ダン・ハートマン
ダン・ハートマン Dan Hartman | |
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エドガー・ウィンター・グループ時代(右から2人目) | |
基本情報 | |
出生名 |
ダニエル・アール・ハートマン Daniel Earl Hartman |
生誕 |
1950年12月8日 アメリカ合衆国 ペンシルヴェニア州、ドーフィン郡 |
死没 |
1994年3月22日(43歳没) アメリカ合衆国 コネティカット州、ウェストポート |
活動期間 | 1963–1994 |
レーベル | Blue Sky、Atlantic、MCA |
共同作業者 | エドガー・ウィンター・グループ、3V、KC&ザ・サンシャイン・バンド |
公式サイト |
danhartman |
ダン・ハートマン(Dan Hartman、1950年12月8日 - 1994年3月22日)は、アメリカ合衆国のミュージシャンである。シンガー、ソングライター、そして音楽プロデューサーとして活躍した。出生名はダニエル・アール・ハートマンであるが、ほとんどがダン・ハートマンとしてクレジットされていた。
ハートマンが曲を作って録音したものの中には、 エドガー・ウィンター・グループとの『フリー・ライド』やソロ・シンガーとしてのヒット曲『インスタント・リプレイ』、『あなたを夢みて』、『ウィ・アー・ザ・ヤング』、『セカンド・ネイチャー』がある。最も成功した曲の『あなたを夢みて』は、1984年のビルボード・ホット100で最高位第6位になった[1]。
また、さらに成功した曲は、ハートマンが共作してプロデュースした、ジェームス・ブラウンの『リヴィング・イン・アメリカ』で、1985年にビルボードのホット100で4位まで上昇した。そして、ハートマン作でロリータ・ハラウェイが歌った『ラヴ・センセーション』を、ブラック・ボックスが1989年に『ライド・オン・タイム』でサンプリング使用してリリースしたもので、UKを含むいくつかの国で1位になった[2]。
経歴
[編集]ハートマンはペンシルヴェニア州の州都であるハリスバーグの近くのドーフィン郡ウエスト・ハノーヴァー・タウンシップで生まれた。家族は父カールと母ポーリン、そして兄デイヴィッド(デイヴ)と妹キャシーの構成であった[3]。
13歳で、兄デイヴがメンバーだったバンドの"The Legends"に参加した。ハートマンはフル・タイムで銀行での勤務を行いながら、バンド内でキーボードを担当して多くの曲を作った。しかし、数多くのシングル盤をリリースしたもののヒットした曲はなかった。そして、1972年からは ジョニー・ウィンター・バンドをサポートする時期を過ごした。
その後ハートマンはエドガー・ウィンター・グループに加入した。グループの『ゼイ・オンリー・カム・アウト・アット・ナイト』(1972年)、『恐怖のショック療法』(1974年)、そして『謎の発光物体』(1975年)の3枚のアルバムで、ハートマンはベースを担当し、多くの曲を作ってヴォーカルを受け持った。ハートマンが曲作りとヴォーカルを担当した1972年の『フリー・ライド』はグループの2番目にヒットした代表曲になった。また、アルバム『ゼイ・オンリー・カム・アウト・アット・ナイト』に収録されているハートマン作の『オータム』は、ニュー・イングランド地域での放送局でのヒットとなった。
ハートマンは、1976年にソロとしてキャリアを開始した。まず、ジョニー・ウィンターとエドガー・ウィンター、そしてエドガー・ウィンター・グループのアルバム曲を収録したコンピレーション・アルバム『Who Is Dan Hartman?』(1976年)をリリースした。そして2枚目に、正しい意味のファースト・アルバムである『衝撃のイメージ』(1976年)をリリースした。エドガー・ウィンター・グループのメンバーであるエドガー・ウィンター、ロニー・モントローズ、リック・デリンジャーが参加して、ゲストとしてクラレンス・クレモンズ、ランディ・ブレッカーをフィーチャーしたアルバムであった。
1977年10月21日から11月5日まで、ブルースの伝説のマディ・ウォーターズは、コネティカット州ウェストポートにあるハートマンのレコーディング・スタジオのスクールハウスを使用してセッションを行った。ハートマンはジョニー・ウィンターがプロデュースしたレコーディング・ボードに従って、アルバム『アイム・レディ』の制作に協力した[4]。
ハートマンのディスコ・シングル『インスタント・リプレイ』は、1978年にダンス・チャートの第1位になった。そして、1979年のビルボード・ホット100では第29位になり、UKチャートでもトップ10ランク・インした。この曲に関連したアルバムでは、ハートマンはミュージシャンとしてヴィニー・ヴィンセントやG・E・スミスの協力を得たものであった。また、この曲はUKのデュオYell!のカヴァー・ヴァージョンが1990年1月のトップ10にランクインした。
続いて、友人のロリータ・ハラウェイをヴォーカルにフィーチャーした『リライト・マイ・ファイア』が、1979年にダンス・チャートの第1位になった。この曲は後にNBCトークショーTomorrowのテーマ曲に使用された。UKのグループテイク・ザットがルルをフィーチャーして、『リライト・マイ・ファイア』をカヴァーして1993年にリリースした。この曲はUKチャート第1位のヒットになった。
ハートマンのディスコ・ヒット曲『ラヴ・センセーション』は1980年にアメリカのR&B歌手ロリータ・ハラウェイがパフォームしたもので、この曲がリリースされて以降185回サンプリングされている。
1984年に、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』に使用されて、アルバム『あなたを夢みて』に収録された、同じタイトルのシングル『あなたを夢みて』でハートマンはチャートに戻ってきた。USチャートでは第6位に、再リリース時にUKチャートでは第12位にランク・インした。この曲は、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』でストーニー・ジャクソンがリード・シンガーを演じた架空のグループ"The Sorels"によってパフォーマンスが行われていた。映画でのヴォーカルはウィンストン・フォードによるものが使用されていたが、サウンドトラックとシングル用に作成された2種類のMVではハートマンのヴォーカルが使用された。このMVの片方はハートマンがバーテンダーとして出演したもので、MTVで何度も繰り返し放送された。
ジョエル・シルバーグ監督の1984年の映画『ブレイクダンス』のサウンドトラックのためにハートマンはチャーリー・ミッドナイトと「3V」というグループ名で、『Heart of the Beat』を提供した。1984年にシングル『ウィ・アー・ザ・ヤング』がダンス・チャートで3番目の第1位になり、同じ期間中に『セカンド・ネイチャー』もダンス・チャート第40位にランク・インした。また1985年にはハートマンの曲『Talking To The Wall』が、ジェイミー・リー・カーティスとジョン・トラボルタが出演した映画『パーフェクト』のサウンドトラックに使用された。
1985年とから1986年にかけて、ハートマンは『White Boy』として、後日リリース予定されていたスタジオアルバムに取り組んだ。ハートマンはアルバムに、以前の作品よりエッジの効いたより成熟したサウンドを求めていた。録音は1986年に完成したが、レコード・レーベルのMCAは以前の作品、特にアルバム『あなたを夢みて』と比較して、ハートマンのイメージに合っていないと考えて、最終的にアルバムのリリースは見送られた[5]。アルバム『White Boy』は公式にリリースされたことはなかったが、現在は、一部のテスト・プレスはコレクターが所有保していて、アルバムの一部の曲はインターネットで利用可能な状態となっている。
1988年に、ハートマンはウォルト・ディズニーのアニメーション映画『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり』のために『Why Should I Worry?』をチャーリー・ミッドナイトと共作した。
1989年に、彼は最後のオリジナル・アルバムとなった、インストルメンタルによるニュー・エイジ・スタイルのスタジオ・アルバム『ニュー・グリーン』をリリースした。また、長年のコラボレーターであるチャーリー・ミッドナイトとの共作で、1990年に映画『ミュータント・タートルズ』に"Spunkadelic"よる曲の『9.95』を提供した。そして1991年には、映画『ミュータント・ニンジャ・タートルズ2』に『The Secret of the Ooze』を提供した。
1994年に、アルバム『ベスト・オブ・ダン・ハートマン(Keep the Fire Burnin')』がハートマンの死後にリリースされた。アルバムには、以前のヒット曲と未発表曲の素材のリミックスを収録したコンピレーション・アルバムであった。 このアルバムからは2つのシングルがリリースされた。ロリータ・ハラウェイとのデュエットによる『Keep the Fire Burnin'』および『The Love in Your Eyes』である。
ほぼ10年間、ハートマンはソングライターおよびプロデューサーとして活躍した。対象となったアーティストはティナ・ターナー、ダスティ・スプリングフィールド、ジョー・コッカー、ボニー・タイラー、ポール・ヤング、ジェームス・ブラウン、ノーナ・ヘンドリックス、ホリー・ジョンソン、リヴィング・イン・ア・ボックス、プラズマティックス、スティーヴ・ウィンウッドの名前が挙げられている。
ハートマンがプロデュースして共作した、ジェームス・ブラウンの『リヴィング・イン・アメリカ』はビルボードのホット100で第4位のヒットとなった。この曲は1985年の映画『ロッキー4/炎の友情』のサウンドトラックに含まれていて、ジェームス・ブラウンのビルボードのトップ10にランク・インした最後のシングルとなった。そしてハートマンがプロデュースしたジェームス・ブラウンのアルバム『グラヴィティ(Gravity)』にも収録された。
私生活
[編集]ハートマンは結婚歴がなく、子供もいなかった。ハートマンが亡くなって、ハートマンの家族、両親と兄、そして妹が残された。ハートマンは公にはオープンにしていなかったゲイで、1980年代後半にHIVポジティヴと診断されていた。ハートマンの友人で共作者であったホリー・ジョンソン(元フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのメンバー)は、1991年に自身のHIVステータスを発表したが、ハートマンは終始HIVステータスを公にはしていなかった[6][7][6]。
死
[編集]コネティチカット州ウェストポートのスクールハウス("The Shcoolhous")からマルティレヴェル("Multilevel")に移り住んでいたハートマンは、1994年3月22日にAIDSに関連した脳腫瘍で自宅で亡くなった。そして遺体は火葬された。その時点でハートマンの音楽は、『リライト・マイ・ファイア』のカヴァー・ヴァージョンを好例として、ある種のリヴァイヴァル状態であった[7][1]。
ハートマンのソロおよびグループでの録音、プロダクション、ソングライティングそしてコンピレーションを含めると、録音物の売上は世界中で5000万枚を超えていた。
ディスコグラフィー
[編集]アルバム
[編集]年 | タイトル | USA | 収録曲 |
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1976 | Images -衝撃のイメージ
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1978 | Instant Replay - インスタント・リプレイ
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1979 | Relight My Fire - リライト・マイ・ファイア
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1981 | It Hurts to Be in Love
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1984 | I Can Dream About You - あなたを夢みて
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1989 | New Green Clear Blue - ニュー・グリーン
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リリースされなかったアルバム
[編集]年 | タイトル | USA | 収録曲 |
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1986 | White Boy
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- Waiting to See You (ウェイティング・トゥ・シー・ユー) - 殺したい女サウンドトラックに収録されて、1986年にシングルとして発売された。
- 『アイム・オンリー・フーリン・マイセルフ』と『ウェイティング・トゥ・シー・ユー』の2曲は、1986年にUKのTVショー"Rock Around the Dock"で、ハートマンによってパフォーマンスが行われた。
- I'm Only Foolin' Myself (アイム・オンリー・フーリン・マイセルフ) - ポール・ヤングのカヴァーが、アルバム『From Time to Time – The Singles Collection』に収録されて1991年に発売された。また、1992年にシングルとして発売された。
コンピレーション・アルバム
[編集]- Who Is Dan Hartman? (1976年)
- April Music (1981年)
- 『ベスト・オブ・ダン・ハートマン』 - Keep the Fire Burnin' (1994年)
- 『スーパーヒッツ』 - Super Hits (2004年)
MV
[編集]- This Is It (1978年)
- Instant Replay (1978年)
- Heaven in Your Arms (1981年)
- I Can Dream About You (1984年)
- We Are the Young (1984年)
- Second Nature (1984年)
- Get Outta Town (1985年)
- Waiting to See You (1986年)
シングル
[編集]Year | Song | U.S. Hot 100[8] | U.S. R&B[9] | U.S. A.C.[10] | U.S. Dance[11] | UK Singles Chart[12] | Australian Singles Chart|Kent Music Report|Australian Singles Chart | Album |
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1976 | ハイ・サイン "High Sign" |
- | - | - | - | - | - | 衝撃のイメージ Images |
ライトハウス "Lighthouse" |
- | - | - | - | - | - | ||
1978 | インスタント・リプレイ "Instant Replay" |
29 | 44 | - | 1 | 8 | 6 | インスタント・リプレイ Instant Replay |
"Chocolate Box" | - | - | - | - | - | - | ||
"Time and Space" | - | - | - | - | - | - | ||
"This Is It" | 91 | - | - | - | 17 | - | ||
1979 | ハンズ・ダウン "Hands Down" |
- | - | - | 26 | - | - | リライト・マイ・ファイア Relight My Fire |
フリー・ライド "Free Ride" 1 |
- | - | - | - | ||||
ヴァーティゴ~リライト・マイ・ファイア "Vertigo"/"Relight My Fire" |
105 | - | - | 1 | - | - | ||
"Boogie All Summer" | - | - | - | - | - | - | non-album single | |
1981 | "It Hurts to Be in Love" | 72 | - | - | 48 | - | - | It Hurts to Be in Love |
"Heaven in Your Arms" | 86 | - | - | - | - | - | ||
"All I Need" | 110[13] | - | 41 | - | - | - | ||
1984 | あなたを夢みて "I Can Dream About You" 2 |
6 | 60 | 7 | 8 | 12 | 3 | あなたを夢みて I Can Dream About You |
ウィ・アー・ザ・ヤング "We Are the Young" |
25 | 58 | - | 1 | - | - | ||
ザ・ネーム・オブ・ザ・ゲーム "The Name of the Game" |
- | - | - | - | - | - | ||
セカンド・ネイチャー "Second Nature" |
39 | - | 19 | 40 | 66 | - | ||
1985 | "Get Outta Town" | - | - | - | - | 99 | - | フレッチ/殺人方程式(サウンドトラック) Fletch (soundtrack) |
1986 | ウェイティング・トゥ・シー・ユー "Waiting to See You" |
- | - | - | - | - | - | 殺したい女(サウンドトラック) Ruthless People (soundtrack) |
1988 | "The Love You Take" with Denise Lopez(デニース・ロペス) |
- | - | - | - | - | - | 3人のゴースト(サウンドトラック) Scrooged (soundtrack) |
1994 | "Keep the Fire Burnin'" with Loleatta Holloway (ロリータ・ハラウェイ) |
- | - | - | - | 49 | - | ベスト・オブ・ダン・ハートマン Keep the Fire Burnin' |
"The Love in Your Eyes" | - | - | - | - | - | - |
- 1 Also on the soundtrack album for Mighty Morphin Power Rangers: The Movie (『パワーレンジャー・映画版』).
- 2 Also on the soundtrack for Streets of Fire (『ストリート・オブ・ファイヤー』).
サウンドトラック
[編集](プロデューサーとして参加したものと新曲を使用したサウンドトラック)
- Voyage of the Rock Aliens (producer: "New Orleans") 1984
- Breakin' - ブレイクダンス (producer: "Heart of the Beat") / (writer: "Heart of the Beat") 1984
- Streets of Fire - ストリート・オブ・ファイヤー (producer: "I Can Dream About You") / (writer: "I Can Dream About You") 1984
- Perfect - パーフェクト (performer: "Talking to the Wall") / (producer: "Talking to the Wall") / (writer: "Talking to the Wall") 1985
- Fletch - フレッチ/殺人方程式 (performer: "Fletch, Get Outta Town", "Name Of The Game") / (producer: "Fletch, Get Outta Town", "Name Of The Game") / (writer: "Fletch, Get Outta Town") 1985
- Rocky IV - ロッキー4/炎の友情 (producer: "Living In America") / (writer: "Living In America") 1985
- Ruthless People - 殺したい女 (performer: "Waiting To See You") / (writer: "Waiting To See You") 1986
- Harry and the Hendersons - ハリーとヘンダスン一家 (producer: "Love Lives On") 1987
- Casual Sex? - カジュアル・セックス? (producer: "Behind Your Eyes") / (writer: "Behind Your Eyes") 1988
- Oliver & Company - オリバー ニューヨーク子猫ものがたり (writer: "Why Should I Worry?", "Why Should I Worry? (reprise)") 1988
- Scrooged - 3人のゴースト (performer: "The Love You Take") / (producer: "The Love You Take") / (writer: "The Love You Take") 1988
- Teenage Mutant Ninja Turtles II - The Secret of the Ooze - ミュータント・ニンジャ・タートルズ2 (performer: "(That's Your) Consciousness") / (writer: "(That's Your) Consciousness") 1991
プロデュースしたアルバム
[編集]- 38 Special - (38 Special album) - 1977 『38スペシャル』 38スペシャル
- Blast (Holly Johnson album) - 1989 『ブラスト』 ホリー・ジョンソン
- Coup de Grace (Plasmatics album) - 2000
- Cupid's in Fashion (Average White Band Album) - 1982 『キューピッズ・イン・ファッション』 アヴェレイジ・ホワイト・バンド
- Dreams That Money Can't Buy (Holly Johnson Album) - 1991 『ドリームス・ザット・マネー・キャント・バイ』 ホリー・ジョンソン
- Gravity (James Brown album) - 1986 『グラヴィティ』 ジェームス・ブラウン
- Joy (Paul King album) - 1987 『JOY-歓び-』 ポール・キング
- Night Shift (Foghat album) - 1976 『ナイト・シフト』 フォガット
- Put Your Love in Me: Love Songs for the Apocalypse (Plasmatics greatest hits album) - 2002
- Reputation (Dusty Springfield album) - 1990 『レピュテーション』 ダスティ・スプリングフィールド
- Reputation and Rarities (Dusty Springfield album) - 1997
- Special Delivery (38 Special album) - 1978 『スペシャル・デリバリー』 38スペシャル
- Unchain My Heart (Joe Cocker album) - 1987 『アンチェイン・マイ・ハート』 ジョー・コッカー
レガシー
[編集]- ハートマンの『フリー・ライド』は1995年の映画『パワーレンジャー・映画版』に使用された。
- 2006年、ヴィデオ・ゲームの『グランド・セフト・オート・バイスシティ・ストーリーズ』にハートマンの『あなたを夢みて』が使用された。また2009年の『グランド・セフト・オート・ザ・バラッド・オブ・ゲイ・トニー』でも使用された。
- 2019年6月25日にニュー・ヨーク・タイムズは、2008年のユニヴァーサル・スタジオ火災で、何百人ものアーティストの材料が焼失したと伝えていた。その中にダンハートマンの名前が含まれていた[14]。
参照
[編集]- ^ a b “Dan Hartman Dies; Songwriter Was 43”. The New York Times. (April 7, 1994). オリジナルのApril 12, 2012時点におけるアーカイブ。 2012年1月22日閲覧。
- ^ “Soul icon Loleatta Holloway dies from heart failure at age 64”. Daily Mail. (2011年3月23日) 2015年11月22日閲覧。
- ^ “Dan Hartman - Biography”. 13 September 2012閲覧。
- ^ “Muddy Waters: Life After Chess”. August 16, 2016閲覧。
- ^ Dan Hartman manages to turn a career valley into a peak, Mary Campbell, AP, March 7, 1989
- ^ a b “Tribute from Holly Johnson”. Danhartman.com. August 7, 2016閲覧。
- ^ a b Johnson, Bryan (December 18, 2011). "10 More Notable People Who Died from AIDS @Listverse.com Retrieved 12-10-2017.
- ^ Whitburn, Joel. Top Pop Singles 1955–2002. Menomonee Falls, WI; Record Research Books, 2003, p. 304
- ^ Whitburn, Joel. Top R&B Singles 1942–1995. Menomonee Falls, WI; Record Research Books, 1996, p. 184.
- ^ Whitburn, Joel. Top Adult Contemporary 1961–2001. Menomonee Falls, WI; Record Research Books, 2002, p. 112.
- ^ Whitburn, Joel. Hot Dance/Disco 1974–2003. Menomonee Falls, WI; Record Research Books, 2004, p. 118.
- ^ Roberts, David (2006). British Hit Singles & Albums (19th ed.). London: Guinness World Records Limited. p. 245. ISBN 1-904994-10-5
- ^ Bubbling Under – Singles and Albums – 1998 Edition: Joel Whitburn: 9780898201284: Amazon.com: Books
- ^ “Here Are Hundreds More Artists Whose Tapes Were Destroyed in the UMG Fire”. The New York Times (25 June 2019). 28 June 2019閲覧。