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チャールズ・モンタギュー=スコット (第4代バクルー公爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
チャールズ・モンタギュー=スコット
Charles Montagu-Scott
第4代バクルー公
第6代クイーンズベリー公
在位 1812年 - 1819年

出生 (1772-05-24) 1772年5月24日
グレートブリテン王国の旗 グレートブリテン王国ロンドン
死去 (1819-04-20) 1819年4月20日(46歳没)
ポルトガル王国リスボン
埋葬 イギリスの旗 イギリスノーサンプトンシャーウォークトン英語版
配偶者 ハリエット・キャサリン・タウンゼンド
子女 一覧参照
家名 スコット家
父親 第3代バクルー公爵・第5代クイーンズベリー公爵ヘンリー・スコット
母親 エリザベス・モンタギュー
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第4代バクルー公爵および第6代クイーンズベリー公爵チャールズ・ウィリアム・ヘンリー・モンタギュー=スコット: Charles William Henry Montagu-Scott, 4th Duke of Buccleuch & 6th Duke of Queensberry1772年5月24日 - 1819年4月20日)は、イギリスの貴族。アザミ勲章勲爵士(KT)。

経歴

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第3代バクルー公爵・第5代クイーンズベリー公爵ヘンリー・スコットの次男(第四子)としてロンドンで生まれる[1][2][3][4]。母エリザベスは初代モンタギュー公爵ジョージ・モンタギューの娘[1][2][3][4]。兄は既に夭折しており、誕生から襲爵まで「ダルキース伯爵」の儀礼称号で称された。

イートン・カレッジで教育を受けた[1][2][3]。進学先はケンブリッジ大学クライスツ・カレッジ)とする資料[1]オックスフォード大学とする資料[3]が存在する。1793年からウィルトシャーマールバラ英語版選出[1][2][3]の、1796年からウィルトシャー州ルドガーズホール英語版選出[5]の、1805年コーンウォールミッチェル英語版選出[6]の、1806年から再びマールバラ選出[7]トーリー党所属庶民院議員を務める。1807年に父親の爵位の従属称号「ティンダル男爵」として貴族院に招集され(繰上勅書)、貴族院議員となる[8]

1800年から1802年までフリーメイソンスコットランド・グランドロッジ・グランドマスター英語版を務めた[9]

1812年1月11日に父が死去し、バクルー公爵などのスコットランド貴族の爵位と、ドンカスター伯爵などのイングランド貴族の爵位を継承した[1][3][4]。同年5月22日アザミ勲章を授けられた[10]

ポルトガル王国リスボンで死去し、ノーサンプトンシャーウォークトン英語版に葬られた[1][2]。爵位は次男のウォルターが相続した[1][3]

家族

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1795年に初代シドニー子爵英語版トマス・タウンゼンドの四女であるハリエット・キャサリン・タウンゼンドと結婚した[1][2][3][4]。彼女との間に三男六女をもうけた[2][4]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i Cokayne, George Edward [in 英語], ed. (1912). "BUCCLEUCH". The Complete Peerage (英語). Vol. 1 (1 ed.). London: The St. Catherine Press, ltd. p. 370. 2011年10月2日閲覧
  2. ^ a b c d e f g Paul, James Balfour, Sir [in 英語], ed. (1905). "SCOTT, DUKE OF BCCLEUCH". The Scots peerage (英語). Vol. 2. Edinburgh: David Douglas. pp. 244–245. 2011年10月2日閲覧
  3. ^ a b c d e f g h Doyle, James William Edmund [in 英語], ed. (1886). "DONCASTER.". The official baronage of England, showing the succession, dignities, and offices of every peer from 1066 to 1885 (英語). Vol. 1. London: Longmans. pp. 604–605. 2011年10月2日閲覧
  4. ^ a b c d e Burke, Bernard, Sir [in 英語], ed. (1869). "BUCCLEUCH.". A genealogical and heraldic dictionary of the peerage and baronetage of the British Empire (英語) (31 ed.). London: Harrison. p. 148. 2011年10月2日閲覧
  5. ^ Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr Charles Scott(英語)
  6. ^ Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr Charles Montagu-Scott(英語)
  7. ^ Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr Charles Montague-Scott(英語)
  8. ^ "No. 16018". The London Gazette (英語). 11 April 1807. p. 449. 2011年10月2日閲覧
  9. ^ Heraldic Media Limited. “Buccleuch, Duke of (S, 1663)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2015年9月28日閲覧。
  10. ^ "No. 16606". The London Gazette (英語). 23 May 1812. p. 978. 2011年10月2日閲覧

外部リンク

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グレートブリテン議会英語版
先代
第2代コータウン伯爵
トマス・ブルース英語版
マールバラ選挙区英語版選出庶民院議員
1793年 – 1796年
同一選挙区同時当選者
トマス・ブルース英語版
次代
ブルース卿英語版
ジェイムズ・ブルース英語版
グレートブリテンおよびアイルランド連合王国議会
先代
ウィリアム・ハーバード英語版
ナサニエル・ニューナム
ルドガーズホール選挙区英語版選出庶民院議員
1796年 – 1804年
同一選挙区同時当選者
トマス・イヴァレット英語版
次代
トマス・イヴァレット英語版
マーガレット・ドリン・メイゲンズ 英語版
先代
ロバート・エインズリー
ロバート・ダラス英語版
ミッチェル選挙区英語版選出庶民院議員
1805年 – 1806年
同一選挙区同時当選者
ロバート・エインズリー
次代
初代準男爵クリストファー=ホーキンス英語版
フレデリック・ウィリアム・トレンチ英語版
先代
ブルース卿英語版
ジェイムズ・ヘンリー・リー
マールバラ選挙区選出庶民院議員
1806年 – 1807年
同一選挙区同時当選者
ブルース卿英語版
次代
ブルース卿英語版
ストップフォード子爵
名誉職
新設 セルカークシャー知事英語版
1794年 - 1797年
次代
第8代ネイピア卿
先代
第4代クイーンズベリー公爵
ダンフリーズシャー知事英語版
1797年 - 1819年
次代
第6代クイーンズベリー侯爵
先代
第3代バクルー公爵
ミッドロージアン知事英語版
1812年 - 1819年
次代
第6代ロジアン侯爵
フリーメイソン
先代
ジェイムズ・スターリング
スコットランド・グランドロッジ
グランドマスター
英語版

1800年 - 1802年
次代
アボイン伯爵
スコットランドの爵位
先代
ヘンリー・ダグラス・スコット
第4代バクルー公爵
1812年 - 1819年
次代
ウォルター・ダグラス・スコット
第6代クイーンズベリー公爵
1812年 - 1819年
イングランドの爵位
先代
ヘンリー・ダグラス・スコット
第4代ティンデールのスコット男爵
(繰上勅書による襲爵)
1807年 - 1819年
次代
ウォルター・ダグラス・スコット