コンスタンチン・ロスチスラヴィチ
表示
コンスタンチン・ロスチスラヴィチ Константин Ростиславич | |
---|---|
配偶者 | エヴドキヤ・アレクサンドロヴナ |
家名 | リューリク家 |
父親 | キエフ大公ロスチスラフ3世 |
コンスタンチン・ロスチスラヴィチ(ロシア語: Константин Ростиславич)は、スモレンスク公ロスチスラフの子である。スモレンスク公国の分領公。
概略
[編集]1262年、アレクサンドル・ネフスキーの子ドミトリーと共に、リヴォニア騎士団領への遠征を行い、共にタルトゥを占領した。1268年にはラクヴェレの戦い(ru)に参加した。
妻はアレクサンドル・ネフスキーの娘エヴドキヤ。子に関する情報は残されていないが、コンスタンチンはロシアの貴族の家系であるドミトリエフ家(ドミトリエフ・マモノフ家(ru)の女系の祖)の祖となった。