されたデジタル経済圏を指す概念用語である[1]:1。デジタル単一市場のEU域内構築を目指す構想はデジタル単一市場戦略と呼ばれ、欧州委員会委員長ジャン=クロード・ユンケル主導の下、2015年に提唱された[1]:1。以降、DSM戦略に基づき制定されたEU法令には、著作権消費者保護サイバーセキュリティ対策、人工知能 (AI) 規制などが含まれ[2]、ユンケル任期中 (-2019年) に成立したDSM関連法案は28本に上る[3]。基本条約の一つであるEU機能条約 第26条では、人・モノ・サービス・資本の域内自由移動を目的に掲げており、これを阻むデジタル関連の障害を取り除く側面がDSM戦略にある[4]:2

デジタル単一市場戦略の骨子

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デジタル単一市場構築に向けた3つの柱[1]:2

DSMを実現するにあたり、DSM戦略では16の施策を掲げ、それを3つの柱に分類している[1]:2

第1の柱は「アクセスの向上」である。DSM戦略提唱以前は、たとえばEU域内の国を超えてオンラインで物販を行っている中小企業の割合が低く、EU各国で取引ルールが異なる、配送コストが高い、購入したデジタルコンテンツが他国では利用できない、消費者が安全面の不安を感じる、といった制度面の問題が指摘されていた。こうした障壁を撤廃し、EU域内でより多くの消費者や事業者がデジタルサービスや商品にアクセスできることを目指す[1]:2

第2の柱はインフラやプラットフォームといった土台となる「環境づくり」である。高速通信ネットワークの技術インフラ整備によって地域間格差の解消を目指す。また検索エンジンやSNS、コンテンツ配信サービスなどのデジタル・プラットフォーム事業者に対して不正競争や個人データの不適切な取扱といった不公正な運営を禁じる[1]:2

第3の柱は「経済・社会の潜在力最大化」である。EU各国のサーバー内だけに保存されているデータをEU域内で利用できるよう、欧州クラウドシステムや様々な認証登録システムを共有する欧州電子政府を構築して、データの域内移動・統合・活用を促進する。新技術やデバイスの域内標準化や互換性を担保する。さらにデジタル関連の技術者育成や雇用など、人材活用にも取り組む[1]:2

デジタル単一市場戦略に基づく法令

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DSMの実現を目指し、これまでに可決した主なEU法令は以下のとおりである[2]。なお、法令番号の頭4桁の数字は制定された西暦年を表し、リンクをクリックするとEU官報を配信するEUR-Lexサイト上の該当ページに遷移する。

EUデジタル政策の沿革

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EUでは10年サイクルで中長期経済成長戦略の大綱が立法機関の欧州連合理事会、または行政機関の欧州委員会から発表されている。DSM戦略も含め、デジタル政策について触れられているものを時系列で以下に挙げる。

  • リスボン戦略英語版 - 2000年に欧州連合理事会が発表した、2010年までの10か年成長戦略[15]
  • ヨーロッパ2020英語版 (別称: 欧州2020) - 2010年に欧州委員会が発表した、2020年までの10か年成長戦略[16][1]:1
  • 「欧州のデジタル未来の形成」(Shaping Europe's digital future)、「欧州データ戦略」(A European strategy for data) と「デジタル・コンパス2030」- ユンケルから欧州委員会委員長職を受け継いだウルズラ・フォン・デア・ライエン体制下で、2020年から2021年にかけて複数の中長期デジタル戦略が発表されている[17]
デジタル単一市場戦略を推進したジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長

リスボン戦略には "information society" (情報化社会) の文言が "R&D" (研究開発) と共に頻出するが[18]、デジタル関連の目標達成に向けて各国調整や進捗確認などの具体的な実行力が不足しており、一般的には失敗に終わったと評価されている[15]

リスボン戦略の失敗を糧に[15]、ヨーロッパ2020では行政執行機関の欧州委員会が実行役を担った[15]。ヨーロッパ2020の優先事項には "Digital agenda for Europe" や "Innovation Union" が含まれている[15]。ヨーロッパ2020の10か年の折り返し地点で欧州委員会委員長に就任したユンケルは、ヨーロッパ2020の優先事項を達成するため、DSM戦略をその中核に位置づけた[2]

ユンケルは時に強固な「フェデラリスト」(欧州中央集権派) と批判的に評され、欧州統一通貨ユーロ実現の立役者の一人としても知られている[19]。欧州委員会委員長の選挙戦中にユンケルは既にDSMのスローガンを掲げていた[19]。この公約に即し、2014年当選後のユンケル委員会ではDSMプロジェクトチームが発足し、プロジェクトリーダーにはデジタル単一市場・サービス担当副委員長を務めるエストニア元首相のアンドルス・アンシプが起用されている[20]。ユンケル委員長の任期中 (2014年 - 2019年)、DSM戦略に基づいて発表された法案は上記も含めて30件あり、うち28件が任期中に成立している[3][注 2]

フォン・デア・ライエン体制下では、ヨーロッパ2020やDSM戦略に代わって「欧州デジタル化対応」(A Europe fit for the Digital Age)[22]や「デジタルへの移行」(Digital transition)[23]をデジタル政策のコンセプトとして掲げている。「欧州デジタル化対応」の文脈の中で2020年2月19日、「欧州のデジタル未来の形成」と「欧州データ戦略」を発表した[22]。さらに翌年2021年3月には、「デジタル・コンパス2030」を発表している[24]

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ 2016年にデジタル単一市場戦略の一環でNIS指令が制定されてサイバーセキュリティ対策が行われてきたが[2]改正ネットワークおよび情報セキュリティ指令 (略称: NIS2指令、Directive (EU) 2022/2555) が成立してNIS指令は廃止された[10]。NIS2指令では、サイバー・セキュリティーに関するリスク管理体制を整備し、事件・事故発生時には速やかに当局に通知する義務を重要インフラ業界に課す[10]:12–13
  2. ^ 委員長2期目を目指すことも可能であったが、ユンケル体制下ではイギリスのEU離脱 (いわゆるBrexit) 問題が勃発し、これに嫌気が差したユンケルは2期目の立候補を自らの意思で見送っている[21]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h デジタル単一市場の構築―次代を切り開くEUの成長戦略” (英語). Europe Magazine (駐日欧州連合代表部の公式ウェブマガジン). 駐日欧州連合代表部 (2015年6月29日). 2024年11月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e Martinello, Barbara. “The ubiquitous digital single market” [誰もがどこからでもアクセスできるデジタル単一市場] (英語). 欧州議会. 2024年11月11日閲覧。
  3. ^ a b JETRO 2021, p. 2.
  4. ^ a b c 田村祐子 (国立国会図書館 海外立法情報課)「EUの2022年ローミング規則」(PDF)『外国の立法』第295号、国立国会図書館、2023年3月。 
  5. ^ Digital contract rules” [デジタル関連の契約に関するルール] (英語). 欧州委員会. 2024年11月11日閲覧。
  6. ^ Wiśniewska, Katarzyna; Pałka, Przemysław (2023-09-11). 1. Introduction. “The impact of the Digital Content Directive on online platforms' Terms of Service [オンライン・プラットフォームの利用規約に与えるデジタルコンテンツ供給指令の影響]” (英語). Yearbook of European Law (Oxford University Press) 42: 388–406. doi:10.1093/yel/yead004. https://academic.oup.com/yel/article/doi/10.1093/yel/yead004/7268839. 
  7. ^ EU:不当なジオブロッキングを禁止する新規則が2018年末にも施行される見通し” (英語). ベーカー&マッケンジー法律事務所 (外国法共同事業) (2018年3月13日). 2024年11月11日閲覧。
  8. ^ 生貝直人 (東洋大学経済学部総合政策学科准教授) (4 February 2020). デジタル・プラットフォームと消費者の留意事項 - EUにおける最近の消費者法改正を参考に (PDF) (Report). 消費者のデジタル化への対応に関する検討会 (英語). 消費者庁. p. 7.
  9. ^ a b 田村祐子 (国立国会図書館海外立法情報課)「【EU】高度な共通水準のサイバーセキュリティ指令(NIS2指令)の制定」(PDF)『外国の立法』、国立国会図書館、2023年10月、12頁。 
  10. ^ 土屋朋美 (2023年5月2日). “欧州委、デジタルサービス法の下、大規模オンライン仲介事業者を指定”. ビジネス短信 4c33fcee9c488720. JETRO. 2024年10月17日閲覧。
  11. ^ 野村総合研究所 コンサルティング事業本部ICT・コンテンツ産業コンサルティング部『EU DSA法(Digital Services Act)の概観』(PDF)(レポート)総務省〈総務省デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会ワーキンググループ(第5回)資料〉、2024年3月4日、2–4頁https://www.soumu.go.jp/main_content/000932295.pdf 
  12. ^ デジタル市場法:開かれた市場を確保するためのゲートキーパーに対する規制の発効”. 公正取引委員会. 2024年10月17日閲覧。 “2022年10月31日 欧州委員会 公表原文を公正取引委員会が日本語に翻訳して2023年1月に公開”
  13. ^ 欧州連合日本政府代表部『EU AI規則の概要』(PDF)(レポート)欧州連合〈英語公式条文の翻訳〉、2024年、1頁https://www.eu.emb-japan.go.jp/files/100741144.pdf 
  14. ^ a b c d e 伊地知 2012, p. 17.
  15. ^ 伊地知 2012, p. 16.
  16. ^ JETRO 2021, pp. 3–4.
  17. ^ LISBON EUROPEAN COUNCIL 23 AND 24 MARCH 2000 | PRESIDENCY CONCLUSIONS” [2000年3月23・24日に欧州連合理事会が提唱したリスボン戦略 | 欧州議会議長による戦略の評価と結論] (英語). 欧州議会. 2024年11月11日閲覧。
  18. ^ a b Profile: EU's Jean-Claude Juncker” [ジャン=クロード・ユンケルの略歴] (英語). BBC (2014年7月15日). 2018年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月11日閲覧。
  19. ^ "Questions and Answers: The Juncker Commission" [質疑応答: ユンケル委員会] (Press release) (英語). 欧州委員会. 10 September 2014. 2018年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月11日閲覧
  20. ^ Paravicini, Giulia (2017年2月11日). “Jean-Claude Juncker says he won't seek second term” [ユンケル委員長、再選を目指さないと表明] (英語). Politico. 2024年11月11日閲覧。
  21. ^ a b JETRO 2021, p. 3.
  22. ^ JETRO 2021, p. 1.
  23. ^ JETRO 2021, p. 4.

参考文献

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